―まーくんと学級委員

                    1

 翌日、足腰に筋肉痛を訴えながら、朝倉弓美は通学路を歩いていく。
「おはよ〜ゆみみぃ・・・・」
「おはよ〜のりこぉ・・・・」
今日も空には一片の雲もない。
本当であればすがすがしくってたまらない所であろうが、新鮮な空気を深呼吸する事さえ苦痛である。
「おはようございます」
声のする方を振り返ると瞳ちゃんだ。
「独りでは行き辛くて、おまちしておりましたのよ」
制服は、ちゃんとルアカラーのセーラー服である。
一人違う学校の制服で登校する転校生を期待していたので、弓美も法子も少しがっかりした。
「お家はどこ?」
「そこです、五階建ての、507号室です」
見上げると、大きい新築のマンションがそびえ立っている。
「ここ完成したんだ、ずいぶん早かったなぁ。でもすごぉい! お金持ちなんだね!」
千年桜の花びらが三人の間をきらきらと風に乗って流れる。顔を見合わせ笑顔を交わした。

 うしろが騒がしいと思い振り返ると、一美が希望の道を駆け登ってくる。
「おはよ!・・あら?」
挨拶も交わさず走り去ってゆく。
その後ろからは、はいからさんが駆けて来た。
「先生おはようございます」
やはり挨拶は返ってこない。
「なんですの?」
けげんそうに瞳は説明を求める。
「なんだろね、姉妹喧嘩かね? わかんないよ」
強く説明を求められたので、つき合いが長い自分でも、理解しがたい姉妹である事を説明した。
法子はそれを聞いてころころ笑う。
 坂道を上りきった所で振り返り、腰に手を当てて得意そうな一美が、遅れて駆け登ってくる姉を待ちかまえている。
「ふん! だから勝てないって言ったでしょう、もういい加減年増なんだからね」
「くやし〜、こうなったら、ぜったい、どんな手を使っても、剣道部に入れてやるからぁ」
やはり姉妹喧嘩らしかった。
紅緒の息の乱れに比べて、一美は息をほとんど切らせていない。
そこに弓美がら追いついた。
「なにをやっているのかね?、朝っぱらから」
一美の前でふんぞり返る。彼女の脈略のないアクションは、独特のコミニュケーション法である。慣れている一美は軽くあしらった。
「あ、三文芝居の弓美ちゃんだ、おはよ! うふふっ、おはよ!法子、瞳」
瞳は口に手を当て吹き出している。
弓美はそれを見て、一美の脇腹をくすぐろうと手を伸ばすが逃げられてしまう。
「おはよ!」
「おはようございます」
瞳の畏まった物言いに、「ルアらしからぬ!」と思った弓美は、ルア流を授ける事にした。
「瞳、「おはよ!」でいいよ」
「えっ・・・はい、おはよ!」
これで瞳も仲間入りである。今日も楽しい一日が始まろうとしていた。

 教室に入ると、転校生の物珍しさから美城の回りに人垣が出来てしまった。
名前から、大企業『美城グループ』との関係を勘ぐられているのだ。
噂が事実を呼んだのか?、その真実が公表されるまでたいして時間を必要としなかった。
二時間目の始業ベルが鳴るまでに、美城グループの『超お嬢様』である事が明らかになってしまったのだ。
 急に瞳との距離が離れてしまったように感じた三人は、寂しそうに人垣を遠くから見つめる。
「せっかく一緒に神社を掃除したのにね」
「せっかく「おはよ!」教えたのにね」
 これは瞳にとっても計算外であった。
これでは何の為に良心を痛めてクラス編成に加わったのか、何のために髪を切ったのか解らなくなってしまう。
「名前まで変える訳にはいかないもの・・・・」このままでは、これまでの苦労と努力のすべてが無駄に終わってしまうかもしれなかった。
 人垣の隙間から三人をちらっと見るが、こちらを見て寂しそうだ。
心の中で、「せっかく同士が出来そうだったのに!」と叫ぶ。
 始業のベルが鳴り、ようやく人垣がとけた。
「弓美ちゃん、ごめんね」
その一言に弓美はほっとした。
「瞳ちゃんもたいへんだね」
二人は笑顔を交換する。
「独り占め禁止!」
一美と法子が横目で弓美に圧力をかけた。

 本日は、四時間目までがそれぞれ授業で、五・六時間目はホームルームとなっている。
初日だけに全授業自己紹介ばっかりだった。美城はその自己紹介の中で、あえて親の仕事には触れなかった。三組に集めた子達は、その意味を理解し受け取れるはずであったからである。
実際、廊下に人垣が出来ても、教室内に再び人垣が出来ることはなかった。
「あっそうそう! 土曜日、はいからさんと一緒に歩いてた人わかったよ」
「えっ、いつ? 誰だったの」
一美は額を寄せて話しに聞き入る。
すこし得意そうに弓美は語った。
「昨日、昇竜軒のラーメン頼んだら、ゆみ姉ちゃんが持ってきてくれてね。配達先のアパートがわかんないって言うから案内したの。そしたらねぇ、そこにいたのよ」
「えっ、昇龍拳?」
法子が二人の会話に首を突っ込んできた。
「法子はだまる! で、姉貴との関係は?」
「うふっ、ひ・み・つ」
薄笑いを浮かべた弓美は、情報を握ることの優越を味わっている。昨日の仕返しである。
こんな時は雷が落ちても彼女は口を割らなかった。
「ゆみみ、あんたねぇ」
美城は楽しそうにそんな様子を見ていた。

 いよいよ五・六時限に入る。
すでにクラス全員から「はいからさん!!」と呼ばれている紅緒は、早くもみんなの姉貴分になっていた。
「はい! みんな席に着く!」
気の緩んだばたばたと言う着席の音が、だらだらと教室に立ちこめる。
はいからさんは出席簿を振り振り、だらけ具合を牽制している。
「もっときびきびしなさい! 初日からだらだらするなぁ!」
 弓美が廊下を見ると、伊藤先生と思われる人影がうろうろしている。
「・・恥ずかしがり屋なのかね?」
一美を見ると何かのカタログを見ていた。
「何見てるの?」
「うん、ほら、きれいでしょ! 白と朱色の剣道着」
「ほんと、かっこいいね」
 その話し声を聞いた瞳もカタログをのぞき込む。
 瞳には白と朱色のコントラストには思い入れがある。
以前出雲に出向いた際、草の神「萱野姫様」が大社にあそばし、それは美しい朱鷺のような衣をまとっていらしたのを目撃していたからだ。
「ほら! うしろ!、後は最前列より目立つのよ、あんたたち前にくる?」
三人はそそくさと姿勢をもどした。

 まだ伊藤先生は入ってこない。観察していると、職員室の方へ帰っていった様子だった。
あきれた弓美は、はいからさんの力を借りる事にした。
「せんせい!、このクラス、まだ副担任紹介してもらってません!、居ないのですか?」
「えっ、そんなことないわよ。もうそろそろ来るんじゃない?」
はいからさんは動きそうもない。
 職員室に迎えに行かせる為、策を練った弓美は辺りを見渡し、今度はみんなの力も借りる事にした。
弓美の行動を観察した一美の頭の中で、副担任と姉の男問題とが重なる。
「せんせい!どんな人ォ? 若い男の人で!、独身で!、ハンサムって聞いたんですけどォ!」
弓美は、その瞳にお星さまを輝かせてお願いする。一美は「また三文芝居」と呆れている。
その時意外な援護射撃があった。
「ほんとですの!、先生!早く呼んで下さい」
見ると瞳である。そのとどめが功を奏し、教室中は「は・や・く! は・や・く!」の大合唱になった。
「しょーがないわねぇ、わかったわ、今呼んできます」
クラスは沸き上がり、弓美のブイサインにみんな注目した。
その歓声の中、一美は瞳の行動がとても不思議に思え、うつむきかげんに微笑む横顔を見つめた。
「伊藤先生、ホームルーム始まってますよ。みんな先生のこと、ハンサムだって噂してますわ」
伊藤先生は頭をかき、紅緒先生を見上げたかと思うとうつむいた。
「やっぱり行かなきゃだめですか」
「えっ?、なに?」
はいからさんは意外な質問に混乱した。
「あ、すいません、いきます」
目が点のはいからさんは、先に職員室を出て行く伊藤先生を見送ってしまった。

 教室は早くも無秩序状態、がやがやと色んな会話が混ざった雑音が弓美に心地いい。
「ちょっと、寝てるの? まったくぅ」
一美は肩を揺らして起こそうとするが、ますます気持ち良さそうにしている。
はいからさんと副担任らしい人が教室に入ってきた。瞬間弓美を見るとパッチリ起きている。
「まったくぅもうゆみみちゃんは・・・・」
法子は振り返り微笑み、瞳はくすくす笑う。
「はい、おまたせ!、みなさんの期待どおり、ハンサムな先生連れてきました!。まあ、個人差があると思いますが、平均的にハンサムかと思います。先生、自己紹介お願いします」
ハンサム・ハンサムと言われ、平均的とも言われた。これは一体ほめられているのかどうなのか? 迷惑そうな顔をしながら教壇に上がったその先生は、床屋も行かず、すこし長く延びた感じの髪をかき上げ、クラスを見渡す。
「副担任の『伊藤 賢治』です、どうぞよろしくお願いします」
短すぎる挨拶にみんな呆気にとられるが、いままでさんざん自己紹介をし、聞きあきていたので新鮮で好評だった。
 拍手が鳴る中、さっさと教室を後にしょうとする。はいからさんはあきれた顔で呼び止め、そのままホームルームにつき合わせた。

 さて、ホームルームの本題である。
「それでは、クラスの役割分担を決めたいと思います。まず、学級委員から決めます」
急に「し〜ん」となる教室。
緊張しているみんなを見渡しているはいからさんは、何か特権を持った王様の様だ。
「立候補!」
「はい!」
誰かが間髪入れずに返事をした。
声の主を捜すクラスメイト達。
「ちょっと弓美、あんたまたやるの? だって去年らしいことは何にもしてないじゃ・・・・」
弓美は膨れっ面で一美をじっと睨む。
「他には居ないの?、締め切るわよ!」
誰も立候補は居なかった。
学級委員の仕事は重要である。だから簡単に決めたくはないとはいからさんは思った。
「それじゃ推薦! 誰か推薦! すいせんよっ!」
はいからさんは元気がいい。
「美城さんが良いと思います!」
「あっ、それいい!」
弓美はびっくりして右隣を見る。思いがけない強敵の誕生である。
「あのっ、ちょっと待って下さい! 私そんなこと出来ません!」
はいからさんは瞳の拒否権を無視した。
「じゃ、推薦で美城さんね、他は?!」
瞳はため息をつく。
「新木さんがいいかも!」
また弓美はびっくりし、立ち上がった左隣を見る。
「ちょっと、私もだめよ! 放課後は道場もあるし、わたし、小学生たち教えてるし」
弓美は「そうだ、そうだ!」と、真剣な顔でうなずくが、にっこり微笑んだはいからさんは、個人的な感情を含み推薦を認めた。
「はい、新木一美さんね!」
「としま・・」と呟き、腕を組んで席に座る一美。
 早速、選挙の演説会が始まった。
 
 まずは、朝倉弓美候補である。
「みなさん!、わたくし朝倉弓美は、今回の立候補に際しまして、三つの公約を掲げさせていただきます。まず一つ、先年五月の生徒総会において、職員総会にも提出されました「校則第四条二項」、「髪は肩までのストレートとする」の件についてです。前回の二年生の提出文は、ただ要望を綴っただけで、先生方に譲歩を促す物でもなく、説得する文面でもありませんでした。私は約束します、必ず乙女の美しい髪に、自由と安息、光と美を取り戻してみせます!」
感動の溜息とともに拍手がわく、美城は特に強く拍手していた。
「第二に、私はクラスマッチが大好きです!、なによりみんなで勝利する事がたまらなく大好きです!。みんなも聞いているかと思いますが、一学期の勝利は、「修学旅行」の行き先を決定出来る特権が与えられるのです!。必ず!三組を優勝させ! 海外旅行を実現しましょう!。」
一人一人の努力が必須条件の公約に拍手は小さくなる。解りやすい性格の弓美は、動揺を隠しきれない。
「みっ、三つ目は、創立記念日についてです。毎年十月一日は本校の創立日ですが、残念な事に、ただそれだけで何の特色も無く、このクラスの人も一体何人がご存じだったのでしょうか!?」
「私知らなかった・・」
「わたしも・・」
その声に調子を得た弓美は続ける。
「よって、当日は「休校」にする提案をしたいと思います」
今度は割れんばかりの拍手が沸いた。
「ありがとう、いや、ありがちおうっ。」
舌を噛んだらしく、口を押さえながらおとなしく教壇を後にする。
 つぎは瞳である。
「あのぅ、私、推薦されました美城瞳と申します。せっかく推薦していただいて申し訳ありませんが、この学校の事、全然しりませんし、突然で困ります。ただ、委員の協力であれば、全力でお役に立とうと思います」
拍手と同時に、推薦の声を上げた生徒だろう、「ごめんね」と声がする。
「はい!、次ぎは新木一美さんねっ!!」
はいからさんはますます元気がいい。
どうも我慢ならん所だが、今日帰宅後、道場で叩き回してやろうと一美は思った。
「推薦されました新木一美です、せっかくですが、私には向かないと思います。勿論、多数決で選ばれたらそれなりに役目は果たしますが・・・・それより私には、剣道場で待ってくれる子供達がいるんです。火・水・木がその日なんですが、水曜日と言えば、丁度生徒会会議がある日です。申し訳ありませんが、その事を考慮の上、辞退を許してください。」
 はいからさんは腕を組み、やさしい顔をしてうつむいている。
投票が始まった、結果は「弓美」21票、「瞳」15票である。
一美への投票は皆自主的に控えた。
「よし、決まったわね、学級委員は朝倉さん、副委員を美城さんとします。次ぎの時間はその他の委員を選びますからね。それじゃ早速、朝倉さんには活躍してもらいます。」
二年月組の本当のスタート!一同、初めての号令に注目している。
「起立・・・、礼・・・、ありがとうございました!」
この挨拶後拍手が沸き上がる。最初に拍手を始めたのは瞳であった。

                       2

 そして放課後、いよいよインターネットを始めるべく気合いを入れた弓美は、菓子パンと牛乳を持ち込み自室に閉じこもった。
部屋の引き戸には立入禁止の文字がある。
 早速パソコンを立ち上げメールを開く。
なんだか知らない所から一通だけ来ていたので、思わず開いてしまった。
文章が英語だったので、すぐにゴミ箱に移し削除する。
「なんだろね?」
メールウインドウを閉じてみると、見覚えのないアイコンがデスクトップ画面に大量に発生している。
そのせいなのか? パソコンがいきなりフリーズ状態である。
「おい、なんじゃ?」
そのアイコンは、双頭の蛇が互いに噛み合っているデザインで、中世の王家の紋章みたいである。
 アイコン数は全部で十七個、それぞれ色が違い、プログラム内容も異なるようだった。
「えっと、ウイルスの仲間かな? それともお友達?」
そのうちに普通にパソコンが動き始めた。
元々考えるより実行の少女だった弓美は、一番綺麗な「銀色のアイコン」をダブルクリックでオープンする。
画面にケルトかマヤ風の彫刻と英語文字が浮かび上がり、ウインドウが真白になった。
「英語だ、ユニオン? ・・ルーラー・・なん? なんだろね」
つまんなくてマウスを動かしてみると、線が引かれて行く。
「ひょっとしてグラフィックソフト?」
それはパソコンを獲得した日から、どうしても欲しかった「お絵かきソフト」らしいのである。
 喜んだ彼女は、スクリーンセイバー用のマスコットデザインを開始した。
「これが出来れば、画面の焼き付き心配なし!」
突然外が暗くなった、あんなに夕焼けが綺麗だったのに、今は真っ暗である。
「おかあさん! 雨が来るよ!」
ベランダから見ると、丁度取り込みが終わる所であった。
画面には可愛らしい目と口、そしてずんどうな輪郭が書き込んである。
気のせいか? キャラクターが一瞬まばたきをする。
 空からついに特大の天粒が落ちてきた。
弓美は素早く窓をしめ、家を激しく叩く雨音に耳を傾けた。
「なんか壊されそうだねぇ・・」そう思うほど雨が激しい。
机に戻り、キャラクターに色を付けようとあれこれいじりまわす。
どうも色付けはできないらしい。片手間なソフトである。
そうしているうちに、勝手に色が付き、金属らしい配色の筒が、キャラクターの背中にくっつた。
「ありゃ? すごい・・・・全自動なの?!?」
不思議に思いながらも、完成した「黄色いでぶペンギン」の絵を保管する為、ファイル名を『まーくん』と名付けた。
よくウインドウを見ると、英語文字で『KLEIN・GATE・PRG』(クライン・ゲート・プログラム)と書いてある選択肢がある。
興味を誘われた弓美は、マウスでそこをつついてみた。
すると! ハードデスクが忙しく動き、突然左上にパーセント表示が出る。
現在12%だ。
「何の[12%]?、なんだろねぇ?」
ゆっくりカウントされる数字を観察してみるが、わかるはずがない。
「弓美!ごはんよ〜。」
「はーい。」
外は遂に雷が轟き始めている。
「なんかこわい、お父さん早く帰って来ないかなぁ」
 弓美はパソコンを起動させたままでリビングに降りる。今日の出来事を母に話している頃、二階では劇的な事件が起こり始めていた。

 100%カウントが終了し、立体映像となった『まーくん』が、ブラウン管内に現れた。
やがて「彼?」は、何度も画面に体当たりし、外の世界に出ようとする。
ようやく出られない事が解ると、凶悪な顔つきになり、弓美の部屋を覗き始めた。
壁に掛けてあるセーラー服からベット、その上の洗濯済みの下着、椅子に机にキーボード。
そして、パソコンに取り付けれれたテレビカメラを見つけた彼は不気味な笑い声を発する。
雷は益々強くなり、光と音が重なろうとする。
現実世界に櫓をこぎ出そうとする彼は、ウインドウから鉛筆を取り出し、へたくそなキーボードの絵を書いたかと思うと、なにやらプログラムを組み始めた。
画面に記号や方程式を書いては、七転八倒、七転八起している。
ようやく完成したらしく、指でカウントを取りながら彼はリターンキーを押した。
同時にカメラから光が発せられる。
映写機のように空中に照らされた彼の姿は、次第に実体化し、心臓の鼓動が聞こえ始めた。
勝ち誇った笑い声がリビングでまで届く。
「弓美、ラジオつけっぱなし〜ぃ!、消して来なさい」
「つけてないよ! おかしいなぁ・・・・」
頭をかきながら弓美は二階へ向かう。
一方、実体化しつつある彼は、暴れまくる為の準備運動を始めた。
画面を走るファイルが、最後の一行を数えたその時、激しく聖なる光を宿した光音が朝倉家を襲い、暗闇がすべてを包み込んだ。
落雷による停電である・・。
 実体化の途中で放りだされた彼は、放電火花に包まれ火だるまになると机の下に転がり落ちる。
丁度、机上にあった1gの牛乳パックが彼に襲いかかり、火は無事に消火された。

 ブレイカー落ちてる、弓美は懐中電灯をもって電源をすべて入れるが状況は変わらない。
「つくまで待つしかないわね、弓美こっちに来ときなさい」
小走りに母に駆け寄った弓美は甘え始めた。
「えへ、お母さん!」
「でかいなりしてあまえんじゃない!」
「ひとりっこだぞぅ、もっとたいせつにしろぉ!」
 5分後ぐらいにやっと電気が復活し、あまえ飽きた弓美は二階へ上がって行く。
パソコンの起動音が聞こえてくる。
引き戸を開けてみると、牛乳が散乱し焦げ臭い臭いがする。
「なに? これ?」
部屋中に白い煙と機械部品の焦げた臭いが一杯だ。窓を開け煙を外に追い出す。
空の様子は、さっきまでの雷雨が嘘のように満天の星空が瞬いている。
こぼれた牛乳を片付けていると、それをたっぷり吸った黄色いボロ布がに転がっているのをみつけた。
こんなタオル家にあったっけ?
足でつついてみるが感触が変だ。
つかんで引っぱり出してみると、黄色い毛で覆われ、小さく柔らかな嘴を持ち、金属の筒を背負っている変な生き物が出てきた。
はて?、何処かで見たことがある。
体温は熱く、人間より早い脈を感じた。
「あれぇ、まーくん?」
そんな異常事態に疑問も感じない自分を不思議に思いながら、その生き物のほっぺた辺りを両方からつまんで引っ張ってみる。
身体全体がぷにぷにしており、特にお腹あたりにさわりがいがあった。
「起きろ! お前のお母さんの弓美ちゃんだ!」うつろだが、ようやく目を開けた。
「だれなの?」
目をしょぼしょぼさせながら小刻みに震えている。
「お!、口聞いた・・おかあさんだよ」
「あーちゃん?」
「お・か・あ・さん」
「あーちゃん!」
舌っ足らずらしい。可愛いので頭を撫でてやる、すると目を細めて嬉しそうだ。
パソコンの中にいたときとは違い、大人しいし穏やかである。
勿論、弓美は凶暴で狡猾な姿は知らない。
さっきのが彼の正体であったのか? それとも今の姿はこそが正体なのか? まだ解らない。
「ねぇ、あーちゃん、おなかへった」
オレンジ色の嘴を大きく開いて食事をねだる
「しょうがないなぁ」
辺りを見渡すと、転がった牛乳パックに、コップ一杯分のミルクと菓子パン一個が残っている。
「これ食べれる? パンだよ」
差し出されたパンを受け取ると、何度も嬉しそうに頭を下げた。
「パン! あまい、おいしい!・・こえパン? ねえ、こえパン?」
「そうだよ、これがミルク」
「みゆく?、みゆく!」
おいしそうに、上手にコップからミルクを飲んでいる。
「弓美! おふろ!」
階段の下辺りから母の声がする。
「はあ〜い。」
 まーくんに暴れたり喋ったりしない様に注意すると、お風呂に連れて行き汚れを洗い落とすことにした。

 バスタオルを巻き付け、母に見つからないように風呂場にたどり着くと、まーくんを放してやった。
すると、羽もないくせに宙に浮き、思うままに飛び回っている。
「・・・やるぅ・・・」
まーくんを捕まえ、お湯をかけてミルクやほこりを落としてやる。
ほこりの中に、見たこともない形の紅葉した小さな葉っぱを見つけ、あとで調べようと石鹸置きの中に保管したが、注意不足で水に流してしまった。
 元々、弓美の設定ではペンギンのはずだったのだが、泳ぎは不得意らしい。お風呂につかると不安そうな顔をする。
初めに言い付けられた通りにおとなしくしているので世話がかからない。
次第に慣れてきたのか? 自らタオルを頭にのっけて満足そうである。
「お風呂に入った事あるの?」
「あゆよ!、かおりがね、お仕事の後はおふろに入ゆんだよ」
「え?、なんだかわかんないけど・・まぁいいか」
風呂から上がり、まーくんと自分の髪を乾かす。髪をときおわりベットを見ると、黄色い背中は寝息を立てていた。
 彼の所持品の筒はにはふたがあり開くようだ。
「お、開いた」
ステンレスの様な光沢と手ざわりだが、アルミより遥かに軽い。その中には、七通の封書が入っていた。封書にはルーン文字らしきものが書き込んであり、切手らしいものも貼られている。
 更に奥にはラムカードが入っており、まーくんの写真が焼き付けてある。
おそらく身分証であるらしかった。
「ひょっとして、パソコンから出てきたんじゃないかも・・」
時計を見るともう午前一時である。夜更かしはお肌に大敵である。
「日記、日記」
今日、四月五日の日記には斉藤先生のこと、学級委員になったこと、雷のこと、そして黄色い来訪者の事が書かれた。
「おやすみ、桜花の瓶、まーくん」
天空に北斗七星がきれいな夜であった。

                       3

 翌日、早速問題が起きた。
まーくんがオネショしたわけでない。
勿論、彼絡みではあった。
どうしても学校について行くときかないのだ。
話を聞いてみると、彼も学校に通っているらしく、一日でも休みたくないと言う事だった。
 なんとか彼を説得しようとしたがうまく行かず、放っとくと町へ繰り出しかねない。
おとなしくするなら学校に連れて行く事を条件に、彼をスポーツバックに詰め込んだ。
「いってきまぁ〜す」
きらきらひかる水たまりに挨拶しながら、商店街の路地に出る。
「おはよ! 弓美」
「おはよ! 法子」
今日も、またまた晴れ渡ってすがすがしい。
「おはよ! みなさん!」
声の方を振り返ると瞳である。
「おはよ!瞳」
「昨日は雷がすごかったですわね」
瞳の髪が風と光に踊る。瞳は美人なのでつい見とれ立ち止まってしまった。
「あぁ、うん、停電にもなったし」
「そうそう! 私なんか昨日、お母さんが仕事で戻ってなかったからすごく恐かった」
法子が昨日どれだけ恐かったかを、表情で見せてくれた。
「停電・・ありましたの?」
瞳はきょとんとしている。
「あれ? 瞳の所はなかったの?」
「はい」
二人は彼女のマンションを振り返り、「新築だからなぁ」と思う。
「おはよ! みんな!」
一美がやってきた。はいからさんも一緒だ。
「はいからさんおはよう御座います」
三人は声を合わせ挨拶する。
「おはよう、いつも元気いいね」
瞳は一美とはいからさんを見ながら弓美の肘を引きよせる。
「本当は仲がよろしいのですね」
「まあね」
 バックの中で窮屈な思いをしている彼は、せめて寝返りをうった。次第に太陽光線でバックの中も熱くなってくる。
「あら、今このバック動きましたわよ」
「えっ、そんなことないよ」
「あーちゃん、あついよぉ」
弓美の心臓はちょっと止まった。
「あの、なにかおっしゃいました?」
「いいっ、いま、腹話術の練習してるの! あーちゃんあついよ・・・・」
弓美の目をじっと見つめた瞳だったが、すんなりその答えを受け止めてくれた。
「よかったぁ・・・・」
妙なペンギンのおかげで、いきなり辛く長い一日になってしまいそうである。
 彼女は教室に入る前にトイレに駆け込み、まーくんを引っ張り出した。
「あーちゃん熱いよ!」
まーくんは半切れ状態である。
膨れた弓美は、彼の襟首辺りの毛を掴むと、壁に押しあて注意する。
「まーくん、約束して! いい?! 今度から熱くても寒くてもくすぐったくても声だしちゃだめよ!」
「うん・・・・」
彼のかなしそうな表情を見て胸が痛むが仕方がない。トイレを出ると、瞳が鏡の前でリップをつけている。
「聞かれたかな?」
弓美は警戒しながら手を洗う。しかし、なにも聞かれなかった。
「瞳は気付いているな・・・・」
弓美はそう思った。彼女の雰囲気から、それ以上の何かも感じ取った。

 教室のいつもの席に着く、ちらっと瞳を見ると、やっぱり机の横に掛けたスポーツバックに興味を持っている。
「こまったな」
 瞳は透視力はないので、神通力で少しファスナーを開けて覗こうとした。
開いたファスナー部を見つけたまーくんは、ごそごそとバッグの中を移動し始める。
「あゃぁ、こいつ」
「やっぱり、なにかこの中に住んでいますのね。なんですの? ねこ?」
困りはてた弓美は、瞳だけに事と次第を打ち明けることにした。
「言っても信じてもらえないだろうから、あとで見せてあげるよ」
その時、まーくんを秘密にしたいのではなく、みんなに紹介したがっている自分に気付いて恥ずかしくなった。

 無事に一時間目が終了する。休み時間、誰も居ない科学準備室でバッグを開ける。
今更、大変な事になったと思う。
「きゃ〜かわいい!、なんですのぉ〜」
瞳は飛び出した生き物を思わず抱きしめる。
「ぼくねぇ、まーくんだよ」
「私は瞳! よろしくね」
 弓美は不安の眼差しで様子を見ている。
しかし、まーくんを見ても驚かず、むしろ喜んでいる瞳にほっとした。
「これ、神様? 天使? 違うわよねぇ、かわいい!」
「どうしたらいいと思う?」
その質問に弓美をみすかした瞳が、冷たい口調で言った。
「そうね、みんなに紹介したら」
「冗談!」
「だって見せたかったんじゃない? 弓美ちゃん違うの?」
半分泣き出しそうになった弓美を睨み付ける。
「だってそんな事したら、世界中引き回されて・・・・まーくん殺されちゃうよ」
 泣き出した弓美を心配したまーくんが声をかける。
「どうしたの?」まーくんは、振り返り瞳をにらむ。
「まーくんはやさしいね。今日、二時間目終わったら早引きしよ!、そのあとで話しを聞くわ」
 まーくんに免じてそれ以上の追求をやめた瞳は、約束通り授業中気分が悪いと早退した。
弓美もなぜか体調が悪くなり早退できた。
希望の道を下って行くと、だんだん気分が元に戻ってくる。
「心理的なものかしら・・・」
少し罪悪感を感じながらも、手はず通りに弓美は瞳のマンションに到着した。
 インターフォンで瞳を呼び、オートロックの自動ドアを入る。五階行きだけが専用エレベターになっていた。その前には警備室があり、三十前後のきちんとした制服が三人居る。
弓美は彼等の面構えをみて、父や同僚の警察官達を連想する。
ドアが開くと、すぐ正面が507号室だった。
左を見ると、突き当たりの501号室から
中年女性が出てきたが、年の割にはスマートな人だ。
「いらっしゃい、おまちしてました」
初めての来訪者に全体が緊張気味だ。
「なんかすごい警備だね」
はっとした瞳は、何かを決意した眼差しで部屋の中へ案内した。
「わあ、なんにもない部屋だね」
玄関から入ったリビングには、辞典の詰まった本棚とテーブルと椅子があるだけだ。
ダイニングキッチンがあるが、殆ど使われていない様子だった。弓美はキッチン道具に興味を持ったが、今日は他の用件であるため覗くだけで我慢した。
「何かあるのはこの奥、独り暮らしだからね」
「えー一人なの!?」
弓美の反応に瞳は髪をかき上げた、髪が長かった頃の癖なのだろう動きが少し大袈裟だ。
「そんなに驚かないで!、高校生でもそれくらい出来るのよ」
 感心するやらなんやらで、まーくんはまだバックの中でもがいている。
早速出してやると、彼は毛ずくろいを始めた。

 ・・・・・ 説明して ・・・・。
そう言われても、彼女自身何も解っていないのだから、結局何を聞かれても答えられない。だから直接まーくんに聞く事になった。
「ねえ、何処から来たの」
「第十五番二区二十二の六十八」
直立した黄色いペンギンは兵隊さんみたいだ。
瞳は弓美の様子を見るが腕を組んで考えるふりをしている。気を取り直すと質問を続けた。
「そんじゃ、この筒の中の手紙は何?」
「それねぇ、手紙じゃなくってお金だよ」
「おかね?」
「うん、ぼく「エキスプレッター」なんだ!、国家試験で免許なんだよ! 所属は「香織エクスプレス」です」
 瞳は頬に手を当て、彼のまわりをゆっくり一周してみる。何か真剣に考えているようだが、次第に顔がこわばってきた。
「もう聞くの辞めた・・・・」
「瞳、辞めちゃうの?」
リップの具合を確かめながら瞳を見上げる。
「そうよ!、だいたい私たちとは違う世界なんですもの、聞いても無駄よ!」
瞳はなんだかいらいらしている。
「結論、この生き物は別の世界の知的生物、国家試験に合格して現金輸送を生業としている。身体に毛が生え、ぷにぷにしている。ペンギンタイプなのに泳ぎが苦手で、その代わりに羽も無いのに空を飛ぶ。そして!」
「そして?」
「かわいい!・・・・」
 現在解っていることを整理した二人は、これからの事と、彼をどうやって元の世界に戻すのかを考えることにした。
まず、原因と思われる弓美のパソコンを調べることになった。

 早引きした事を忘れている彼女らは、堂々と町を歩き弓美の家に到着する。
丁度母は買いものらしく、すんなりパソコンの前に座ることが出来た。
「あら、すごい!こんなの持ってるの?」
「ホントはお父さんのだったのだけど、もらっちやった」
 電源を入れ、メモリーカウントが終わり、プログラムがロードされる。
ウインドウズをスタートさせ、画面に現れた複数のアイコンに瞳は悲鳴を上げた。
びっくりした弓美は、倒れそうになった彼女を抱きついて支える。
「はなして」
震える瞳を覗き込むが、とても様子が変だ。
「どーしたの瞳?」
「はなしてよぉ!!、もうあなたに瞳なんて呼ばせない!」
 瞳の目には『双頭の蛇』が焼き付き、他はすべて見えなかった。
弓美の腕を振り払うと、心配して寄ってきたまーくんもはねつけて部屋を出る。
さっきまであんなに仲良かったのに、突然の変化に全く理解対応出来ない。
「汚らわしい、ルーラー連盟の女」
振り返りそう言い残すと、瞳は階段を駆け下り出ていった。
 バルコニーから彼女を見送った後、弓美は涙が止まらなかった。
「ひどいよ、瞳・・」
「どうしたの? だいじょうぶなの?」
「まーくん!!」
まーくんは強く抱きしめられて苦しそうだったが、弓美の悲しさがそれほどである事が解り一緒に泣いた。

                         

 瞳は自宅に戻ると、朝倉家すべての情報を集めることを「株城データ」に指示した。
「あの女、あの女!」
瞳も涙が止まらない。パソコンの電源を入れようとするが、涙が次々に溢れてボタンが見えない。
 ようやく落ちつき、最近の『ルーラー連盟』の動きについて調べ始めた。
「私が三月の時点で調べたとき、まったく彼等と彼女とはコンタクトは無かったはず。
それに、あの子は世界を破壊する行為に参加する子じゃない!、・・・酷いことしたかもしれない・・彼女の父親がそうかも・・」
あれこれ頭に思い浮かべるが、それは瞳の想像である。考えてみれば、何一つ事実なんか解っていない。
「また自己嫌悪・・・」
 パソコンに電流がながれ、画面にメモリーチェックが走る。内蔵のCDROMが回転し、光の粒を集め、画面上に銀河が形成された。
それは、特別なアクセスソフトの機動画面である。
世界中の反連盟者が集まり、その砦である『ミルキーインターネット』に唯一アクセス出来るソフトウエアなのだ。
瞳は世界中に情報の提供を呼びかけた。
「ああ神様、何かの間違いでありますように」
瞳は祈らずには居られなかった。

 瞳が憎む『ルーラー連盟』、その歴史は、西暦千三百三十七年から始まった百年戦争の時代に遡らなければならない。
それは当時、フランス西南部に領地を授かっていたルーラー家を盟主として結成された秘密結社である。
 結成当初は、ルーラー家次期当主『フランツ』が、妹『マリア』を殺したイギリス人と、見殺しにした恩知らずな領民を抹殺する為の機関であった。
目的遂行の姿勢には注目すべき組織で、その為には、たとえ母国を荒廃させる結果であっても実行した。
結果、イギリスにフランスは敗北したが、フランス貴族の精神腐敗に乗じ莫大な資金を貯め、領民を百年に渡り戦場に送り出し、憎むべき一族らを根絶やしにしている。
それから始まる膨大な富と情報の蓄積は、時には世界平和のために、あるいは戦争にと利用されてきた。
しかし今、彼等の目的は『人類人口の計画的削減』である。
 瞳は、以前通っていた高校で、彼等の大戦略網を目の当たりにし、同時に幼なじみを失っていたのであった。
 失意の日々の中、兄『司』にミルキーインターネットの存在を聞かされる。
日本語で言えば、世界銀河通信網とでも訳すのだろうか?。会員は世界中に在り、政治家から小学生までいる。
それぞれに家族や、友人に恋人、彼等の陰謀の犠牲になり、心傷ついた人たちの集まりであった。
 会員は『銀河色のペンダント』をその心の光とし、反連盟の誓証として首に掛けるのだった。

 舞台を瞳のマンションに戻る。
歴史書や、百科事典の立てられた重そうな本棚が「すっ」と音もなく開いた。
そこからいかにも執事姿の似合う、黒のタキシード姿の老人が出てくる。
「瞳さま、もうおやすみなさいませ」
元からある顔のしわを十倍に増やしているので、どれ程瞳を心配しているかが解る。
「爺・・もう午前四時なのね、安心して、睡眠はあとで何時間でもまとめて取れるわ!」
「お嬢様」
「ごめんなさい、でも、もう失えないの、友人を・・・・」
爺はしみじみと瞳の横顔を見つめ頷いた。
「そうで御座いますか、それではコーヒーと、サンドイッチでもお持ちしましょう」
「ありがとう、それから朝になったら、学校に休む事を連絡してね」
「ずる休みの手伝いなど、司さま以来ですな」
ふたりは目を合わせて笑った。
「もう夜が明けるわ」
すこし輪郭が浮かび上がった学びの丘を見つめ、再び寄せられた情報を整理し始めた。 

 弓美は一睡も出来なかった、胸に大きく空けられた穴が寒かったからだ。
「まーくん、今日はね、ここで大人しくしてるのよ。パンとミルク、ここに置いて行くからね、ちゃんと食べるんだよ」
「うん! あーちゃん! がんばってね」
まーくんに励まされ、すこしだけ笑った。
 今日も晴れ渡り天気がいい、雀が数匹で絡み合い楽しそうだ。
「おはよ! 弓美」
「おはよ、のりこ」
「なぁにぃ? 元気ないね、まだ具合悪いの?」
心配そうに法子は顔色を診る。
「え?、うん、まぁね。昨日眠れなかったんだぁ・・、たまには雨が降ればいいのに」
「あー弓美がふてくされてるぅ」
法子はつまらなそうに弓美を覗き込んだ。
 瞳がいつもいるマンションの下、希望の道の入り口が近付く。
何度も「おはよ!」という瞳の声を頭の中でで繰り返した。しかし、誰も立っていない。
教室に入ってもまだ来ていない。はいからさんに聞くと、「病欠」とのことであった。
 その日どんな授業があって何があったのか憶えていない。一美と法子はとても心配してくれた。家では、元気のない弓美を母も心配した。
「ねぇまーくん、寂しかった? 明日はテレビを点けて行くからね」
「あーちゃんが元気ないからさみしい」
まーくんは、食べかけのお肉をくわえたまま悲しそうに訴える。
「ごめんね、明日はもっと元気になるからね、おやすみ」
 次の日は雨が降った。
今日も瞳は来なかった。
一美と法子は、弓美を元気付けようと、どんなにつまらない話しでも話題にして話しかける。しかし、弓美は元気が出ない。
「あのね、弓美。伊藤先生ね、昇竜軒に通い詰めてるみたいなの、どーしてだろうね」
「えっ、昇龍拳?」
「法子はだまる!」
ワンパターンの漫才ネタにも無反応である。
「ゆみ姉ちゃんもてるから・・」それだけだ。
そんな弓美の返事に二人は溜息をついた。
 五時間目、初の体育があり、はいからさんが張り切っている。
授業内容はバスケットボール。
六人づつチームとなり、一人が審判役をする。席の配置で班と同じく決められたので、弓美は瞳と同じチームになった。
「瞳は休みだ、瞳は休みだ、瞳は休みだ」
頭の中で誰かが呟く。
 弓美はバスケットが上手で、三学期の全校クラスマッチでは、三年生を相手に優勝経験がある。
でも、今日は負けた。シュートが入らないし、相手チームの動きを全然見ていなかった。
動きがルーズで、チームに迷惑かけた。
「迷惑かけた、迷惑かけた、迷惑かけた」
「またこの声だ、誰だろう?」まわりを見るが誰も側にいない。空気がぬるくて息をするのがたいへんだ。
そして負けた、負けた、負けた。
「弓美ぃ?」
「弓美だいじょうぶ?」
「一美、法子、ありがとう、私は大丈夫」
そう、私は大丈夫、私は大丈夫。私は大丈夫。
一美も法子も、原因の解らない彼女の落ち込み病に戸惑うばかりだった。

 瞳は、続々入ってくる情報を整理していた。あれからほとんど寝ていない。
ふと外を見ると、いつの間にかもう真っ暗だ。
時計はもう木曜の午前一時。
 情報の洪水の中で、ルーラー連盟極東支部の興味深い情報が目に入った。
「なるほどね、これだわ!、あとはこいつの裏付け捜査ね」
 すでに冷めた紅茶をのみ、表面がかさかさのサンドイッチをミルクで流し込む。
「あ〜疲れた! シャワーあびよ!」
瞳は本棚に鍵をすると、パソコンの前で洋服を脱ぎ始める。弓美より細い女の線がバスルームに消えた。
「よかった、あの情報が真実なら、弓美ちゃんは無罪ね、謝らなきゃね」
鏡が曇る。自分が見えないのでお湯を足で弾く、いくつかの線が走り彼女が現れた。
「美しい!、なんちゃって」
でも顔色は良くないし、お肌もかさかさだ。
 放射され落ちてくるお湯を、目を開けて見つめながら考える。
「わたし、ひょっとしたら自分に都合にいい情報だけを信用するかもしれない」
蛇口を閉め、バスタオルで体を拭き、扇風機みたいな大きなドライヤーで髪を乾かした。
 新しい下着にTシャツとジーンズを着る。
ベットが目に入る。別に眠るつもりではなかったが横になってみた。
「ああ、久しぶりですぅ・・・・」
・・瞳は、いつの間にか東京に帰っていた。
そこは東京の高校、みんな元気でいる。
「おひさしぶりです、ごきげんよう」
みんなそれぞれ挨拶してくれる。
誰もいない教室、窓際の前から二番目に座る。すると、クラスメートが一斉に現れ着席する。同級生だけでなく、中学の後輩も、高校の先輩も同じ教室だ。
 目の前の席が一つ空いている。
「一つ前に詰めないと・・・」
席を立とうとすると、誰かが空いている席に座った。
見覚えがあるのだが名前が解らない。思い出そうとするととたんに恐くなる。
「こちら、よろしかったかしら」
「えっ、章子? あなたなの?」
「ふふ、死んだとおもった?」
間違えなく、幼なじみの章子だ。
「生きてたのね! よかった」
(いいえ、彼女は死んだわ!)何処かで声がする。
まわりは夕暮れの日比谷公園に変わった。
ベンチに二人、腰をかけている。
「瞳、気持ちいいんだよ」
章子が瞳の手を握ろうとする。
「またそんなこと!」
「くるの?こないの?」
「行かないわ!」
「あそこにいかないのね・・まだ」
章子の指さす方には、瞳には見えない暗闇があった。
「今は来なくても、やがてこうなるのよ、あなたも・・・に、なるの。否定してもだめなの。運命なの。もったいないよ、綺麗なのに。しないと、みんなから笑われるわよ」
「いかないわ!」
 章子は、瞳の口元のはっきりした拒絶に「はっ」とし、悲しい顔をする。
「私は母を裏切った父と、それを知っても何にも言わない母に復讐するの。知らないし、愛してもいない指に、気持ちよくなるたびに、気持ちよくされるたびに、復讐になるの。おねがいわかって・・。でも・・・いいわ、あなたが来なくても、お友達が出来たから」
瞳はその隣に発生した人影に目を凝らす。
章子は挑戦的に微笑むと、その影を抱き寄せ唇を近づける。
「さあ、いこう・・あさくらゆみみ」
「だめぇ〜!!!!」
ベットから飛び起きる瞳、瞬間にベランダのぶ厚い防弾ガラスにひびが入る。
「ゆめ・・か、」
 時計は午前十一時、しばらくベットに腰をかけた後、ガラスのひびを見つける。
「またやちゃった・・・・」
 本棚のロックを外し、美城本部の調査部に電話を架ける。連盟極東支部の不祥事について、調査を依頼するためだ。
「瞳です、連盟のプログラマー「打越 秀明」、彼の消息と親族の調査を。そして彼が反乱に至った経過、あるいは動機を調べてください」
じいが朝食を運んでくる。
「すこし、おねむりになられましたかな?」
「ええ、ぐっすり、それでね☆ ごめんなさい」お茶目に指さした窓を見て爺は笑った。

 弓美への疑いは晴れつつあった。
事件は連盟の内部反乱で、その反逆者がパソコンネットを通じ、連盟の存在を明らかにするため、数百カ所にファイルを送りつけていたらしいのである。
「馬鹿なことをする」
と、瞳は思う。
その程度の反乱でダメージを受け、暴かれて裁かれる程度の集団なら、誰も悩まないし結束を呼びかけたりしないだろう。
そのファイルの殆どは、すでに連盟が消去したらしい。
おそらく今頃は、弓美のパソコンからも、「双頭の蛇」のアイコンは消えているだろう。
これでおそらく、まーくんは元の世界に戻れなくなったと思う。
 調査部の第一報は、打越秀明が死体で発見されたとの事であった。
テレビにも同様の報道がなされていたが、そちらの情報はいまだ身元不明であった。
 情報をくれたミルキーインターネットのみんなにお礼をのメールを発信する。その時電話が鳴った。
まず、部屋の向こうにいる爺が取る。
なにやら楽しそうに話している。
「お兄さまね・・」
子機を手にし、呼び出しが鳴るのを待つ。
「お兄さま? 三ヶ月振りですわね」
 受話器の向こうから、それについて言葉のない兄のごまかし笑いが聞こえてくる。
その奥から、空港らしいアナウンスが聞こえてくる。
どこから聞いたのか? 瞳が連盟の情報を集めていることを知っていた。
兄から重要な情報を手にすることができた。
 それは反乱の動機であった。
新しく連盟に入ったプログラマーを、連盟極東支部局長が優遇したらしい、それだけの事が我慢出来なかったらしい。
「ありがとうお兄さま」
瞳は大事そうに受話器を手で包む。
「僕はこれからドイツに行く。月見郷さんがらみの用件だ。日本に帰るのは6月頃になると思う。連盟にアクションを起こすなとは言わないが、そのときは、ネットのみんなと協力するんだぞ。」
心配してくれている事が疲れた身体にしみる。
「はい、お兄さま。珍しいお土産を期待しておりますわ!」
弓美の疑いがはれた! 瞳は嬉しくって部屋中飛び回る。子供のようにベットをトランポリンにしたりした。
時計は午後三時半、学びの丘を見る。
「明日は登校しよ!」
学校に投げキッスをする。はしゃぎつかれた後、落ち込んで考えた。
一方的に汚い言葉を吐いて別れたのだ、一体どんな顔で再会すればいいのだろう・・・・。
瞳はまた眠れなくなりそうだった。

 またつまらない一日が終ろうとしている。楽しい一日が終わることより、考えてみれば良いことではある。
「ねえ、今日も瞳来なかったね」
席の向こうの方で声がする。
「ああっ、よほど酷い風邪なのね。家が判っていたら、お見舞いに行くのに」
そのアイデアを聞いて目を大きくした彼女は急に元気が出てきた。
「そうよ、私なんにも悪いことしてないし、きっと体調が悪かったのよ!。今日放課後お見舞いに行こう」
六時間目の始業ベルが鳴った。
 そして放課後。弓美の班は教室の掃除当番になっていた。
「御免!今日お母さんに頼まれたお買いものあるんだ!、お掃除さぼっていい?」
班のみんなに了解を取ると、掃除中のみんなの間をすり抜け、まだ誰も歩いていない希望の道の下り坂を駆け下りる。
今日は風が強い。空を見上げると、白い買い物袋がとても高く空を舞っていた。
 マンションのインターフォン前で戸惑っていると、中から中年女性が出てきた。
「いけない事かな?」と思いながら、開いたオートロックドアをくぐり五階を目指した。
警備室に今日は一人しかいない。警備員さんは笑顔で軽く会釈してくれる。
しかし、その直後インターフォンでどこかに連絡している。
「やっぱり警備厳重だ」弓美はお金持ちも大変だなぁと思う。
 507号室の前に立った。また501号室からあの女性が出てくる。
「こんにちわ」と挨拶してみる。すると軽く会釈を返してくれた。
ドアフォンを鳴らす。
しばらくして、瞳が濡れた髪のまま飛び出し、抱きついてきた。
「ゴメンね弓美、私、あなたに話さなけばいけない事があるの、まーくん元気?」
お互いの心に憑いていた、重い氷の様な物が体温に溶けて行く。
「あのね、私も話す事いっぱいあるよっ!」
 中に案内され、テーブルに座って待った。
爺が紅茶とサンドイッチを二人分運んできた。素早く髪を整え服を着た瞳は、これまでのことをすべて話した。
ルーラー連盟の事、幼なじみの章子の事。
月曜日、弓美のパソコンの中にあったアイコン「双頭の蛇」を見てあんな態度を取ってしまったこと。連盟の内部反乱の事。
まーくんはもう戻れないかも知れないこと。いろいろである。
「そんな事があったんだ、私知らなかった」
「弓美、あなたもミルキーインターネットに入って!、一緒に連盟と戦おう!」
少し弓美は戸惑ったが、まーくんの幻が現れ、「あーちゃん、がんばれ!」と言う。
弓美は一応、その場凌ぎの返事で頷いた。
 今度は弓美の番だ。しかし、仲直り出来たことで落ちついてしまい、話すことが無くなってしまった。
それでも何か話さないといけないと思い、まーくんの事、初めての体育授業の話しと、副担任の伊藤先生が昇竜軒に通い詰めているらしい事、人から聞いた話を披露した。
「明日はここの下で待ってるからね」
「うん! おはよ! しようね」
瞳は下まで弓美を送った。

 時間はいつの間にか六時をまわっている。弓美は走って家に帰った。
「何処行ってたの?、遅いじゃない! ご飯よ」
「はーい! ごめんなさい!」
元気良くなった階段を上る音を聞き、「恋愛事かしら・・」と母が呟く。
二階では、まーくんが寂しそうに外を見つめていた。
その姿を見て、彼が「元の世界に帰れない事を知ってしまったのでは?」と思ったが、悲しそうではなかったので話しかけてみる。
「どうしたの?」
「あーちゃんおかえり、ぼくもおそとでたい! ほら、あの風船みたいに!」
外を見ると、赤い風船が星空を飛んでいる。
「ふうせん?」
彼の横顔を見て何か思いついたらしく、明日は必ず散歩させると約束をした。
 瞳と仲直り出来たら急にお腹が減ってきた!、まずは腹ごしらえだ。
 テーブルに着くと、早速一杯目を平らげて二杯目を要求したとき、母が突然で意外な事を聞いてきた。
「弓美、好きな人でも出来たの?」
きょとんとした表情の彼女に安心した母は、差し出されたおかわりを受け入れた。
「その時はちゃんと紹介しなさいね」
「なんで?」
弓美は急に食欲が無くなった。
「あなたもそう言う年だからよ!、変な男に引っかかっちゃ・・・駄目ダメよ」
 こう言う話しはどうも気持ちのいい物でない。恋愛は、例え親にでも否定して欲しくないし、干渉もしてほしくなかった。
「ごちそうさま」
早々に食事を済ませると、そそくさと退散する。台所に立ち寄り、ごみ袋に使う予定でストックされているスーパーの袋を四・五枚持ち出した。

 早速まーくんを捕まえベットに寝せると、巻き尺で身長や目・口の位置を計る。
「なん? なんするの?」
「まーくん、このなかに入るんだよ!」
広げられた買い物袋に彼は疑問の眼差しを投げる。
「どーして?」
「・・・わたしがお外にでちゃだめ!って言てた意味わかる?」
彼は短い腕を組み、かわいらしく考え込んだ。
「僕をいじめるため!」
「なんですって〜ぇ、今のはこの口かぁ!」
弓美はまーくんの口に人差し指を突っ込み横に大きく広げる。お互いやけに楽しそうだ。
「うそだよ、わかるよ〜。ぼくは別世界の生き物だから、捕まったら暗黒裁判の後、死刑にされるからだよね」
「う、な、・・まあ、・・そんなとこね」
そんな話を何処から仕入れたのやら疑問である。
「そう、捕まったら死刑よ! だからお出かけする時は、必ず袋をかぶって、必ず空高く飛ぶのよ!」
「・・うん」
 不服そうなまーくんをよそに、袋に目と口の穴をはさみで開ける。
「完成!」
 遠巻きに、三つだけ穴の開いたスーパーの袋を眺める。
「かっこわるいなぁ」
しかめ面の彼は、弓美の善意の笑顔の前に嫌とも言えず、しぶしぶ頭を突っ込んだ。
「まーくんどう?」
「前が見えないよう、お魚臭いよう!」
三分と経たないうちに、袋を投げ捨てた。
「もう!、そんなことじゃお外出れ無いぞ!、死刑になっちやうぞ!」
 袋を拾い臭いをかいでみると、最高生臭い! おもわず咳込む程だった。
「ごめんね」
 とりあえず、まーくんの要望を聞きながら改良を加えることにした。
「きれいな袋にして!」これはその通りである。即採用である。
「もっとかっこいい袋にして!」この要望は必要性を認めず却下。
「ほんじゃ、さっきの風船みたいな赤い色にして!」と言う、赤い買い物袋なんて見たこと無いのでこれも却下した。
「ほんじゃね、えぇ〜と・・」
「わたしが十数えるまでに言わないと改良はおしまいね」
 結局、大きな新品の袋に、覗き穴を開けるだけで解決した。
弓美は「夜なら飛んでもかまわない」と言おうと思ったが、とりあえず昼間の町並をおぼえさせてから許可しょうと思った。
「あ! 日記、火・水、二日もつけてない・・・・」
 火曜日は少しだけ書いた。
まーくんの事を瞳に相談し、一緒に早退した事。
そのあと、弓美の家に来た彼女が、急に怒りだし、帰ってしまい悲しかった事。
そして一ページ飛ばした。本当に空白にふさわしい一日だったからだ。
本日、木曜日の書き始めは、瞳と仲直りした事。ミルキーインターネットの会員になる事をホントはまだ決めかねていること。
まーくんにはまだ、元の世界に帰れなくなった事を話していないこと。
そして最後に、「明日が楽しみだ」と書いた。


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