燃えよ!カンフー
燃えカン
兄を探して三千里 クワイ・チャン・ケインは今日も行く

これぞ東洋の神秘 少林寺拳法
1972〜75年アメリカ作品

原題 KUNG FU

邦題 燃えよカンフー

全62話
デビット・キャラダイン、、、、、このマイナーな役者を初めて知ったのは、チャック・ノリス主演の「テキサスSWAT」だった。近年になって、この忘れ去られていた俳優が脚光を浴びてきたのは紛れもなくクエンティン・タランティーノ監督の作品「キル・ビル」であろう
ブルース・リー映画が流行った30年前、よもや、このようなクンフー海外ドラマがあった事に驚いた。内容はと言うとデビット・キャラダイン演じるクワイ・チャン・ケインなるアメリカ人の父と中国人の母との間に生まれた孤児が少林寺で心身共に逞しく成長していく。
ある時、ケインは師を救う際に王族の人間を殺めてしまう。やむなく彼は少林寺を出て、中国からアメリカ西部へと流れ着く。ケインには生き別れた兄がおり、その兄と再会すべく長い放浪の旅に出るのであった。
しかし、王族殺害の罪は逃れられた訳ではなく、王族側はケインを賞金首に掛け、無法者、ガンマン達に目の仇にされる事になる、、、と言うのが大まかなストーリー設定になっている。
西部劇と少林寺拳法をミックスさせてしまう所が、いかにもアメリカらしい発想であると言える。毎回が一話完結のストーリーになっており、人助けの回もあれば、無法者と決戦する回もあり、観る側からすれば全62話の、どの回から観ても入りやすく判り易い作りになっているのが特徴。
この作品から感じる限り、東洋人と西洋人では少林寺拳法&クンフーというキーワードの捉え方の違いに気づいた。我々、東洋人は少林寺拳法&クンフーと言えば、どうしてもガッチャガチャのアクションを求めたがるのが特徴なのだが、西洋人はどちらかと言うとアクションそのものに興味は持たない。「拳法とは己の身を守る事 人を救う為の手段」という静の思想に基づいた作り方をするのが特徴ではないだろうか。
この燃えよカンフーという作品は、日本でいうワビ・サビの部分を強調しており、主人公であるクワイ・チャン・ケインという青年を義理人情を知る孤独なサムライの様な設定にしているのが面白い。

少林寺やクンフーを扱った映画が流行っていた1970年代〜80年代。ブルース・リーからジャッキーチェンへと世代が交代していった訳だが、彼ら二人のビッグネームの前に埋もれてしまったクンフーアクション俳優が意外に多い事実を知る人は少ない。
ジャッキーチェンは、人気と派手さで多くのライバル・クンフー俳優を凌駕し、ブルース・リーの後継者の地位を手に入れた。ジャッキーのアクション俳優としての勝因は、ブルース−リーとは逆の売り方をしたからと言われている。ブルースが威圧感を出せば、ジャッキーはおどけて見せる。ブルースが硬派で見せればジャッキーは軟派で見せる。禁欲的イメージのブルース・リーに対し、ジャッキーは解放的なイメージで勝負した。
ブルース・リーに追いつけ、追い越せで来た他のクンフー俳優と、あえて逆走していったジャッキーチェンの大きな違いは此処にある。
そんな陽の目を見なかった他のクンフー俳優達だったが、やがて彼等に脚光を浴びせる救世主が現われた。今やハリウッド俳優に仲間入りしたジェット・リー(旧名・リー・リンチェイ)である。何となく古い時代のクンフー俳優のイメージがあるジェット・リーだが、実は彼が一番クンフーアクション俳優としては遅い。
80年代作のジェット・リーのデビュー作品「少林寺」は大ヒットし、世の中の人は「少林寺って何だ?」と興味を持ち出した。すると不思議なもので、70年代に作られ埋もれていた数々の少林寺映画が不死鳥の如く甦り、日本各地の映画館で上映され始めた
歴史は繰り返すという例え通りなのか、その頃から又しても少林寺映画=硬派、ジャッキーのコミカルクンフー=軟派という形式が出来上がったのも面白い現象だった。とすると、硬派なブルース・リーの真の後継者はジャッキーチェンではなくジェット・リーなのでは???と考える事も出来るのではないだろうかw
そんな感じで密かに熾烈な競争を繰り返してきたクンフー映画業界の中で、今回取り上げた「燃えよカンフー」は競争の渦に巻き込まれずひっそりと存在していた作品だったんだなと今になって気づく私である。
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