タイタンの戦い
ペルセウスの一行
ストーリー
全知全能の神・ゼウスは1人の美しい人間の女性に恋をした。
やがて2人の間には男の子が生まれた。神と人間との間に生まれた、その子はペルセウスと名付けられた。
20年の歳月が流れ、美しく逞しく精悍に成長したペルセウスであった。
そんな頃、神界では裁判が行なわれていた。女神テティスの子・カリボスは地上界で悪虐の限りを働いた報いとしてゼウスから審判が下され、醜い鬼の怪物へと姿を変えられたのだった。
罰の軽減を申し出るテティスであったが聞き入られず審判が覆る事は無かったのであった。
ペルセウスを逆恨みするテティスは、彼を見知らぬ王国へ瞬間移動させてしまうのだった。
舞台はヨッパの国へ移り、戸惑うペルセウス。
このヨッパの国には美しい王女・アンドロメダの婿探しが行なわれていた。
アルゴスの女王であるアンドロメダの母は結婚の条件として、ある謎々を投げかける。これに答えられぬ者は容赦なく「火あぶりの刑」に処せられる罰を設けたのだった。
ペルセウスは夜中に城に魔法の兜を被り姿を消しアンドロメダを一目観ようと忍び込み、美しい彼女に一目惚れをしてしまうのであった。
しかし、アンドロメダは夜毎、幽体だけを抜き出され、カリボスの治める沼地へと導き出されていたのであった。
実はカリボスは罰を与えられる前には、アンドロメダ王女と婚姻までしていた仲であったが、醜い姿に変えられたカリボスにアンドロメダは次第に愛情が薄れていたのであった。
カリボスは彼女を他の男と結婚をさせぬ為に「謎々」を与え苦しめていた。
天駆ける白馬・ペガサスを手に入れたペルセウスは沼地へと密かに忍び込むがカリボスに感ずかれ2人は戦闘を繰り広げる。
苦戦の末にペルセウスはカリボスの手首を切り落とし、その場は彼の勝利で終わったのであった。
翌日、ペルセウスはアンドロメダを手に入れるために「謎々」に挑戦。
その答えとは「カリボス」の名であった。ペルセウスはカリボスの手首を見せ見事に答える。
宮殿では早速、2人を祝う為の儀式が執り行われた。
しかし、有ろう事か、アンドロメダの母は祝福の言葉に思わず女神テティスと娘・アンドロメダの美しさを比べる発言をしてしまうのであった。
天界から怒りに震えるテティスはアンドロメダとアルゴス国を天秤に掛ける。
「今から30日後に海辺の崖にアンドロメダを鎖で繋ぎ、海の怪物・クラ−ケンに捧げよ。その間に男をしる事は許されない。もし、30日経って実行せぬ場合はアルゴスの国を全て破壊する。」と難題を要求される。
難題に悩むペルセウスはクラーケンを倒す手段を模索する。倒す手段は一つ。
「魔女・メドゥーサの首しかない」と言う事を知る。
ペルセウス一行はメドゥーサの住む「死の島」へ赴くのであった。
刻々と迫る30日の期限、、、、果たしてアンドロメダを救う事は出来るか?
タイタンの戦いについて
「シンドバット・黄金の航海」、「原子怪獣現る」等の作ったハリー・ハウゼン制作の不屈の名作。
ファンタジー映画の御手本とも言えるような作品でファンの方も多いのではないだろうか。
当時、コンピュータ・グラフィックと言う物が無かった時代にこれだけの作品を作りあげたハウゼン氏の功績は非常に大きい。
なんと言うかCGでは表せない独特の世界がこの映画にはあるのだ。
ストーリーは超有名な「ギリシャ神話」である。御寮人は、この神話の世界観が堪らなく好きなのである。
有名なペガサス、蛇女・メドゥーサ、怪物・クラーケンなんかも登場。
この映画が日本公開された時は、まだ幼かったので観たのはテレビ版だった。日曜洋画劇場で放送してたのを憶えている。
今回、めでたくDVD版として発売されたので、速攻で購入した。
名作は何度見ても飽きない物で、久々にこの映画を見た御寮人は、その懐かしさで感動したのだ。
メニュー画面が出たときにタイタンの戦いのサントラが流れ出した時は思わず涙ぐんだ、、、。
テレビの編集版ではなく完全版のDVD版タイタンの戦いを始めて目にした。テレビ版では出てこなかった死の島への案内人・カロンが出てきたときには「おお〜、こんな場面があったのか」と驚いた。
この映画最大の見せ所は「メドゥーサVSペルセウスの一騎打ち」であろう。
観た者を石に変えるメドゥーサに石の柱に隠れつつ、盾に映る姿を見ながら戦うペルセウスのシーンは観ているこちら側も思わず息を止めてしまう人も居る筈。
怪物・クラーケンのデザインなんかも後に出来た映画やゲームにも大きい影響を与えてる事は間違いない。
DVDの特典でハウゼン監督のインタビューが聞けるのは貴重。モンスターがどのように出来たのかも語られるのは嬉しかった。

この映画が作られた時代はファンタジー映画が非常に多くあった。
シンドバットシリーズやアルゴ探検隊なんかも、その系統なのだが、この時代ならではの凄み、面白みがある。
批判っぽくなるが今のようにCGグラフィックスが当たり前になってしまっている映画を見ても面白いと思わない。
作り手としては多少は楽になったのだろうが、その反動で役者達の真剣で本気の篭った演技が見られなくなったように感じる。
そう感じてしまうのは自分の映画の観方が変わったからなのか?それとも時代の影響なのか?どちらかなんだろうなとは思う。
一見、映画業界は発展してるように見えるが、実は変な部分で退化してきてるとも言えるかも知れない。まずはCGが当たり前になってきて、見る側も目が慣れてしまっていて「CGは当たり前」のような見方になってるのかも。
一時期ブームになり社会現象まで起こした某パニック映画は確かに興行成績は残し、騒がれていたが今や誰も語る者も居なくなった。果たしてその某パニック映画は成績は良かったが不屈の名作と呼べるのかは疑問が残るのではないだろうか。
10年後に再び人から語られる程の作品として残るのかどうかは判らないが、、、。

名作の基準ってなんだろう?ってなった時に答えるのは難しい。
御寮人的に言えるのは「年月が経たないと作品の良さは判らない」のではないかと思う。
興行成績が悪くても後に評価された作品は一杯ある。その逆もある。
その時代によっても違うのだろうが「いつ何時」観ても面白いと言えるのが名作ではないかと思う。
その意味で、この「タイタンの戦い」は、これから何年経っても御寮人が選ぶ「不屈の名作」に入るのだろう。
お気に入りへ
トップへ