風の向くまま−2 守る戦い
リーズン諸島最大の街、カウズシティ。とある高層ビルの屋上にフロートは立っていた。風になびく銀髪を手で払いながら、眼下に走る路地を眺めている。
「さっきのは……。マジで周りまで巻き込むつもりか?」
誰へともなく、いや、今も自分を見張って居るであろうはずの敵へ向かってつぶやく、がもちろん返事はない。
先ほどの藍色の髪の少女、クリスという名前だったが、彼女にはとりあえずごまかしの説明をして置いた。後は別れたので、おそらく大丈夫だろう。例の企業がバカなことを考えなければ……。
奴らの考えていることはわからないが、もし巻き込まれるとすれば可能性は先ほど接触のあったクリスがもっとも高い。
「ったく、連中も何考えてんだか……、」
あきれ混じりのつぶやき、だがそのつぶやきはそこでは終わらなかった。ある物が視界に飛び込んできたから。
「こんな手の込んだことをワザワザねぇ……」
ヒョイと、フロートがよけたところに、1枚の黒いカードがまるで手裏剣のようにとんできた。何を考えているのか、黄色い三日月の模様など入れてある。
「藍色の髪をした少女を預かっている。
リューツ島中央の泉まで来い。」
カードに書かれている内容を口に出してつぶやき、フロートは舌打ちをした。
「クソが。どうも連中マジらしいな。あの子、帰すんじゃなかったかな……」
――――ちょうどそのころ、そのリューツ島中央の泉のほとり。
「ちょっと、いきなりこんなことして……。あなた、何者なんです?」
藍色の髪の少女、クリスが縄で縛られていた。隣には背の高いマント姿の男が立っている。
「元気なお嬢さんだ。まあ、こちらとしてもビジネスなんで、少々勘弁していただきたい」
「……ビジネス?」
「君はフロートという青年の素性を知っているか?
彼は人と交わらない故に弱みがない」
男が答えになっていない答えを返した。フロートといえばさっきの青年の名前。彼がどうかしたのだろうか。いぶかしみながら訊く。
「どういうことよ?」
「奴は裏世界の運び屋だ。詳しく話すつもりはないが、やつは私の依頼主に目を付けられた。君は奴をつるための餌、とでも言おうか」
フロートという青年の素性にも少し驚いたが、自分のことをそこまで軽く見られていることに腹が立った。それに、自分とフロートの接触はほんの一瞬だ。そう考えていたとき。
「さっきの一瞬だけで十分なんだよ。さっきも言ったろ。奴は人と交わらないが故、周りに弱みを持たない。ほんの少しの接触でも奴は来る。来なければもちろん……」
クリスに視線をはわせながらそう言う。クリスは現在、木にもたれた状態で座っているのだが、男はその向かいにしゃがみ込むと、
「奴が来るまで暇だね。そう言えば、君は何者なんだい?」
「誘拐犯に話すことなんかないです! あたしは、単なる興味本位で旅をするか弱き乙女11歳、クリスよ。あんたなんかにおとなしく捕まってるつもりはないわよ!」
そういいつつ、背後でモンスターボールを取り出そう手を動かす。だが、とれない。
「仕方ないなぁ……」
ぽりぽりと頬をかく男。
と、そのときだった。クリスと男の上を大きな影が通り過ぎたかと思うと、頭上から声が降ってきた。
「父親にはあの天才変人Mr.チャップ。母親はバリバリのキャリアウーマンで、あの「トリップル商事」を一代で築き上げた。叔母はポケモン学会でも有名な教授。そんな娘がリーズン諸島を旅してるとは聞いていたが、まさか君のことだったとはな」
エアームドにのって絶妙のタイミングでやってきたのは、もちろんフロートである。エアームドの背中から飛び降りると、フロートは男の真後ろに立ち、男を見据えた。
「たかだか零細企業ごときで俺に刃向かうとは、いい度胸してるじゃねえか。でも、並の実力じゃ無理があるぜ」
「だから、僕が派遣されたのだが、ま、その辺はいいとしよう。君もちゃんと来てくれたし」
「……1つ聞いておく。さっきミサイル針を撃ってきたのはおまえか?」
「ご名答。まあ、厳密に言うと僕のサンダースだけどね」
いちいちちゃかして行ってくる男は、はっきり言ってかなりむかつく。
「とりあえず、やっぱおまえとあの会社だけはのす」
「無理だと思うが。なぜなら君はここで死ぬ」
男が笑顔を浮かべながらそう言うと同時に、木の陰からサンダースが飛び出した。刹那、サンダースの全身の毛が逆立ち、ミサイル針が発射された。
「チッ、せっかちな奴め」
飛んでくるミサイル針を、一括して左へ跳び、交わす。
「サンダース、さらにミサイル針を連射だ」
相手のサンダースの、その尾の部分が逆立ち、無数の針がフロートめがけて発射される。
2撃目、3撃目、そのことごとくを、ポケモンを出さずに交わし続ける。が、無理なく交わすためによけるうちにいつの間にか左へ、左へと跳んでいた。
「仕方ない。サンダース、今度は電気ショックでいってみようか」
「い? さすがにそれは……」
サンダースは、今度は全身の毛を針のように逆立てて電気をためると、フロートの右側へと電撃を撃ってきた。さすがに電撃を視認して交わすのは無理だ。勘で交わすしかない。結果、さらに左へと跳んでしまう自分に気づいた。
そんなやりとりがいくらかすぎたとき、
「さて、ところでフロート君、後ろを見てくれたまえ」
「後ろ……!? そういうことか」
フロートが跳ぶのに合わせて、男とサンダースも移動していたらしく、いつの間にかフロートと男の立ち位置が逆、つまりフロートの背後にはクリスが座っていたのである。
「次のミサイル針、交わせるかな? か弱い彼女を犠牲にして……」
男がいやらしい笑みを浮かべてそういってくる。
「おい、クリス、見ててもいいけど、絶対動くな!
それと耳塞いどいた方がいいぞ」
目の前の男を見据えたまま、背後のクリスに向かって呼びかける。
「え? わ、わかりました。でも、手が……」
「なら、まあいいけど。大丈夫、死ぬわけじゃねえ」
後を振り向かずにクリスにそう言うと、フロートは自分のポケモンの入ったモンスターボールを1つ手に取った。
「自分が犠牲になるか、それともよけて彼女を見殺しにするか、決まったか?
サンダース、ミサイル針だ」
その一瞬はクリスにとってひどくゆっくりに感じられたのは恐怖心からだろうか、それともフロートに対する信頼感からだろうか。
フロートは自信たっぷりな様子でモンスターボールを手に持って立っている。
そしてその向こうで、サンダースの尾の毛が逆立っていくのが、まるでコマ送りで見ているかのようにはっきりと見て取れた。
(来るっ!?)
無数の針が自分とフロートめがけて跳んでくる。もしフロートがよけたら、自分に当たることは必至だけど、不思議とフロートのことを信頼することができた。
本当は目にも留まらない速さで飛んできているはずの針達が、ひどくゆっくりに感じられた。そして、その針を前にして、同じく目にも留まらないスピードでポケモンを繰り出すフロートの動作もひどくゆっくりに感じられた。
いよいよ針が当たる、そのとき。
ゴウンッ!!!
それまでゆっくりと流れていた時間は、突如起こった轟音によってもとの速さに取り戻された。まるで頭に直接響いて来るかのような轟音。
向かってきていたミサイル針はことごとく地面にはたき落とされている。
「な、何を?」
男が驚愕の声を上げている。
見ればフロートの脇には1匹のポケモンが浮かんでいる。あれは、コイル。
「なぁに、ちょっとしたソニックブームさ」
銀髪を髪になびかせながら余裕たっぷりに、フロートはそう言った。