ライバル

 日曜日の練習が終わる。
香里と静香は防具をはずすと、冷たい床に転がって休憩中だ。
一方いずみは、最後に由里との一本勝負を終え、防具をつけたまま一時の団らんを迎えている。
 先生は「すぐ戻る」と言い残すと、一旦校外に出たみたいで今はいない。
 やがて四人で楽しく、学校のことや先生のことなどを話す。
上級生も学校に対して、ほとんど同じような事を考えているらしい。
今まで上級生と話す機会のなかった三人にとって、この時間はとても有意義だった。

 さて、もうかえろうかね。
そう思ったとき、先生が何やらコンビニの袋をぶら下げて帰ってくる。
「ジュース?? そして菓子パンかねっ!」
 まるで川に落ちた肉に飛びつくピラニアである。
遠慮を知らない世代に問答は無用であった。
「いただきまーす!!」
三人は大喜びでおなかに落とし込んでいく。
あきれる先生に目を合わせず、由里も パックッ と、パンに食いついた。

 先生も交えてミーティングが始まる。
今後の練習について話しているのだ。
 途中、静香が由里から借りた銅をじっと見つめて話に加わらなくなった。
いずみは気になって顔をのぞき込んでいる。
そのとき、ふと顔を上げた静香と目が合った。
「なに?」
「いずみちゃん、これいくらするの?」
「これって・・・・防具のこと?」
静香はうなずいた。目が真剣である。
「え〜と・・・」
先生と由里に助けを求める。
由里は気を使ってくれているのだろうと思い、「気にしないで使っていいわよ」と言ったが、そうではなかった。
「私、剣道続けたいんです!!」
一同びっくりである。
香里をみると、それこそもう驚愕している様子だ。
そのとき笑っていたのは先生だけだった。
ほんと最近の静香にはびっくりさせられるよ。
 話はやがて根本的な所に到達した。
「じゃぁ、あと一人なんですね・・・・」
そう、結局いくら鍛えても、人数が揃わなければ話にならない。
いずみには、一体どうすれば一人剣道部に入れられるのか見当もつかない。
「先生、誰か心当たりはないんですか?」
「私たちは一年の時のクラスと、今のクラスのみんなぐらいしか交友がないですよ」
 先生は腕を組んで考えている。無言である。
あとで気がついたのだが、その無言こそが最大のくせ者だったのである。

 先生の誘導で、次第に人選が絞られていく。
「やっぱり経験者がいいよね。うちのクラスには剣道経験者なんて居ないもん、居たらよかったのにね」
いずみha
いずみは早速先生の罠にかかった。
「何をいってるんだ野原、いるじゃないか、よかったな」
「誰ですかぁ?」
三人の声が重なる。聞いたこともない話に興味津々である。
先生がすぐに口を開かなかったので、いずみには考える時間ができた。
「誰だろう? 水端さん? 九重さん? 委員長? 湊さんかな?・・・・まさか、藤本ひかる じゃないだろうなぁ・・・・」
一抹の不安を胸に、先生の口が開くのを待つ。
「なんだ知らなかったのか? 藤本だよ、藤本ひかる さ、聞いたことないのか?」
いずみは固まって動けない。いずみとひかるの関係を知る香里と静香の視線は一点に集中した。

 いずみは道場の床を転げ回っている。あまりに酷い展開に身悶えているらしい。
藤本ひかるとは、彼女の天敵である。
一年の時からのつきあいだが、ほんとに性格が合わない相手なのだ。
 先生は勿論二人の関係を知っていたので、遠回りに話を進めていたのであった。
「上杉せんせらしいわ」
由里はため息混じりである。
「いずみ、あと10日だよ、我慢しようよ」
なんだか急に張り切った香里が身を乗り出してきた。
 静香の「剣道を続けたい」発言に包囲されつつあった香里にとっては、起死回生の大チャンスである。
その突破口を開いてくれるのが、あの藤本とは恐れ入った! イヤな奴と思っていたのに、今は大感謝である。
 結局賛成多数、4対1で「藤本ひかる」を勧誘することに決定した。
「ひやー・・・・私もうやだよォ〜」
最近、固まる事と、一喜一憂の多いいずみである。
それに比べ、逃げ道だけはけして見逃さない香里は、小さなハミングさえ奏でていた。

 翌日月曜日。いずみは学校へ向かう足取りが重い。
 さすがに勧誘をいずみに頼まなかった先生だが、その任務を比較的仲がこじれていない源野静香に頼んだ。
 勿論、先生からの援護射撃はある。
いずみは「やめとけ! 断れ静香!!」と、心で強く唱えたが、静香は喜んでその任務を承った。
 いずみは道々考える。
予選まであと9日、一週間なら我慢できるが、それより二日も多いのである。
まさに地獄である。こうなれば、ひかるが頼みを断ってくれるのを期待するしかない。
「おはよう!」
気がつくと、静香交差点だった。
「静香・・・・おはよう」
元気がない いずみに、静香はにこやかに最新情報を伝えた。
それはまさに無形の爆弾であり、いずみにとって最悪の情報であった。
 ささやかな期待は簡単に踏みにじられる。今日はもう帰ろうかとも思う。ちょっと自宅の方向を見た。
「昨日電話でひかるちゃんに電話したら、もう即OKだったよ! 今日防具を学校に持ってくるって言ってたよ! よかった」
ちっとも良くない。
そう言えば、いずみが剣道着を皆に着て見せた時、あの女郎は一人だけ背を向け、教科書を読んでいた。
あのときは別に気にしなかったが、
事ある度に競争心を燃やす彼女の思考を、いずみは理解できなかった。
 なんだかんだ言っても、一旦引き受けたからには、最後までやり遂げるべきである。
いずみはすっぱり諦めようと心に決めた。

 教室にはいると、誰かが人だかりを作っている。
「何だろう?」
好奇心に駆られて人をかき分けて覗いてみると、パンダちゃん二号と言うべきひかるの姿があった。
「ほんと負けず嫌いだよ」
たったこれだけのことで、さっき心に決めた事は吹き飛んだ。
 「藤本ひかる」は、肌の白い女の子である。
身長はいずみより少し低い。
どちらかと言えば体の細い子だ。
きれいな一重瞼と、筋の通った鼻の形は京美人タイプである。
 容姿だけを考えると、友達になりたいと思う女の子だが、性格は意地悪だった。
だからといってクラスの爪弾き者ではない。
一部の人間と馬が合わないだけである。
そうなのだが、彼女には親友と呼べるクラスメイトは居ないみたいだった。
 防具はと言えば、いずみの赤胴と全く対照的である。黒い胴に、深い紺色の袴である。
それこそ鎧を着込んでいるような重圧感のある構えであった。
 いずみと目が合うと、彼女はするすると防具を脱ぎ始める。
ひかるにとっては、単に目的を終えたから脱ぎ始めただけだったが、いずみから見ると、いかにも対抗的な仕草に見えた。
放課後の部活で、いかにぶつかり、いかに粉砕するか?。
いずみの興味と関心は、その一点に集中した。

 さて、その放課後である。
「どーしてくれよーかぁ・・・・」
いずみは邪念邪心の固まりである。
かつての古い剣道のように、「足をかけたりしてやろう・・・・」とまで考えている。
 いつもは三人で道場に向かうのだが、本日は香里と二人で道場に向かう。
静香はひかるの掃除当番が終わるまで待っているのだ。
 先についたいずみと香里は、道場の掃除に取りかかった。
そうしていると白石先輩がやってくる。
「失礼します」
いつ聞いてもきれいな声だ。
 声優さんなんかもそうだが、声と容姿はあまり一致しない・・・・。(^^;
だが先輩は、ほんと心が和む存在である。
生きていて良かったと思う。
 ほんわかしていると、耳にも口にもしたくない話題が始まった。
「もう一人の子、今日から来てくれるんですって? 助かるわ〜話を聞いたらあの子2級ですってね」
「げ!」
いずみの掃除の手が止まった。明らかに同様が見て取れる。
 いずみは現在4級である。
小学6年で4級はそこそこのものである。
そのまま続けていれば、彼女も1級か2級くらいは取得していたのだろうが、一年半のブランクがある。
「実力と段位は関係ないねっ」
柴田恭平のような口調で吐き捨てる。
彼女のテンションと集中力は、否応なく上昇していった。

 掃除が終わる。
三人は着替え終えると、柔軟体操を念入りに行っている。
「失礼します!」
聞き慣れない声がする。
りんとした陽の光の様な声である。
声の主に注目したいずみは「はっ」とした。
「考えを改めないと負ける・・・・」そう思った。
そこに居たのは、教室で見る「ひかる」とは、全く別の女の子だった。
そう、道場では誰であろうが一人の剣士として向かい合うべきである。
いずみは彼女にそれを教わったのである。

 これで五人がそろった。
由里は内心ほっとしている。
これで目標の半分が達成できたようなものである。
 由里といずみとひかる、この三人の経験者がいれば、団体戦はほとんど問題ないだろう。
それに、なんだかんだ言いながらも、以外とやる気になっている香里と静香がいる。
今年で中等部の剣道部も、最後だと言われていたが、切れかかったこの糸も何とかつながりそうである。
「そういえば、今年の一年生にも一人経験者がいたわね・・・・」
その少女は、両親に反対されて剣道をやめているという。
4月頃までは時々見学に来ていたが、あれからもう来ていない。今はどうしているのだろうか。
「美崎 澪さんだったわね」
由里は彼女も何とかならないかと思った。

 いずみとひかる、この両名の剣を受け、総合的に比較した由里は、やはりいずみのブランクは大きかったのだと感じた。
 聞くところによると、ひかるは近所の剣道道場に通っており、小学生の時、区の大会で優勝を二回経験しているらしい。
勝つためのコツを知っているのだろう。
だだ、ひかるの剣は柔らかった。
本当に女の子の剣である。
それに比べて、いずみの剣は強くて重い。
同年代との組み稽古が多いひかるに比べ、いずみは年上を相手に鍛錬を積んだのである。
その差が出ているのだろう。
 それに、警察が道場だったから、大人のような技術も教わっている。
この二人を戦わせたら、最初のうちはいずみが勝利するだろうと予測した。

 本日の練習も終盤に入る。
係り稽古の後は、いよいよ試合形式で一本勝負の総当り戦を行うらしい。
まだ素人の域を出ていない香里と静香も参加する。
「やめーっ!!」
先生の号令が走る。いずみとひかるは金具越しに視線を合わせた。

 ひかるはいずみの事を考えていた。
なんて力のある打ち込みなんだろう・・・・。
まるで男子と剣を交えているかのようである。
 今までの経験で勝機を探るが、とてもいずみにかなうとは思えない。
「ほんとに剣道止めていたのかしら?」
そう思う程、わずか4日目にして、いずみは感覚を取り戻しつつあった。
 彼女がいずみと出会ったのは、小学6年の時、協会主催の合同練習の場でであった。
 はっきり言って、彼女はいずみが嫌いである。
嫌いになったのには、当然それなりの理由がある。
ひかるが自分なりに感情を整理している所によるとこうだ。
尊敬していた二級上の先輩を、いずみがいとも簡単にうち負かしたからだと言うのだ。
いや、それはそれでよかったはずだ。
むしろ、「級が下でもやれば出来るんだ」と言うことを、彼女は知ったのである。
 では何故だろうか?。
それは、彼女が認めたくないと思っている本当の理由が存在するからだ。
 合同練習の最終日、勝ち抜き戦での出来事である。
いずみが忘れずに覚えていたあの金言、
「どんな状況でも、まず相手を攻撃できないかを考えろ」
これを教えてくれた「知らないおじさん」とは、ひかるの父親だったのである。
 それからというもの、ひかるの父は、事ある度にいずみの才能を高く評価した。
娘にとってはつらいことである。
勿論、いずみはそんなことを知るはずもない。それが理由で嫌われているのだとしたら、はっきり言って筋違いだろう。

 ひかるは中等部になってからこの学園に編入してきた。
その時の彼女の心境と覚悟は、察するにあまりあるものがある。
 それなのに、お天気ないずみは、ささっと剣道をやめてしまい、ひかるは予期しない肩すかしを食らったのである。
その点においては、いずみを問いつめる権利があるかもしれなかった。
 道場のホワイトボードに、総当たりの表が書かれる。
 第一試合は、由里といずみである。 
面をはずして正座した彼女は、自分の力のなさにため息をついた。




 そんなひかるをさておき、いずみと由里は試合場中央で睨み合っている。
負けるつもりはないらしいやる気満々のいずみがいる。
 由里とはすでにこれで三回目の試合である。
いずみは得意技の幾つかを由里に封じられていたが、それは由里の方にも言えることである。
 由里の心境は複雑であった。
「やる気になってくれているのはいいのだけれど・・・・」
それはありがたいのだが、だからといって、ここで打ち負かされる訳にはいかない。
「甲手! めん〜・・・・」
綺麗な残心である。
ひかるは、由里の綺麗な体の流れに目を奪われる。
「これが一本を取る剣道だ・・・」
そう思った。
 いずみは、由里の技の見事さは十分知っていたので、打ち込みを「有効打突」の範囲外にかろうじてかわす。
同時に、自分の姿勢を崩さないように保持した。
つまり何もなかった振りをするのである。
双方上杉先生を見るが旗は上がらなかった。

 その後も双方代わりばんこに技を出し合うが、なかなか勝負がつかない。
すでに開始してから8分が経過している。
全力で打ち合えるとしても、だいたい5分か6分か? それくらいである。
二人は最初から係り稽古のように全力で打ち合っている。だからとっくにへとへとである。
 もしこれが高校生や成人であれば、力をセーブして無駄な打ち込みはしなくなるのだろうが、彼女らは情熱溢れる中学生である。
力をセーブするなんてあまり頭になかった。
 いままで守勢で我慢していたいずみは、じりじりと間をつめる。
それにしても、由里先輩もなかなか我慢強い・・・・。
感心すると同時に不安がよぎる。
そんな気分を吹き飛ばすように、いずみは面金具の向こうで小さくつぶやいた・・・
「がおっ」

 白熱し、長時間続いた試合も、幕切れは、あまりにも呆気なさすぎるものであった。
「甲手ぃ〜!」
つばぜり合いの後、反射的に繰り出した引き甲手が、見事に決まったのである。
「一本!」
 先生の声と同時に赤い旗が上がる。
「やった〜っ!!」
喜びの声が道場に響く。
「やったね! いずみっ!!」
応援していた親友二人も大喜びである。
今回の一本勝負は、勝者にとってはラッキーだった、敗者に対しては無情である。
 由里は気を抜いた瞬間に持っていかれたこの一本を、学園卒業の日まで忘れることはなかった。
 上杉先生は、脱力感に浸る由里に声をかける。
「白石、いい勉強になったな」
 ほんとにその通りだ。これが本番だったら・・・と思うと怖い。
それにしても、いずみちゃんは姉が言っていた以上の才能かもしれない。
あまりに嬉しそうな笑顔と、飛び跳ねて喜ぶ彼女の仕草に、由里は敗北の屈辱を忘れ、思わず声を出して笑ってしまうのだった。

 それから五人は、代わる代わる舞台の俳優になり、観客になり、上へ下への大騒ぎとなった。
新人の二人は連戦連敗であったが、貴重な経験になったのは間違いなかった。
悔しさが、表情に見れるが落ち込んではいない。香里と静香にとっては大きバネになる事だろう。
 最終試合は、まるで誰かが仕組んだように、因縁の対決が控えている。
その前座として、新人2名の対決が今始まろうとしていた。
 香里はいずみがアドバイスし、静香に対しては、由里が何やら秘策を伝えている。
 代理戦争と化したこの試合は、今まさに始まろうとしている。
 香里と静香は向かい合うと、互いに大きく深呼吸した。
両者中央で膝をつく。
「はじめ!」
先生の声もどこか緊張気味である。
「いやぁ!面!」
「いやぁぁ!!甲手!!」
二人は立ち上がりざまに飛びかかり、激しい体当たり戦法を実践した。

 静香は香里と比べて、身長は同じくらいだが体は細い。
だからいずみは、静香がいくら力を込めても、香里に押し負けるだろうとふんでいた。
 一方由里は、いずみの考えを読んでいた。
体当たりは奇襲の中でも常套手段であったし、初心者にも比較的簡単に相手の体制を崩せる技であったからだ。
だから力負けしそうな静香に、体当たりに対抗する腰の入れ方を教えた。
それともう一つ、「基本練習を実践しなさい」とアドバイスしていた。
 その効力が最初に現れたのは、甲手・面の連続技である。
一瞬、先生も旗を揚げかけたほどだった。
しかし、腕ののびが甘かったので、すぐに無効になる。
「香里!!、基本だよ! 練習を思い出してっ!」
 いずみは、ただ竹刀を振るっているだけの香里に気がついて、注意を促すために声を上げる。
 しかし、勝てるつもりの静香に追い込まれている彼女に、いずみの声は届かなかった。
 こうなれば、心理的に静香の有利である。
元々不利を克服できるだけの経験は互いにない。
こうなったら心理的に優位を獲得した方が強い。勝利の女神は静香にほほえんだ。
「こてーっ!」
「一本!」
今度は文句なしの技が入る。
固くなりすぎた香里の竹刀は、素早い甲手をはじくことができなかった。

 中央で終了の礼を済ますと、場外に出て面を外す。
いずみは香里に申し訳ないと心配したが、根の明るい香里はさっぱりしていた。
「あー負けた負けたっ」
その様子にほっとして今度はいずみが面を着ける。
紐を縛りながら中央を見ると、そこにはもうひかるが立っていた。

 いずみは「出遅れた・・・・」と思う。
「武蔵も遅れてきたんだよ」
負け惜しみでなく、自分をそう言って励ますと、わざとゆっくり立ち上がってひかるを見やった。
 向かい合った二人は、他から見ても緊張しているのが判る。
いずみはペンギン歩きになっているし、ひかるはまだ始まってもいないのに肩で息をしている。
 先生は時計を見る。
部活終了時間まではまだある。
「よし、最後だから、制限時間なしの三本勝負でいこうか」
いずみは肩の力が抜けた。
一本勝負だから緊張していたのに、急に余裕が出てきた。
一本取られても、まだ負けないですむからだ。
それはひかるも同じである。
2点先取した方が勝ちになる訳である。
「なんとかなる!」
二人は心の中で叫ぶ。

 先生は、由里先輩と香里を呼ぶ。
審判をやらせるみたいだ。
香里には実に簡単な指示が出される。
「動きが綺麗だった方の旗を揚げればいいよ」
「なるほど」
香里は嬉しそうな顔をしていずみを見る。
 なんだか本格的である。いずみは再び緊張してきた。
 両者中央で向かい合い礼を済ますと膝を突く。
「はじめ!」
「いやっ!」X2
開始合図とともに、双方から強い気合いが走る。
 いずみは絶えず剣先を揺らし、面金具の奥の目玉を突き刺すように相手を威嚇する。
 ひかるは、これまで侮ってきた「紅白饅頭」とは全く違う相手に、強いプレッシャーを感じていた。
彼女は、赤銅白袴の軟弱な構えを馬鹿にして「紅白饅頭」と呼んでいた。
彼女はそういった相手を、幾たびも簡単に破ってきた。
しかし、いずみは明らかに違う。
もし、黒い構えの防具であったら、その圧倒感は数倍に跳ね上がるだろう。
 数回軽く打ち合うと、互いに隙を見つけて打ち込む。その速度、質と量は、ねずみ算式に跳ね上がっていく。
双方なかなか有効打突とはならない。
初心者の香里でさえ一度も旗が揺れない。
互いに打ちながら打たせないのである。
だから自然と腰は引け気味となり、体が伸びない、見ていてちっとも綺麗ではない。
「面!」
一旦開いた距離を、ひかるが飛び込み面で埋めようとしたそのとき、いずみは体を後ろに反らせ、向かってくる竹刀を足下に打ち落とした。
いずみはがら空きになったひかるの面をねらう。
ひかるは防御にまわるが追いつかない。
「やられる!」
これはいずみの得意技である。
大人相手に何度も練習してきたパターンだった。
もちろん、大人相手に通用した事はなかったが・・・・・
「めん〜!」
三人とも同時に旗が上がる。
由里は「やっぱりね」と思っているようだが、先生は目をぱちくりさせている。
今いずみが成功させた技、
「面打ち落とし面」など、そうそう成功するモノではなかったからだった。

 実は、いずみははじめからこれを狙っていた。
訓練はしていても、さすがに「反射」では出来ない技だった。
 面打ち落とし面を取られたひかるの衝撃は大きかった。
ふたたび中央で仕切りなおし、いずみは二本目を、ひかるは一本目を目指す。
 いずみの次の狙いは、力技である。
おそらくひかるは、先ほど以上の運動量で積極的に攻めてくることだろう。
もしそうなったら、ブランクのあるいずみが不利である。
だから、一発強力な体当たりで姿勢を崩し、あとは隙の開いた所を攻める。
これである。

 ひかるはいずみの予測通り、運動量で隙を見出して勝ち取る事を考えている。
技を見せつけられた後で思いつくことと言えば、唯一自分が上だと思える体力を使った運動量戦しかなかった。
「はじめっ!」
開始合図と同時に双方飛び込み面からはいる。
次の瞬間、激しい体当たりに、ひかるは「ポーン」と飛ばされ、真後ろに倒れた。
受け身は取ったが、後頭部を床にぶつける。
「あ、ごめん・・・・・」
悪気があった訳ではないが、いずみのその一言が、ひかるに火を付けた。
「おい、藤本・・・・大丈夫か?」
倒れたときの音が大きかったので、先生は心配している。
「大丈夫です」
震える声で一言答えると、彼女は立ち上がり、再び仕切り直す。
 さて、次はどう攻めようかね。
余裕のあるいずみは、ある意味暢気に、あれこれと手段を考えていたが、ひかるの目を見て暢気さは吹き飛んだ。
「ひかるちゃん、ますますやる気になってる・・・・今度体当たりでくるな」
感である。
自分だったらそうするからひらめいたのだが、この場合この感は当たっているだろう。
「はじめ!」
「やぁ!」X2
気合いとともに飛び込んで、二人とも激しくぶつかった。
「こてっ!」
「どうっ!」
一瞬離れるが、すぐに打ち合い鍔迫り合いになる。
いずみは根性悪く、面金具をひかるの面にぶつけてみる。
カチーン、カチーン。
すぐに強烈な視線が返ってくる。
「怒ってる怒ってる・・・・」
いずみはさっと引いてひかるの体制を崩させた。

 ひかるはすぐに体制を立て直す。
見るといずみの甲手が開いている。
彼女は反射的に手を出してしまった。
「こて〜ぃ!!」
先に小手を打たれたのはひかるである。
あ・・・やられた・・・・
香里を除いて二本の旗が上がる。
一本である。
中央で向かい合ったひかるの目には涙が光っていた。

 いずみは「軽く?」ひかるをいなした。
満足が得られる程の完勝では無かったが、まぁこんなものだろうと思っている。
 気になるのは、由里先輩の視線がなんだかちくちくすることで、
心当たりのないいずみは、なんじゃらほい? といった雰囲気をかもしだしていた。

 黙想が終わり、皆着替えに更衣室を目指す。
「いずみさん」
さん付けである。
いつもは、いずみちゃんと呼ぶのに、「さん」とはいかに??。
 はて? なんだろうね?
いずみは呼ばれるままに表に出た。
「いずみさん、あれはないんじゃない?」
「ほへっ?」
先輩は振り返りざまに怒っている。
何の事やら見当がつかない いずみは、お猿さんみたいな表情になる。
先輩の頬が一瞬ゆるんだが、ますます怒られてしまった。

 先輩が怒っている理由は、練習試合中の態度にあったらしい。
ひかるの面金具に、面金具を当てて挑発したことがいけなかったらしい。
「まったく!、そんなこと誰からおそわったの?!」
「鞠さん・・・」
「へっ?・・・」
由里は次の言葉が無くなってしまった。
それはそうである。自分の姉が教えたことで、いずみ叱っていたのである。
「とにかく、練習でああいうことしちゃだめよっ!、でも今度の大会ではオーケー」
結局、使って良いものやら何やら、理解できなかったいずみは、口をすぼめて困り果てた。
 何を思ったか? 先輩は振り返ると、いずみに尋ねる。
「他に姉からどんな「手段」を教わったの?」
「はい、・・・つばぜり合いの時、相手の竹刀を引っかけて振り回したり・・・・、
一瞬よそ見して、いきなり打ち込んだり・・・・、
残心の相手がすれ違うとき、わざと相手の足の甲を踏みつけて転ばせたり・・・・、それから・・・」
「わーっ!! もういい!! いずみちゃん! もうこれからはそんな事しちゃだめなんだからねっ!」
「は〜い」
 いつもはみんなと一緒に帰る先輩だったが、今日はさっさと着替えるとなにやら急いで帰ってしまった。
はて? なんだろうね。
いずみはかわいらしく腕を組んで考えた。


                                            
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