初心者たち
さて、朝である。
卵の目覚ましからヒヨコが飛び出す。
ヒヨコが飛び出すのだけれど、鳴き声は「コケコッコー」である。
次第に大きくなる鳴き声に仕方なく体を起こす。
「あ・・・痛い・・・・」
腕や腹筋が痛い。筋肉痛である。
この一年半、体を動かすと言えば、体育と遅刻しそうなときに走るくらいである。
何とか着替えて階段を下りる。
体が思うように行かないことが何だかおかしい。笑ってしまう。
「うふふっ・・・ってィ〜」
笑うといたい・・・・
テーブルにはすでに朝食が並んでいた。
「おはよう」
「おはよ」
見渡すとお父さんがいない。
「あれ? お父さんは?」
「今日はゴルフだって、早かったのよ〜」
「今日は遊びかねっ!」
何だか腹が立つ、まぁそれも「仕事だぞ!」と言うのだろうが、私から見れば十分遊びである。
いずみは、剣道をまた始めるかも知れない事を話したかった。だがこれでは話せない。
「ねぇいずみ? 剣道始めるの?」
これは嬉しい質問である。
「そうだよ。まだわかんないけど、香里と静香と一緒なんだ」
それから昨日あったことをたくさん話した。
「いってきまーす!」
元気よく出陣である。
今日も太陽は熱く輝いていた。
いずみは今日も朝が早い。
昨日の一番乗りに味をしめたのだ。
「誰もいない朝の教室、キラキラ窓辺を独り占めだよ」
三分ほど歩くと、「静香交差点」がある。
ここは、いつもの時間に登校すると、もれなく静香と出会うことが出来る交差点である。
だが今日は早い、流石にまだいないだろう。
「いずみちゃんおはよう」
声の主は静香である。
「おはよう!、はやいねぇ」
教室独り占めが出来なくなって一寸がっかりだが、やっぱり静香交差点では静香がいないとだめである。
いつもより早めに出てきたのは静香だけでは無い。
この少し先に、中山薬店があるのだが、そこが香里のおうちである。
この頃香里もいずみを待ちかまえていた。
静香と香里が早く家を出たのには訳がある。
昨日白石先輩にもらったプリントの内容がいまいち何だか分からなかったからだ。
「ねぇ、いずみおしえてよ」
「いいよ! これが分かれば剣道が三倍楽しめるよ」
薬屋の前で、二人は香里と合流し、三人仲良く学校へ歩いた。
教室にたどり着くなり、いずみは質問責めである。
いずみは今まで誰にも披露できなかったうんちくを思う存分放出する。
それは特別サービスばりの大放出であった。
以下いずみちゃんのうんちくを簡単にまとめておくとこうである。
現在の剣道の流派は、主に北辰一刀流を基礎としていること。
その創立者である千葉周作が、それまで判りにくく、神秘性をもって隠されていた剣の極意を、万人にわかりやすく、理論的にしたこと。
あとはプリントの各項目を順番にわかりやすく解説してあげた。
しかし、実際に剣道を経験しないと、感覚的に説明しにくい所がある。
その辺を、香里辺りが突っ込んでくるのだが、そこは剣道と言う武術の神秘だとごまかした。
千葉周作が明快とした剣道を、この時代になって、野原いずみが再び神秘化させたのである。
静香はきちんとメモを取ると、大事そうにしまい込んだ。
最近静香には「?」と思うことが多い。
いずみはかわいらしく腕を組んで考えた。
今日は土曜日だったので、授業は4時限までしかない。
しかし、もうじき学園祭を控えているので、二年は役員選抜の何たらかんたらで、3時限までしかない。
仲良しトリオは、さっそく道場に向かい掃除を始めた。
今の所、香里と静香は、剣道の儀式的な神秘性に惹かれて積極的だが、これから先はまだ判らない。
ほんの二週間だけのお手伝いと思っているから、張り切っているだけなのかもしれなかった。
三人の担任であり、剣道部顧問の上杉は、この状況を何とか挽回して、中等部の剣道部存続を推進しなければならない。
元々学校としては、中等部の剣道にあまり乗り気ではない。
剣道にのみならず、武道館系はすべて高等部からにしたいという思惑があった。
理由は、まだ体が出来ていない生徒に、危険な武道はどうなのか? と言う考えに依ったものだった。
上杉に言わせれば、まだ体が出来ていないからこそ鍛え訓練する意義と必要性があり、そこに生徒個人個人の可能性も見ている訳だが、学園的に積極的に推進できないところも判る。
上杉は教育者としてのみならず、一人の武道家としての義務と責任を果たそうとしていた。
道場では丁度掃除を終えた所らしく、三人は広い床面いっぱいに走り回っている。
「まだ子供だなぁあいつら」
いつもはああいえばこう言う状態で、大人振った態度もとるが、自由にさせるとこれである。
「おい!、今日は俺が教えてやる。野原は剣道着と袴をつけろ、中山と源野は体操服でいい」
上杉は三人にそう命じると、着替えるために専用の更衣室へと入っていった。
三人とも少し緊張気味である。
何故なら、上杉先生と言えば、社会科の先生である。
体育系の教えを受けるとは予想外なのだ。
いずみは静香を見る。
じっと何かを堪え、考えている表情である。
「・・・・何?」
素振り用の竹刀を持った三人は、取りあえず道場の中央で先生を待った。
「よーし、やる気満々だなぁ」
「はい!」
静香である。
静香が張り切るときは、だいたいいずみも張り切っているので、自然と香里もがんばることになる。
隣にいる香里のため息が聞こえる。
まず、いずみも含めて、素振りを見てくれた。
白石先輩の教えが良いのか? フォームはみんな誉められた。
「白石もやるなぁ、ちゃんと茶巾絞りも教えているし、お前ら素質あるぞ、さすがは大和撫子だな」
・・・・やまとなでしこ・・・・
この言葉に大きく反応したのは香里である。
「そうか・・・武道はたしなむものよね」
いずみは静香から香里、また静香から香里へとキョロキョロする。
口をあひるのようにすぼめている。いつもと様子が違うよ! と、二人に訴えかけた。
次に飛び込み面と切り返しも教わる。
その時先生は、打ち込み八得と、打ち込み受け八得を、繰り返し大きな声で繰り返す。
三人は、自分の一つ一つの動作を確認する事が出来た。
さて、いよいよ打ち込み練習である。
いずみは防具を付け、昨日の人形の代わりに二人を相手にする。
勿論、いずみは二人に打ち込んではいけない。
二人はいよいよ本格化してきた練習にうきうきしている。
「よし、まず基本は面だ!、面を綺麗に決めた姿は、女性剣士の場合、可憐な花に例えられる」
いずみはそんな話は聞いた事無かったが、先生が言うのならそうなのだろうと思う。
しかし、これは先生のセールスであり、大和撫子に続いて、香里と静香の触覚に触れていた。
二人とも初心者とは思えない勢いである。
いずみもその気合いが伝染する。だが、いずみはずっと打たれっぱなしである。
「いやぁ! 甲手! 面!」
「いたっ!!」
ビッシッと甲手からはずれた二の腕に竹刀が入る。
いずみは、打ち返せないフラストレーションが次第に蓄積されていった。
相変わらずいずみは打たれてばかりである。
まさにフラストレーション充電器である。
香里と静香の打ち込みは、すでに一時間近くに及び、今は甲手、面、胴の三連続打ち込みを練習している。
いずみが我慢できない事は、直接生身を打たれることである。
特に胴を打つとき、二人は初心者なので、脇と胴の間を遠慮なく打ってくる。
これがまたピリリと痛い!。
それでも、二人にも先生にも文句が言えない。
さぁ、そろそろ爆発しそうである。
その様子を見て、先生が身を乗り出した。
「野原、それじゃ初心者がやりにくいぞ」
なかなか厳しい言葉である。
打ち込む相手の練習成果の善し悪しを握っているのは、受ける側であると言うのだ。
「早く白石先輩こないかなぁ」
動作はきちんと修正したが、実に機械的である。
それを見抜かれた為だろう、二十分ほど前に休憩したばかりだったが、もう一度休憩させられた。
「ふ〜っ」
力無く面を外す。
汗はかいているが、これは気温のなせる技である。
「いずみ、ごめんいたかったよね」
「ああここ? ここは胴じゃないから痛いよ」
「ごめ〜ん」
「いいよ、初めはしょうがないよ」
結局今日は白石先輩は来なかった。
大会まであと12日である。
この日いずみは、12日は長いなぁと思った。
いずみ達三人はこんもり亭に直行である。三人が積極的に買い食いに賛成した理由はそれぞれ別である。
いずみは勿論、たまったフラストレーションを、胃袋を満たすことによって消滅させるためである。
香里は、校則を犯すだけの価値を認める程、お腹がすいていたからである。
最後の静香は・・・・内緒(^^)だった・・・・。
いずみは財布の中身を確かめる。
3321円・・・よし、全部行っちゃえ。
「おばちゃん!!、たこ焼き30個とお好み焼き・・・豚肉のやつと、イカのやつ!」
メニューに顔を突っ込んでいた二人が驚いていずみを見る。
「あれ? いずみのおごり?」
「ンなわけない!」
「一人で食べるつもり? いずみちゃん肥るよ」
勢いに乗っていたいずみの動きが一瞬止まる。
30秒後・・・・・・
「大丈夫、大丈夫!、なーに言ってんだか」
実際に太るまでは反省にならないらしい。
「よし!、じゃ私も行くかっ、おばちゃん! 「ジャンボーグエッグ焼きそばん」、ちょーだい!」
「おおーつ・・」いずみと静香は感心している。
「よし! 静香もいけーつ!」
「はい! 静香行きます! 鯛焼き・・・・・・・・三匹?」
期待は見事外された。それでもいずみと香里は大喜びである。
「えーつ!!」静香のオーダーにブーイングを出す。
「しかも疑問符だしぃ! こらっ! 静!・・・・ゆるっさん」
香里は靴を片方脱ぐと、テーブルの下から静香を攻撃する。
きゃぁ★ と、悲鳴を上げるが楽しそうである。
三人は顔を合わせて大笑いした。
こんもり亭のおばさんは、気を利かせて三人同時にテーブルに出してくれた。
「いただきまーす!!」
割り箸に手を伸ばしたいずみは、山盛りになったたこ焼きの頂上に、肘を当ててしまい勢いよく地面に転がり落とす。
香里は、まず焼きそば部分に狙いを定め、集中的にお腹に納めていく。
ただ一人静香だけが、あわてず急がず、楽しそうに二人を見つめていた。
「あれ? たべないの?」
「なんだ、お腹減っていないんだ」
静香は首を横に振る。ゆっくり鯛焼きを手に取ると、二人の視線を集めてから二つに割る。
中からこぼれ落ちんばかりの「あんこ」が飛び出した。
こんもり亭の「あんこ」はとてもおいしい。近所にも定評がある。
いずみと香里は後悔した。
「私も鯛焼き頼んでればよかった・・・・」
その時である。
「あの、半分づつどう?」
願ってもないすすめに、二人は大喜びである。
「ありがと静香!」
いずみは頭、香里はしっぽをもらう。
しっぽと言っても侮ってはいけない。
あんこがしっかりと詰まっている。
鯛焼きとは結構大きな食べ物のはずだが、二人とも一気に放り込んだ。
甘くとろけるあんこが舌の上を転がり、食道を伝わって胃に落ちる様子を味わい終えると、再びたこ焼き魔人と、焼きそば入道に立ち返るのだった。
やがて限界点に達したいずみと香里は、静香に援護を求めてきた。
それを待っていた静香は、恩着せがましく二人に説教をする。
「食べられない量を注文してはいけません!」
その通りである。
反省した二人だったが、ある種の虫の鳴き声が、反省の心を無効化させ、静香の思惑を気づかせるに至った。
静香のお腹の虫が鳴ったのである。
「・・・・ずるいよ静!」
「あんたまた漁夫の利?」
「だっていずみと香里が無計画なんだもーん」
静香は悪びれずにぱくぱくと食を進めた。
類は類を呼ぶであろうか?。
似たもの三人は、静香の策略をきっかけに大騒ぎしている。
その時、お客さんが6人くらい入ってきた。
「やだっ! 信じらんない」
「やるぅ、何年? 二年生!?」
何だか騒がしくなってきた。
ちらっと声の方を見ると同じ制服である。
中等部三年か・・・あんたらもどうせ買い食いでしょ?。
いずみは平然とお茶をすする。
「ねぇ、君たち何部?」
「特には・・・・ねぇ」
香里が困っている。
静香もうつむいたので、やれやれと振り返り、三年生様ご一行をぼんやりとした目で眺める。
よく見ると、上杉先生と白石先輩もそこにいた。
「せんせ!せんせ!」
奥の方で誰かがピョンピョン跳ねている。
上杉は、一体誰なのか? と目を凝らす。
「誰だ? 河野か? お前もう三年だろ? 騒ぐなよ」
先生は目が悪い。視力は0,3らしい。確か昔聞いたことがあった。
「ひどい先生、奥にいるのは二年生! ちなみに買い食いしていま〜す」
「そうだよせんせ、野原だよ、ングゥ・・・」
香里がいずみの口をふさぐ。
「え? 先生のクラスの子?」
「あれ? どかっで見たような?」
「クラスの生徒が買い食い?、大変じゃん・・・・・」
「あーあ、上杉先生、監督不行き届きで首かぁ?」
生徒からの突き上げと冷やかしの中、上杉はささやかに反撃する。
「そんときは、剣道部も最後だなー」
その言葉に言い返せない三年生全員の目が尖った。
「丁度いいか、野原、中山、源野、剣道部の先輩達に紹介するから、一寸こっちに来い」
「あーそうだっ!! あのときの二年」
白石以外は、それぞれ驚きの声をあげた。
声をあげた理由は、イレギュラーな新入部員への感謝の気持ちからでは無かった。
二年生の三人が入部した事と、それぞれの性格や態度などに関しては、白石由里から事細かく聞いていたので、見るよりも遙かに詳しく知っていた。
三年生全員の声は、ある種の感動を表現したのだった。
「さすがは剣道部、買い食いは伝統ですものねぇ」
「ホント、まともな後輩でよかったぁ」
一体何で部なんでしょ?!。いずみは目を丸くする。
上杉先生は、頭を抱えながら三人を紹介した。
「あなたが野原いずみ? 私あなたを知ってるわよ、昔個人戦で男の子泣かせたのよね」
いずみは驚いた。もう2年程前の話である。
「どうして知っているんですか?」
「あれ、私の弟よ〜ん!」
「ありゃ」
だから何だと言うのだろう? いずみは乾いた反応しか出来ない。
「んーまぁいいや、私、部長の桂木幸、よろしくね」
三人はてっきり白石由里が部長だと思っていた。
由里へ視線を投げながら、思いっきり驚いている。
当然その様子を見て、桂木が何も感じない訳がない。
「図に乗るなにグゥ・・フグッ・・わェ・・」
由里が部長の口を後ろから手で押さえる。
「さ、先生早く注文しましょ」
やっぱり白石先輩が一番大人だった。
先ほどお腹いっぱい食べた三人だったが、人数が増えると胃袋も広がるのだろうか? もう一回戦チャレンジ中である。
何でも、さっき三人が食べた分も含めて、先生のおごりだと言うので非常に嬉しい。
ふと盛り上がっていない一角を見ると、その正体は静香である。
さっきまであんなに大暴れしていたのに、急におしとやかだ。
小さく切ったお好み焼きを、少しずつ口に運んでいる。
「何?・・・・」
いずみは可愛らしく腕を組んで考えた。
三年生とも打ち解けたし、お腹もいっぱいで、今日の収支は丸々黒字である。
さて、いよいよ御会計である。
先生がレジでなにやらおばちゃんともめている。
「え?、一万越えるの? なんで? いつもは行っても5千円なのに」
「今日は人数増えたでしょ?」
明細を手にし、先生はしばらく固まっていた。
ゴメンねせんせ・・・・・。
翌日、日曜日である。
昨日先生も白石先輩も、練習の事は言っていなかったので、おそらく今日はお休みなのだろう。
いずみは珍しく日曜日に早起きしてしまった。
お父さんもお母さんも起きてこない。
「朝御飯はどうするんだよ!」
滅多に早く起きないくせに「ぷんぷん」である。
お腹が減って仕方がない。いずみは、ご家庭の食料が集積されている冷蔵庫に狙いを定めた。
冷蔵庫は買ったばっかりの大きい奴だ。
ドアがたくさんある。
そう言えば、我が家にやって来てすでに二週間経つのに、いずみはまだ挨拶もしていない。
「こりゃ挨拶しないとね」
まずは少し離れた所から眺めてみるいずみであった。
まずじっくり観察する。なかなかしっかりとした作りだ。
ドアがたくさん付いているところが嬉しい。
「さて・・・・上と下、何処から行こうかね」
じっと考え込んでいる。
どちらからでも良いはずだが、初めてあける扉である。
彼女には非常に重要であるかのようだった。
「そりゃっ!」
結局上の扉から開く。
これまでの経験で行けば、一番上はフリーザーのはずである。
「こんなに大きいとはね、きっとアイスクリームがぎっしりだね」
そんなはずあるわけない・・・・。
お菓子の国のいずみちゃんは、少なからず甘い幻想に浸ることが出来た。
「ありゃ?」
なんとそこで目に飛び込んだのは、納豆のパックである。
いずみは軽いめまいに襲われる。
しかしドアが両側に開くのには関心した。
「がおっ!」
気を取り直すと、次は二段目だ。
これからは未知の世界である。
ここをあけても、もう一段引き出しがある。
まだ二度おいしいのである。ドアがたくさんあるのはほんとに楽しい。
ドアに手を掛け、ゆっくり開いた。
息を飲み中を覗く。未知の世界へゴー! である。
「は〜っ・・・・・」
そこにはきらきら光るホームサイズのアイスクリームが隠してあった。
「隠してあった」の根拠は、いずみは食べていないのに、すでに半分無くなっていた。
いずみは罰として、残り全部をお腹に納めることに決定した。
テレビをつける。
すると大好きなアニメが始まっている。
「こりゃまるでオオサマだよ」
大満足である。
丁度食べ終わった頃に、電話が鳴り始めた。
「はい、野原です」
「野原か? おはよう、早いなぁ、昨日言うの忘れたけど、今日11時から部活だからよろしくな。昨日旨かったか?」
「あっ・・・はい、先生ごちそうさま」
「じゃあな、まってるぞ」
どうやら部活はあったらしい。
「昨日あんなに食べたら断れないよね」
早速いずみはシャワーを浴びにお風呂に入った。
11時からと言うことは、着替え終わって11時のはずである。
とすると、もう10時10分。
ぼやぼやしていられない。
「ありゃ、ぎりぎりかね」
いずみは急いで制服に着替えると、未だに起きてこない両親に呆れながら家を後にした。
さすがは日曜日である。
空気が全然違う、これは一体なんなのかといつも思う。
日曜日は、このほんわか感がいい。
「ほんと、毎日日曜でいいよ」
浮かれ気分で学校を目指す。
静香交差点で、今日も静香と合流する。
「おはよ!」
「おはよう! 先生から電話かかってきたね」
「えぇ・・・」
静香も何だかほんわりしている。
薬屋さんの前で香里を拾うと、一路学校を目指した。
部室に付くと、三年生は白石先輩しかいない。日曜ぐらい全員来るのかと思ったのに残念である。
「しつれいします!」
大きな声で礼して入る。
「おはよ!、着替えは後でいいから、先にお掃除手伝って」
三人は張り切ってモップを手にした。
掃除も終わり、いつものように着替える。
「あ、香里さんと静香さんには剣道着と袴を用意したわ、一方は私、もう一方は姉が使ってた物だけど、綺麗でしょ?」
「うわーーーーっ!!」
二人とも大喜び、サイズもぴったりである。
一寸だけ静香の剣道着の裾に、白石鞠の文字が見えた。
「あれ? 鞠さんて・・・婦警さんの?」
「そうよ、判っちゃった?」
白石鞠とは、剣道を始めたきっかけみたいな人であった。
美人で、やさしくって、強くて、婦警さんである。
そう言えば、先輩の目元は鞠さんにそっくりだ。
「いずみちゃんの事は、姉から聞いてたのよ、剣道また始めたって言ったら、喜んでいたわ」
だから「いずみちゃん」って呼んでいたのか・・・・。
いずみは納得した。
残るは防具である。防具は先生が運んでくれることになっているらしい。
これも鞠さんと、先輩のお下がりだった。
二人は鏡の前で自分の袴姿にほれぼれしている。
先生の到着が待たれた。
先生が到着するまで、前日のおさらいである。
今日もまた、いずみは打たれ人形だ。
でも昨日とは少し違う。
それは、白石先輩と交代で、教えたり教えられたりしているからだ。
自分も動くことが出来る。練習らしい練習が出来る事が、彼女のやる気をのばしていた。
時計は12時を指している。
「休憩!」
一旦休憩に入る。
「せんせーおせー」
香里が女の子らしくない言葉で不満を表現する。
「ほんと、遅いわぁ・・・」
静香も待ちくたびれている。
白石は少し集中力に欠けた二人の様子に不満ではあったが何も言わなかった。
「あのー先輩、かかり稽古させてもらえませんか?」
「お! いずみちゃんやるきィ〜」
すぐに面を着けると、二人は向かい合った。
白石は、いずみの性格を姉に聞いていた。その言葉を思い出す。
「いずみちゃんはファイターよ。だから、一本でも多く打たせなさい。剣道経験者だからって、練習台にしてばっかりだと、きっとあの子やる気無くすわ」
お姉ちゃんの言ったとおりだわ・・。
白石先輩の口元が笑っている。
いずみは少し気を悪くした。
それが伝わったのか? 先輩の目つきが変わる。
「いずみちゃんからね」
「はい」
いずみは開けられた甲手に素早く飛び込んだ。
次々に開かれる「隙」に素早く対応してゆく。ブランクがあったにしては早い。
「甲手、面、どーっ!!」
「ここまで! 今度は私だからね」
いずみは一寸怖くなった。
「は、はい」
まず甲手を開けてみせる。
「甲手!」
痛い! びっちっ、と、重い甲手が入る。
おも・・女の子の甲手じゃないよ・・・・
隙を開けた瞬間に、白石は次次と立て続けに打ち込んでくる。
そこに迷いなんてない。
と言うより、次は何処が開くのか判っているようだ。
必死に受けているいずみの姿を、外から三年生の桂木さん(部長)は感心しながら見つめていた。
「桂木、補修は?」
振り向くと上杉先生である。
防具二つを片手で抱え、ティシャツにジーンズ、完全な日曜日スタイルである。
こうしてみると、そこら辺のおっさんと変わらない。
桂木は練習している二人を指さして笑った。
桂木先輩はこういう感じの人である。
まず、怒りっぽい。
お喋りで、大ざっぱで、物を食べている時でも平気で大笑いする。
何でこんな人が部長なのか判らない。
でも、なめらかで強く輝く黒髪は、校則で制限されているのが勿体ないほどである。
それにおそらく、美人に該当する顔立ちではあった。
ご存じの通り、剣道部の三年生は、白石先輩を除いて、みんな高等部進学が怪しい。
現在、特別補修のまっただ中である。
そこを抜け出して来たらしく、上杉先生から大目玉である。
這々の体で桂木先輩は逃げ出したらしい。
これは、香里から、練習終了後に聞いた話なのだけど・・・・。
その騒ぎに全く気が付かない程、いずみは懸命だった。
先輩みたいに早く強く綺麗な剣を覚えたい。
そう感じていた。
いずみはまた考える。
「あれ? 私なんで剣道辞めたのだろう?」
そう、辞めるにはそれだけの理由があったはずである。
それなのにその理由が思い出せない。何故かある日突然やる気がなくなったのであった。
「なぜだろう?」
その訳を練習の中で見つけようと、いずみは真剣になった。
香里と静香は、先生から防具を受け取ると、大喜びで袋から引っぱり出している。
「よし! やめ!」
先生の声でようやく剣が止まる。
かかり稽古を行っただけなのに、二人は、もう一日分の練習をしたみたいにへとへとである。
「白石、休憩入れたか? 持久力はランニングでつけろ」
「すいません先生・・・」
ふらふらと正座して面を外す。
お互いに顔を見合わせると、心からの笑みが浮かんだ。
先輩は静香を、いずみは香里の防具付けを手伝う事になった。
「あーっ、香里っ! 袴付け直し」
「え〜っ」
「こんなにゆるいと、あとでかっこわるくずり落ちるんだから」
あーだこーだ言いながら、二人に防具を付けている時間で、いずみはまたリフレッシュ出来た。
「さぁ、面だっ!」
いずみは手ぬぐいのかけ方を教える。
なかなかきつく、しっかり付けられない。
「この辺の指の押さえが甘いんだよ」
「いずみー、ちゃんと教えてよー」
静香の方はすでに全て付け終わり、先生と先輩に素振りを見て貰っている。
ようやく香里も装着が完了した。
「よっしゃー!」
香里は勢いよく立ち上がる。
立ち姿だけは立派な女剣士だった。
いよいよ四人での練習である。
先生も着替え、胴までは付けたが面は着けない。今日は監督に徹するらしい。
この時間からの由里といずみは、香里と静香の練習相手である。
さっきまで存分に竹刀を振るっていたいずみには何の不満もなかった。
打ち込む方の練習成果の善し悪しは、技を受ける方の責任である。
ただ技を受けていればいいと言う訳ではない。受けていても学ぶところは大きい。
香里と静香にとっては、非常に良い練習環境と言えたかも知れない。
上杉先生は優秀な剣士だったし、二人を相手にしてくれている由里もいずみもフォームは綺麗だし受けが上手だったからだ。
上杉が三人を勧誘する際に、「個人戦に出なくていい」とか、
団体戦の時も、「白石が先鋒で、全員殴り倒すから、三人は座っているだけで良い」と言っていたが、あれは嘘である。
当然、全員個人戦に出て貰うし、団体戦も白石を大将にして戦って貰う。
確かに、団体戦で期待しているのは白石の持久力と突破力である。
全国レベルを視野に入れたとき、いずみは何とか形に成りそうだが、初心者2人は問題外である。
冷たい見方をすれば、せいぜい相手の先鋒を疲れさせる役目を期待しているのだ。
だが、上杉と三人組のつきあいは長い。
一年からの担任だし、そんなに冷たくも出来ないのが現実である。
だから上杉は、個人戦二回戦突破レベルまで、二人の力を引き上げようと考えている。
普通に考えればそれは無理だと言うかも知れない。
だが上杉には、剣道を人に教える自信があった。
かの千葉周作より、その方面では明るいと思っている。
それに二人の担任だし、何より重要な性格も把握している。
「まずは竹刀を振ることに慣れればいい」
素人二人を見る彼の目は鋭かった。
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