風の向くまま−1 ダーティ・ライオン




黄色いバンダナでまとめた銀髪を風になびかせて、彼は裏路地の角を曲がった。後からはまだ追っ手がついてきているが、そろそろ走って逃げるのにも飽きてきた。
「がんばるねぇ……」
追っ手は2人。テブとノッポ、おまけに黒のスーツ姿。あまりにもありがちすぎて、はじめ見たときはこけかけた。
進路に転がるゴミ箱などの障害物をひょいひょいと交わしながら、彼はさらにスピードを上げた。逃走の醍醐味はやはり追っ手をまくところにある。
さらにいくつか角を曲がったところで、前方に白い四角形が見えた。人の行き交う表路地への出口だった。
「いっちょ行くか」
彼はそう言うと再び後ろを振り向き、追っ手の姿を確認した。増えるでもなく減るでもなく、例の2人がついてきている。
あの2人ならまけるだろうとふんで、彼はダッシュをかけた。と、同時にボールホルダーから自分のボールの1つを取り出す。
視界が開けた。
裏路地からでるとともに彼のボールが開き、小気味のよい金属音とともにエアームドが現れた。やや遅れて路地へと出てきた2人組に見ることができたのは、逆光の中飛び去るエアームドのシルエットのみだった。


「ふ〜、なかなかがんばったな、今回のは……」
ジョウト地方南東部のワカバタウンから南下したところに位置するリーズン諸島。そのリーズン諸島最大の島、カウズ島に広がるカウズシティの上空を飛ぶエアームドの背中で、フロートは今出て来た裏路地を見下ろしながらつぶやいた。顔には微笑が浮かんでいる。
「なんかまずいモンだったのか……、今回のは?」
20歳ほどの青年である彼の生業は裏世界の武器運び屋である。もっとも、武器といってもポケモン兵器と言う、武器として使えるようにしつけられたポケモンが入ったモンスターボールを運ぶ仕事がほとんどなのだが。
「ま、逃げ切れたし、いっか」
エアームドの背中でそうつぶやくと、フロートは西の方を指さして、
「エアームド、とりあえず帰るぞ」
それまでの高揚は消え、どこか疲れさえ感じさせる口調でフロートはつぶやいた。何度同じことを繰り返しただろうか。運ぶ、逃げる、隠れ家へと帰る。毎度毎度その繰り返し。つまり、彼はそのループにいい加減飽きていたのだ。
確かに、カントー、ジョウト、リーズン諸島、とあちこちまわったこともある。実際ついこの間もオレンジ諸島のカンキツ島なんてまで行って来たところだ。だが、
「なんだがなぁ……」
エアームドの背中でつぶやいた声は、風の中にかき消えていった。


『ダーティ・ライオン(汚れたライオン)』。ジョウト、カントーを中心とする一帯を活動場所とするフリーの武器運び屋である。
裏の世界では顔もよく知られていて、知名度も高い。そして仕事の腕に関しては大きな組織の幹部級の人間ですらそろって認めるほどである。
トレードマークは風になびく銀髪とそれをまとめる黄色いバンダナ。そう、その正体は先ほど逃亡劇を演じたフロートである。
フロートは仕事の腕と同様、ポケモントレーナーとしての腕も並ではなく、それがゆえに裏世界でフリーでいられるのである。先ほどのようなこともしばしばあるし、警察を相手取ったことも何度もあるが、そのいずれも彼はうまく逃げおおせている。
そして、今となっては警察は彼の逮捕をあきらめ、多くの大組織でも使うだけで他によからぬことを考えようとはしなくなっている。



「で、おたくの依頼ってのは?」
「単純なことだ。この男を暗殺してほしい」
リーズン諸島にあるとある零細企業ビルの一室。目の前の男はフロートに向かってそういった。
相手が出してきたのは一枚の写真。このご時世になぜかモノクロの写真の中では、小太りの中年男性が鋭い視線を送ってきている。確か、この間の依頼人の男だ。
しばし口をつぐんだ後、フロートは、
「ご存じないですかね。私『ダーティ・ライオン』は殺しはしない。……決裂ですね」
「……どうしてもか?」
フロートが立ち去ろうと、いすから立ち上がったとき、その依頼人、ダークスーツに黒いサングラスといういかにも悪人ルックの依頼人が、依頼を断られたにしては妙に静かな口調でそう言ってきた。
「『ダーティ・ライオン』というのはその程度なのか……。人一人満足に殺せない程度で、よく裏世界に名が通ったものだ」
「……どーいう意味でしょうか?」
背中に投げつけられる侮辱ともとれる言葉。フロートは顔面に笑顔を張り付けて、振り返りざまに聞き返した。
「そう言う意味だよ。わからないかね」
「わかりませんね。僕は自信がないから断るんじゃなくて、殺しはしないんです。うちの営業方針でしてね」
「そうか……、非常に残念だ」
ふぅ、というため息とともに吐き出された男の言葉。その言葉にあわせてフロートの背後に突如2つの殺気が生まれた。
2つの黒い影が飛び出してフロートの背後を狙う。
「……やれ」
男がつぶやく。全くの無音の中で二つの黒い影はフロートに襲いかかる。
「……こちらとしてもご理解いただけなくて非常に残念です」
男の言葉を聞いたうえで、手を組み、ため息をついてフロートが言う。と、同時に、
 ゴウンッ!
激しい轟音とともにフロートの背後に迫っていた黒い影が吹き飛んだ。と同時に壁にたたきつけられる2匹のスピアーが見えた。2匹を吹き飛ばしたのはおそらくポケモンの仕業なのだろうが、フロート以外にはどこにいたのさえわからない。
「なっ?!」
いきなりのことに目の前の依頼人だった男が絶句する。勝ちを確信していた者ほどもろい奴は居ない、そう思いつつフロートは改めて立ち上がった。
「じゃ、僕は帰らせていただきますよ。ま、これ以上は何しても無駄ですよ、たぶん」
「……我が社を敵に回すと後悔するぞ。今ならまだ」
「おあいにく様! じゃ、失礼します」
背中に、押し殺した声で脅しを投げかけてくるもと依頼者を鼻で笑い、フロートはそのビルを後にした。これでこの件は終わったはずだった。が、終わらなかったのである。


フロートのでてきたビルは、大通りから裏路地を少しは行ったところにあった。フロートが大通りへ出る角を曲がりかけたときだった。背後に強力な殺気を感じてフロートはとっさに角から飛び出した。先ほどのスピアーの比ではない、背筋が冷えるような殺気。
「うわっと!」
とっさに飛び出たので、大通りの何かにぶつかってしまった。見ればそれは一人の少女。だが、刺客はそんなこと気にしないらしく、殺気は落ち着くどころか以前にまして激しくなっていた。いや、むしろ少女もろともフロートをねらっている。
 シュッ
空気の抜けるような音とともに何かがフロートと少女めがけてとんできた。見ればさっきぶつかった少女は気を失っている。
チッ、とフロートは舌打ちすると、少女を抱えて走り出すと同時にモンスターボールの一個を取り出した。
「エアームド!」
フロートは少女を抱えて走りながら、エアームドに飛び乗った。
 ブスッ、ブスッ、ブスッ、カンッ、カンッ
追跡者の放つ「何か」が地面に刺さる。またいくつかはエアームドの強固な肌にぶつかったりしてくる。
「一般人まで巻き込むつもりか……、クソが」
抱えているの少女は、まだ気を失ったままだった。その藍色の髪が妙に空に映えた気がしたのは、フロートの気のせいだったのだろうか。




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