八つの玉の物語
時は戦国の世。里見義真(さとみよしざね)は、暗君・引田貞兼(ひきたさだかね)を滅ぼさんと立ち上がった。
当時、貞兼は稀代の毒婦・玉梓(たまずさ)の色気に迷って酒池肉林に溺れる日々を送っていた。
民百姓の後押しも手伝い、義真は貞兼の居城に攻め込み、これを打ち滅ぼしたのだった。
一方、玉梓の方は落城の瀬戸際に及んで呪いの言葉を吐き出す。
玉梓「おのれ義実、お前の子々孫々に至るまで呪ってくれようぞ、、、」
それから後、玉梓の呪いなのか?里見義真の居城が隣国によって落城の瀬戸際に追い込まれる。
この事態に義実は娘の伏姫(ふせひめ)の飼い犬・八房(やつふさ)に戯言を放った。
義真「見事、敵将の首を持ってまいれ。さすれば伏姫を嫁に取らすぞ」
八房は、ものの見事に敵将の首を口に咥えて持ち帰ったのであった、、、。
戯言とは言え、君主たる者に嘘が有ってはならぬと、義真は伏姫を褒美に取らした。
犬畜生に手柄を奪われた事を根に持った道節と大角の祖父たちは、鉄砲隊を引き連れ、八房に発砲する。
しかし、それを庇った伏姫に鉄砲が命中。その時、姫の体から八つの光の玉が飛び散った。
伏姫は言った。
「悲しむ事はありません、、、。この八つの光の玉は100年の後に剣士となって生まれ変わり、玉梓の呪いを打ち砕いてくれましょう、、、。私はその為に生まれ、その為に死ぬ運命だったのです、、、」
そして時は流れ、玉梓の呪いは形となって復活。
里見義真の子孫一族を尽く滅ぼした、、、かに思われたがたった一人生きて落ち延びた娘が一人。その名を静姫と言う。
放浪中の静姫は、2人の奇妙な男と出会う。この男達こそ、その昔、御家に御奉公した家臣の子孫であった。
戸惑う静姫だったが、2人から聞かされた玉梓復活、伏姫伝説。そして玉梓の呪いに打ち勝つには静姫と光の玉を持つ八人の剣士以外には無い事を教えられるのであった。
静姫達の八剣士探しの旅が始まるのであった。残る八剣士達は何処に、、、、、。
里見八犬伝について
1983年度作品、角川映画、深作欣二監督。
このレビューを書いてる現在、療養中だった深作欣二監督が亡くなられた。この場を借りてご冥福をお祈り申し上げます。
さて、この映画だが、始めて見たのは小学5〜6年だっただろうか。子供ながらに偉く感動した記憶がある。
こんな経験をした御寮人と同期の人達はどうだったかは判らないが身に憶えはないだろうか?
この手の映画で子供が観てものめり込める理由の1つにゲーム性が高いというのが挙げられるのではないか。
展開的には静姫をヒロインとして傍らに道節、大角の豪傑智将を共に、残る八剣士を探し、仇敵・玉梓を滅ぼす。起承転結がハッキリしており、RPGゲームのドラゴンクエスト、ファイナルファンタジーに通じるものがある。
この映画が流行った当時、角川3大アイドル女優だった薬師丸ひろ子、渡辺典子、原田知世がいる。その一角の薬師丸ひろ子は、この里見八犬伝、渡辺典子は伊賀忍法帖のヒロインを務めている。この2作品共に真田広之、千葉真一がヒーロー役として登場している。
角川SF作品としては里見八犬伝、伊賀忍法帖、魔界転生が3部作のような感じに仕上がってると言える。
夏木マリの気迫溢れる演技
この映画でとっぴつすべき女優は間違いなく夏木マリだろう。
玉梓役を演じてる方がそうなのだが、この存在感はヒロイン・薬師丸を完全に食っている。艶やかな衣装に、妖魔独特の化粧を施した夏木マリのなんと美しい事か。
又、血の風呂のシーンではヌードも披露してくれてたりする。目を大きく見開き、瞬きを殆ど見せない演技力は凄まじいものがある。夏木マリと言う女優を始めて知ったのは間違いなくこの作品だった。
死に様の美学
この映画のラストバトルでは、八剣士達の内、7人までもがそれぞれの道を切り開きながら死んでいくのだが、その死に様が非常に美しい。
死んでいく剣士それぞれに導入曲が掛けられたり、死に際のセリフが良かったり等があるのだが、御寮人は特に小文吾&荘助の2人が岩を持ち上げ支えながら石化していく場面を見た時に鳥肌を立てて感動した。
このシーンは後にファイナルファンタジー4のパロムポロム兄弟が仲間を逃がす為に、両側から迫り来る壁を石化させて死んでいくイベントでも応用されていたりする。
ゲームにも影響を及ぼすほどの映画であった事は間違いなさそうである。
主題歌について
オープニング曲は「ワイトライト」、エンディング曲と導入曲で流れるのが「里見八犬伝」と言うタイトル。
まず、時代劇にロック調の歌がこんなにマッチするのも珍しい。選曲した深作監督のセンスの素晴らしさを感じずにはいられない。
八つの玉のイラストにスタッフロールが流れる中、この主題化が流れた時には神秘的なムードが漂っており、ここでも鳥肌モードに突入してしまった御寮人であった(笑)
子供の頃にこの映画を見て感動を覚え、改めて大人になって見てみれば、それは突っ込み所も探せば幾らでもある訳だが、今観ても感動するし、面白い。
なんと言うか、暇潰しにちょっと観て見ようという気分で観てたらいつの間にか最後まで観てしまったというような感じだ。展開がスムーズなのが観やすい要因かもしれない。
しかし子供心とは言え、当時、本当に光の玉は存在していると信じ込んでいた人は意外に多いかもしれない。
そして「いつか自分も光の玉を見つけ運命に立ち向かっていくんだ」と妄想に取り付かれた時期もあった様な気がする(爆)
そういう意味ではこの映画は子供に大受けした偉大な作品とも言えるのではないか。逆に公開された当時、既に大人だった人が観た時どんな印象を持ったのかは気になる所ではある。