風の生き様−3 沈みゆく闇夜




暗い林の中で、巨木のもたれかかりながらフロートはポポッコの様子を見ていた。
先ほどまではまだ夕暮れの薄闇だった林の中も、すでに夕日が落ちきって闇が支配していた。月も雲に隠れたのか、その銀色の光はどこにも見えず、林の中は完璧に闇が支配していた。
「クソ、この糸なかなか外れねぇ」
先ほどのバトルでポポッコはかなりの痛手を負った上に、どうやら毒を受けてしまったようだった。今はモンスターボールの中で休ませているが、戦いを強いるのは、できれば避けたい。
となると、やはり封じられたモンスターボールに入ったポケモンをどうにかして出すしかなかった。
先ほどからアリアドスの糸を必死で取ろうとしているのだが、その糸の堅さはどうにもならず、ナイフで切ろうとしてもなかなか出来ないでいた。
「しかも、奴さんどうやら追いついてきたみたいだな」
先ほどから徐々に近づいてくる音。それはがさがさと、何かが茂みをかき分けて進んでくる音だった。先ほどの男と、アリアドスに間違いはないだろう。
あり得ないだろうと確信しつつも、フロートは男が気づかずに通り過ぎていくことを祈っていた。



男は茂みをかき分けながら進んでいた。彼はある組織に雇われている工作員で、ルードという名前だった。
今回の仕事は、簡単に済むはずだったのだ。たかだかヨルノズクを一匹とらえるだけ、という簡単なことのはずだった。
だが、どうしたことかそのヨルノズクは思ったよりも粘り、逃げてゆき、さらに邪魔も入った。邪魔者の青年も倒せたと思ったのだが、一瞬の隙をつかれて逃げられてしまった。
次こそは、確実にしとめて獲物を確保せねば。そう考えたルードは、林を歩いていくスピードを少し速めた。

 カサリ、

小さな、ほんの小さな物音だが、ルードの耳は確実にそれをとらえていた。前方向で、ここからすぐ近くに、何かがいる。何かといってもあの青年の他には考えられないが。
パチリ、と指を鳴らす。それと同時にどこかから放たれる小さな針。標的をわずかにずらして飛んでいった針は、もちろん単なる牽制である。これでいぶり出す、あるいはでてこなければ次は攻撃を入れる。そして、確実に仕留める。
しばしの沈黙が、空間を支配した。



自分の頬の横を、風を感じさせつつ通り過ぎた物を、フロートは視界の端にとらえていた。わずか数十センチ目の前の地面に突き刺さっている細い針。
間違いなく、これはアリアドスの毒針。先ほどポポッコが受けたものと同じものだろう。それが、すぐ頬の隣を過ぎていった、ということは場所がばれている。これは単なる牽制で、自分をおびき出すための物だろう。
今出ていけば、確実にやられる。数年間を裏世界で過ごしてきたフロートの経験がそう言っていた。
しかし、位置を把握されている以上、次の一撃を入れられる可能性も十分にある。絶体絶命、というのはずばりこのことだった。
冷たい夜気が頬をなでるが、額には緊張からうっすらと汗がにじむ。とうに手はつきている。どうにもならないのかもしれない。
フロートは、意を決して飛び出した。



フロートが飛び出した先には、10メートルほどを置いて予想通りルードがいた。ルードも計算通り、といわんばかりの視線をフロートに向けている。
二人の視線が闇の中でぶつかる。
「クッ!」
嫌な予感がしてとっさに体を反らすと、予想通りそれまでフロートの頭があった空間を何か鋭い物が通り過ぎていった。またアリアドスの毒針なのだろうが、肝心のアリアドスの姿が、少なくともルードの近くには見えない。
どこだ、アリアドスは。胸中でつぶやく。
まず敵の位置を把握しないことには、どうにもならない。
先ほどから飛んでくる攻撃の方向から推測すると、ルードの後ろ側にいるようなのだが、視界をさえぎる木々と闇のせいで全くその姿が見えない。
「まずいな……」
このままだと、いずれこちらがやられるのは見えている。仕方がないが、このままだとどうにもなりそうにはない。突撃をかけるしかないかもしれない。
見たところルードはあまり気を抜いているようにも見えないが、勝利を確信してゆとりを持っているように見える。
このまま行けば、奇襲で何とかなるかもしれない。アリアドスの攻撃を交わせるように左右に移動しながら、徐々にルードとの間合いを詰めていく。
「よし、このまま行けば……」
徐々に間合いは詰まってきている。ルードまではあと数メートルといったところだろうか。
ルードは何を考えているのか、先ほどからフロートの動きを見つめている。
「どうも、先ほどから間合いを詰めているようだが、無駄だ」
「それは、どうかな?」
まだルードはねらいに気づいていないようだ。チャンスだ。
フロートは足に力を込め、一気に飛んだ。数メートル合った距離が一度に縮まる。そこから、当て身を食らわせる。
「何!?」
驚愕の声があがった。




驚愕の声の主は、しかしルードではなくフロートだった。ルードは軽く身をひねるとフロートの当て身を交わし、そのままフロートが飛び込んできた勢いを利用して彼を後ろへと投げ飛ばした。当然そこにいるのはルードのアリアドス。闇の中からヌッと顔を出すとその針をこちらへと向けてきた。
「うわわぁぁっと、ちょっとストップ!」
瞬間的に飛んできた針を、身をひねってどうにかかわす。と、同時に何とか受け身を取って体勢を立て直し、ジャンプしてアリアドスから距離を取る。
「ほう、よけたか。なかなかやるな。しかし、状況は何一つ変わっていないぞ。どうするつもりだ」
ルードが嫌味に言ってくる。表情は読みとれないが、やはり勝利を確信しているようだ。今度こそ、このチャンスを生かせなければこちらがやられる。
『死』の一文字が脳裏をよぎる。
頭を振って思考を前向きに切り替える。失敗を想定していれば、成功する物も成功しない。
ルードの位置もアリアドスの位置もはっきりしているのだ。これなら成功する、はずだ。
「頼むぜ、ポポッコ」
手持ちの中で唯一動けるポポッコに頼むしかない。ずいぶんと弱っているため、成功しようが失敗しようがこの一撃を入れるのが限界になりそうだ。ルードが油断している今しか、チャンスはない。


「行くぞ、花びらの舞!」
言うと同時にルードのほうへとモンスターボールを投げつける。ポポッコが中から出てくると同時に、その頭の花が黄色い花びらの奔流が吹き出す。
黄色い花びらの奔流はルードとアリアドスを包み込み、切り刻む。動きを止め、四方八方から痛めつける。
「これは!?」
今度こそ、驚愕の声を挙げるルード。この一撃で決まらなければ、もう打つ手はない。
花びらが優雅に、華麗に、且つ強烈に舞い散り、やがてその演舞も終了する。信じたくなかったが、その中から現れた結果は残酷な物だった。
「……最後の渾身の一撃は、少し厳しかったな」
アリアドス、ルードはともにずいぶんと傷ついていたが、まだそこに、花びらが散ったあとのその場に立っていた。と、同時にポポッコが毒に力つきて倒れる。
「……だめか」
フロートの脳裏に、絶望の2文字が深く刻み込まれた。




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