風の生き様−4 駆けゆく秋風
秋風と呼ぶべきか、それとも夜風と呼ぶべきか。
秋の夜、風は冷たく、気ままに、どこへともなく駆けてゆく。
海上を、山間を、街道を、市街地を。
風が駆けると、それにつられて雲も動いてゆく。
寂しがりやの雲は、風を追いかけてゆくのだろう。
風は、遠くへと駆けていった。
月の光にすら見放された暗い林の中で、傷ついた人影が2つ佇んでいた。
片方は絶望をまとい、うなだれている。片方は自信を持ち、勝利を確信していた。
その様子はありありと目に見えており、そしてその原因も彼らの足元を見れば一目瞭然だった。
うなだれている方、フロートの足下には倒れたポポッコが居て、勝利を確信している方、ルードの足下には、傷ついていながらもまだ戦意を失っていないアリアドスが構えているのだ。
フロートは非常に厳しい戦況に追い込まれていた。これが普通のバトルならまだよいのだが、このルードはおそらくどこかの組織が雇っている工作員。やられる=死を意味する。
こんなところで死ぬのはもちろんごめんだったし、そんなつもりもなかった。だが、現状はそれを許してくれないらしい。始めに油断していて手持ちポケモンの大半を封じられたことも大きいが、それよりも相手が桁違いに強い。自分に対する過信を差し引いたとしても、全くの誤算だった。
「さて、そろそろ終わらせたいのだが、覚悟は出来たか?」
ルードが嫌味たらしくそう聞く。死の覚悟なんてそうできるものでもないだろうに。
「ふぅ、こんなところで終わるつもりはないが……、しかしもう手がねえ」
仕方がない、としか言いようがないだろう。ポケモンたちは出すことが出来ない。唯一戦えた状態だったポポッコも先ほど毒でダウン。これ以上何か出きることがあるのなら教えてほしいくらいだった。もちろん林を得意としているアリアドス相手においかけっこをする気も毛頭なかった。
「ならば、せめて最後は攻めて強烈な一撃でとどめをさしてやろう。アリアドス、ヘドロ爆弾だ」
男が静かにそう言う。と、アリアドスの口から黒い塊が吐き出される。既に交わす気もない。交わしても次が来るだけだろうし。そして、おそらく当たれば致命傷になるであろうヘドロ爆弾は見る間に、いや、ほぼ一瞬でフロートの目の前にせまってきていた。
刹那、視界を黄色が覆い尽くし、ヘドロ爆弾はフロートの寸前で止められた。
「……ポポッコ」
傷つき、倒れていたポポッコが再び立ち上がり、その頭部から流れ出す花びらの流れがヘドロ爆弾を止めていた。
苦手な時間帯に不利な条件で、加えて無理なバトルをさせていたので、とうに限界は越えているはずだ。なのに、ポポッコは無理をしてでも、フロートを守ろうとして、こうして立ち上がっている。
見ているうちに黄色の花びらはルードとアリアドスのほうへ流れ出す。優雅に、儚さすら感じさせて流れていく。
その花びらの一枚一枚は華麗に舞い、暗闇の中に鬱金の流れが映えた。
ひどく弱々しく見えたその流れ―――――
ひどく頼りなく、霞のごとく揺らぎながら―――――
その流れがルードに当たるその直前――――――
金色の霞は、途切れた。
ザァァァァ………
木々のざわめきは雨粒が木の葉をたたくからだろうか?
こんな夜に、さらに天気は悪化するのか、フロートとポポッコを見放して。
いや、違った。
秋風が、木々の葉ずれを引き連れて駆け抜けていった。
そこには、決して雨など降ってはいなかった。
大きな雲が風に追いたてられて、月が姿を現した。
淡い、銀色の満月だった。
銀光が優しく大地に降りそそぐ。
そう深くない林の、その中まで、銀色の糸は優しくおりてくる。
そして、暗やみに包まれていた戦いを、のどかに照らし出す。
白く吹雪が吹きあれる、狭い狭い戦場を。
途切れた金色の霞は、白いわたの枷となり、アリアドスとルードの動きを封じていた。月に照らされた今、白い綿はますます目立ち、悪の姿を銀光の元にさらしだしていた。
そして、もう一つ銀光が照らす、白と黒の影が。
黒に限りなく近い紺色の体に、3つの白い綿帽子。深紅の瞳で見据えられたルードとアリアドスのほうへは、今も柔らかな、しかし確実に動きを拘束する綿毛が流れ続けて、戦況をこちらへとたぐり寄せてくる。
そう、それはワタッコ。それまでそこにいたはずのポポッコが進化した姿だった。ポポッコを真昼の盛花に例えるなら、ワタッコは深夜の静花。月光の恩恵を受け、夜風に身を任せて闇を漂う。当然、ポポッコの時に比べて夜にも強くなっている。
進化した際に若干回復もしたのだろう。毒状態は消えたようで瞳には力強い闘志がみなぎり、体の随所にあった傷もその数を減らし、浅くなっていた。
「ヌ……、これは!?」
暗闇の中で行われた、勝利を確信したはずの一瞬の攻防。本の一瞬の後に完全に動きを封じられてはじめて、ルードは驚きの声を上げた。。アリアドスもわずかな動揺の様子を見せている。
その様子には、しかしこのときはまだ余裕が感じられた。銀光に照らされる表情にも余裕の色が見られた。
「いい具合に月も出てきた。おまけに今夜は満月ときている」
歌うような抑揚で、フロートがルードに語りかけた。先ほどまでとはうって代わりその表情は和らぎ、余裕も伺える。
ワタッコの体に銀光が集まっていき、うっすら白くワタッコが輝き出す。その光は太陽のそれとは違い、神聖さを感じさせる柔らかな輝きだった。
「……、まさか!?」
今度こそ、ルードの表情に驚愕の色が浮かぶ。そう、それは太陽の光からエネルギーを吸収し、凝縮して一気に放つという草タイプ最強の技。最も、夕暮れの時に既に数発受けてはいるのだが、今回もう一度耐えきる自信はない。今ワタッコが放とうとしているソーラービーム――ムーンビームと呼ぶべきだろうか――からはそれほどのエネルギーが感じられた。
本の数分前、全く逆の立場だったものが逆転した。
フロートの口元が笑みの形にゆがむ。最期の技をつぶやく。
「ソーラー……ビーム」
純白の枷はアリアドスの動きを封じている。
白銀の閃光はまるで槍のごとく、抵抗を許さずにその中心を貫く。
文字通り虫けらのごとく、アリアドスは力つきる。
同時に、ルードが魂を抜かれたかのごとくその場に崩れ落ちる。
「終わった……」
フロートは息を付いて座り込む。
目と鼻の先では先ほどまで戦っていた工作員が泡を吹いて倒れている。
どこまでも苦戦を強いられたが、何とか勝てた。
ひとつの戦いが集結を見た。
銀光に照らされて、戦場だった場所は、むしろ美しかった。
だが、この戦いはさらなる大きな物語の鍵を回してしまったのだった。