掛かってこんかい
ビーバップハイスクール
高校与太郎行進曲
学ラン ボンタン リーゼント 女には弱いが喧嘩は強い

日本の不良って〜のはこんなモンよ〜 舐めんなよコラ〜
ビーバップハイスクールって何だ?

1980年代後半から90年代にかけて作られた、きうちかずひろ原作漫画の実写版。
まだ役者として出だしだった仲村トオル&清水宏次郎を一躍有名にした記念すべき作品。全6シリーズ作られ、毎回、他校のツワモノ不良達と喧嘩バトルを繰り返し、真の漢(おとこ)を競い合うのが特徴
しかし単なる喧嘩映画ではなく、ストーリーの節々に友情、恋愛、仲間、、、という学生時代だけにしか経験できない甘酸っぱい要素が盛り込まれている。このシリーズを観れば男の喧嘩は、何かを守るべく為にあると言う事を教えてくれる筈。
原作あっての映画版という観方が多い中、このビーバップハイスクールは漫画は漫画のテイスト、映画は映画のテイストで一人歩きしてるのも特徴の一つ。なので当然、映画を観て漫画を買い漁ったという輩も多い。
名の知れてる役者以外は現役バリバリの本物ヤンキー達を起用するという危険かつ斬新さが話題にもなった(笑)撮影中も役者と現役ヤンキー達との間にトラブルもあったらしい。
最強キャラの位置付けである仲村トオル&清水宏次郎は、この映画の影響で各地の不良から目の仇にされ、「アイツを倒せば最強だ」と全国各地のヤンキーを蜂起させてしまうという伝説を残した事は有名かw
単に観てる者からすれば「馬鹿じゃん」の一言で片付けられる事だが、裏を返せばそれだけ仲村トオルと清水宏次郎のキャラクターがピタッと役にハマッていたからに他ならない。同じ様な時期に織田裕二&江口洋介主演の「湘南爆走族」という同じくヤンキー映画が作られたのだが、こちらの方はヒットとはイカず、今となっては中堅役者として成長した織田裕二&江口洋介の過去を懐かしむ程度の作品として残っている。
それにしても驚くのは、この当時の仲村トオルと今の仲村トオルの外見が殆ど変わってない事。それでいて役者として着実に成長しているのは羨ましい程、良い年の取り方をしているんではないだろうかw
ちなみに毎シリーズ事に必ず付けられるのは「ビーバップハイスクール 高校与太郎○○」の与太郎の部分だが、これは不良という意味の言葉である事を付きえ加えておこう。

近々(コレを書いてるのは2004年4月下旬 現在)、この「ビーバップハイスクール」が連続ドラマとしてリメイクされる宣伝なのか、深夜枠の映画番組で3週連続でこのシリーズを放送していたので、懐かしさの余り思わず見入ってしまった。出るわ出るわのヤンキー用語の連発。ボンタン狩り、タイマン、シャバ僧、おまけにコーマンという言葉を、実に10数年ぶりに聞いた私。
1975年生まれの私は、いわゆるビーバップ世代の末期生であると言える。中学から高校の中盤にかけて確かにリーゼント、ボンタンというルックスが流行っていたのを憶えてるし、実際に私自身がそんな格好をしていた(笑)受験する高校も御行儀の良い学校に行く事をワザと拒否し、不良の多い工業高校を受験してた連中も居た。要するに高校にいって不良として名を挙げる事を誇りとしていた時代であり、喧嘩が強ければ強いほど周りから尊敬され、他校にもその噂が広がっていく。これによって高校生活が快適に過ごせるという誰が決めた事でもない暗黙の仕組みが出来上がっていた時代だった。
不良は女にモテルと言われてた時代でもあり、不良がちょっと良い行いをすると普通の人以上に褒められるという正に不良パラダイスと言っても良い。
不良性というのは誰もが持っている筈である。但し、その不良性を押さえて我慢が出来る人と、本能の赴くままに不良性を発揮する人とで別れてくる。では、不良になる事は良い事なのか?というと「そうだ」とは言い切れない。しかし不思議な事に出世し成り上がっていく不良出身の芸能人や著名人は意外に多い。と言うのは不良は日常生活で喧嘩を憶えていく。戦って勝ち取るという成り上がり精神を十代の若い時期に経験する為に、大人になってからの社会生活に、その能力を上手く発揮できるのではないかと私は思う。

現代不良と昔の不良との違い

ビーバップ末期の世代である私達1975年組にとって、完全にヤンキーブームが終わったと感じたのはロン毛ブームの再来
これは当時、「東京ラブストーリー」、「愛という名のもとに」というトレンディードラマに出ていた、ヤンキー出身の江口洋介の影響であろうと思われる。とにかくロン毛の男が急激に急増した。
同じ様な時期に、真ん中分けで横の部分を短くカットするツーブロックというヘアースタイルが流行り始めた。こうなってくると肩身が狭くなってくるのはリーゼント命のヤンキー達。それまでカッコイイと言われてきたリーゼントはダサい、臭いという表現で手の平返しを喰らう羽目になるのであるw。
渋谷センター街に「チーマー」と呼ばれるロン毛、茶髪、アクセサリージャラジャラの新世代不良が出没し始めたのも丁度この時期だった。世代が交代するのはいつの時代も仕方がない事だ。
しかし、残念な事が一つ。不良が弱いものに手を出し始めた事。要するに弱い者イジメである。それまでの旧世代の不良は強い者と喧嘩して勝つ事を誇りにしていた。弱い者には手を出さない、タバコはやるが麻薬には手を出さない、喧嘩の基本は素手のタイマンを御約束にしていた。だが、これらの長年の暗黙の御約束は葬られ、喧嘩するにもナイフを所持、強い者は敬遠し弱者に的を絞る、、、TVのニュースで青少年の犯罪事件を見るたんびに虚しさを感じたのを今でも覚えている。
コレはどう言う事かと言うと、不良に喧嘩の強さは不要とされてきた事。自分がピンチ、もしくはコイツはヤバイと感じたら囲んで袋叩きにして終わり。真っ向勝負はせず、ゲリラ戦に持ち込んで勝つという要らぬ賢さを身に付けてしまった。喧嘩は弱いが遊びは上手いというのが今時の不良の特徴になっている。
喧嘩で自分が殴られた事が無いから、人を殴った時の相手の痛みが判らない。体の何処を殴ればヤバイのか、力の加減も判らない、、、、、これでは殺人事件に発展するのは当たり前。不良はなろうと思ってなれるものではない。環境や適性も大きく作用してくる。無理して不良になる事は無いのであるw
1987年作

主題歌

ビーバップ・ダンシング
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