風の生き様−2 流れゆく秋雲




フロートとポポッコが夕日を見つめているちょうどその時、夕日の中に何か黒い点が見えた。
やがて、視認できるようになるに連れてその正体が分かってきた。一羽のヨルノズクだった。それもずいぶんと弱ったヨルノズクが、フラフラと飛んできている。
「オイ、あれは……」
さらに、そのヨルノズクのあとからスピアーが追ってきているようだった。ヨルノズクは飛びながら、スピアーにさんざん攻撃されている。
普通ではあり得ない光景である。と、なると、トレーナーがらみなのだろう。
「ポポッコ、とりあえずあのスピアーを追っ払うぞ。ソーラービームだ!」
真っ赤な夕日のエネルギーを吸収して、ポポッコは赤い光線を放つ。草タイプ最強の技:ソーラービーム。絶妙な太さと威力、さらに高精度の狙いで放たれたその光線は、100メートル近くは距離があったスピアーに見事命中。一撃で撃墜した。
「にしても、あのヨルノズクは……?」
追っ手がいなくなったことで気がゆるんだのか、ヨルノズクはフラフラと飛びつつも、その高度がドンドン下がってくる。
見る間に近くまで落ちてきたヨルノズクは、フロートの目の前まで飛んできて力つきて倒れてしまった。
「オイ、大丈夫か? どうしたってんだ」
ヨルノズクの状態は酷かった。過度の疲労はもちろん、よく見ればいたる所が傷だらけでもあった。どれほどの距離を飛んできたのかはわからないが、相当の長距離を飛んできたようである。
その目には必死の色がたたえられていて、見ているフロートに何かを訴えかけているように見えた。
「とにかく、ポケモンセンターに、いや、ワカバまで行ったら……そうだな」
ここからなら最寄りのポケモンセンター、つまりヨシノシティまで行くより、ワカバタウンにあるウツギ博士の研究所のほうが近い。ポケモン研究で有名なウツギ博士の研究所だ。ポケモンの治療くらい簡単にできるはず、と考えたのである。
傷だらけのヨルノズクを抱え上げる。と、その時、ヨルノズクの足に何かが結びつけられているのに気が付いた。
小さいうえに目立たない色をしていたので今まで気づけなかったのだが、4センチ四方ほどの、金属で出来た薄い箱のようなものがヨルノズクの足に取り付けられていた。
「これは……」
何だろうと思い、フロートがそれを取り外したときだ。先ほど、ヨルノズクとスピアーが飛んできた方向から何者かの声が聞こえてきた。
「そこまでにして、その小箱とヨルノズクを渡してもらおうか」


夕日を背にして、男のシルエットがこちらへ向かってくる。
男が近づいて来るに連れて、要旨がはっきりしてくる。比較的小柄な男のようだった。特にこれと言って外見的特徴はないが、どこか普通ではない雰囲気をまとっていた。わきにはアリアドスを従えているようだった。
フロートは立ち上がり、ヨルノズクを抱えたまま男のほうを見る。瞬間、二人の視線がぶつかる。
「とりあえず、理由を聞きたい。何故そちらへ渡さなければならないのか」
「そのヨルノズクは私のポケモンなんだ。逃げ出してしまったのでスピアーに後を追わせたのだが、何者にスピアーがやられてしまってね」
男は薄笑いを浮かべながらそう言うとモンスターボールをひとつ、見せつけるように差し出してくる。中には気絶したスピアーが入っている。
「……しかし、どうもそうは見えないんだが。何より、このケースの中身。いや、外側に書かれたメッセージを見ると、どうもな」
夕焼けに赤々と照らされた金属面には細々と打ち付けられたメッセージが浮かんでいた。
「『このディスクを守ってください。ミナ』と書いてある。あんたどう見たってミナって名前じゃないだろ。つーことは、このヨルノズクの敵だよな」
「だったら、どうするのだ? そのヨルノズクを守るというのか、どこの誰とも知らない者のために」
「まあな。少なくともあんたが悪人に見える、それだけで俺にとっては十分の理由になる」
ミナという名前にも少し考えがあるしな、という後半部分は言わずに、フロートは男を見据えた。見たところ、やはり組織か何かの工作員のように見える。まともに戦うのは、あまり賢いとはいえないだろう。
「アリアドス。まずはいつものようにしてくれ」
不意に男は笑みを浮かべると、アリアドスに向かってそう言った。とたん、アリアドスはフロートのモンスターボールに向かって糸を吐いてきた。ボールをからめ取られるのか、と思いきや、その糸はボールに巻き付くのみだった。
だが。
「ポケモン封じ、かよ……」
ボールに糸が巻き付いたことで、ボールの開閉は封じられたも同然だった。つまり、新たなポケモンを出すことが出来ない。交代もできない。時間をかければ糸を取り払うこともできるだろうが、もちろん今はそんな余裕もない。
ボールを手元に残しつつ、交代を封じる。嫌味な技だ、と思った。
フロートは舌打ちをしながら空のボールを一個取りだし、ヨルノズクを入れるとポケットに入れた。これで使用可能ポケモンはポポッコとヨルノズクの2体だが、もちろんヨルノズクにバトルをさせるつもりは毛頭ない。
「あまり無駄な労力は割きたくないのでな。私は確実に仕事を仕上げたい」
相変わらず、表情ひとつ変えずに男はそう言った。


「では、アリアドス、ヘドロ爆弾を放て」
工作員の男が言う。と同時に黒い塊がいくつかアリアドスから放たれる。
ボールを封じられたことでフロートのポケモンはポポッコ一匹のみと言ってもよい状態になってしまった。上に、相性で見るとアリアドスとは最悪の相性だ。とっさにヘドロ爆弾は交わすが、このままではあまり好ましくない結果になる。
まずは強力な一撃を与えないことには、状況好転は望めない。と、なると、放つ技も自然と決まってくる。
「ポポッコ、まずはソーラービームだ」
今ならまだ夕日が赤々と輝いている。強力なソーラービームを数発打ち込めば、いくら相性が悪くても何とか勝てる。早期決着をしなければ、草ポケモンであるポポッコでは夜のバトルは不利だった。
ポポッコの頭にある黄色い花びらに、赤いエネルギーが集まってくる。あまり大した時間もかからずにエネルギーが集まり、ソーラービームを打てるようになる。
「よし、ポポッコ、あまり余裕がないんで確実に当てるぞ」
目配せで合図をして、ヘドロ爆弾を交わしながらアリアドスとの距離を詰める。
「今だ、発射!」
放たれた赤い光線は、寸分違わずアリアドスの中心を貫いた。が、やはりドンドン夕日が落ちていっているので、先ほどスピアーを打ち落としたときよりも威力が低くなっているようだった。
「貴様、なかなかやるな。だが、あとどれくらいそのあがきが続くか……」
男が値踏みをするようにじろじろとフロートを見ながらそう言う。口元には奇妙な笑みを浮かべながら。
「そっちこそ、その余裕がいつまで持つかな? ポポッコ、いくぜ、2発目のソーラービームだ」
再びアリアドスと距離を置いて、赤い光を集める。赤い夕焼けがポポッコにエネルギーを送ってくる。が、不意にそのエネルギーが途絶えた。当たりが急に陰ったのだ。
見れば、大きな雲が夕日を覆い隠してしまっている。
「秋の雲は気まぐれだからな……。アリアドス、今のうちに毒針を」
アリアドスから小さな、本当に小さな針がポポッコに向けて打ち出され、その花びらの一枚を貫いた。だが、太陽の恩恵を受けていない草ポケモンにとっては、その一撃は十分なダメージを受ける威力だった。
まさか、こんな最悪のタイミングで雲がでてくるとは。フロートは口の中で毒づくとポポッコに指示を出した。ここはひとまず逃げるしかない。
「ポポッコ、花びらの舞でまくぞ!」
ポポッコの頭から黄色い花びらが無数に放たれ、男とアリアドスの動きを止めると同時に視界も奪い去る。
フロートはその隙にポポッコを抱えると、手近な茂みへと飛び込んだ。




−1 映りゆく夕焼け放浪記トップ−3 沈みゆく闇夜