『幸せの扉』
第1話『出会い』
0.
「次は…ここか」
私は、地図を握り締めた。
その地図には、赤いバツ印が23個もついている。
駅のホ〜ムに降り立つ。
売店すらない、小さな駅。
あるのは、アスファルトと、周りにある緑だけ…。
たぶん、今までで、一番辺鄙な街だ。
1.
「こんにちは〜」
私は、古い家の前まで来ると、その扉を開けた。
鍵がついていない。
田舎だとは言え、どうして、こんなに無用心なのだろうか…。
「あぁ、月川さん?」
中で、椅子に座って本を読んでいたおじいさんが、こっちを見る。
「そうです」
「じゃあ、早速」
おじいさんは、椅子を立つと、さっさと、歩いて目的地に向った。
このおじいさんは、大家さんだ。
この街にくる前に、とにかく、安い物件を頼んでおいたのだ。
2.
「ここですよ」
「ここ!?」
私の目の前にあったのは、大きな大きな1軒屋。
予想を遥かに絶していた。
それは、良い意味でもあり、悪い意味でもある。
「築50年は経ってるからねぇ」
おじいさんは、笑いながら言う。
「うっ…」
「なんせ、急だっただろ?でも希望通り。バス・トイレ・水道付き。これで、家賃は1万円。それに、広い広い。6LDKはあるね」
「で、1万円だなんて…何かいわくつきなんじゃないですか?」
「ははっ!頑張ってね」
おじいさんさんは、笑うとその場を回避しようとした。
「ちょ、ちょっと〜〜〜!!」
私は、おじいさんの服を掴んだ。
「だって、他にないんだよ。嫌なら、他にあたりな」
おじいさんは冷たく言い放つ。
「嘘でしょ〜〜!?」
「それより、あんた、小学生か中学生だろ?学校は…」
おじいさんは確信した様にそう言った。
なんて…失礼…!
「じゅ…17ですよ!!」
まぁ、しょ〜がないと言えばそうなんだけど…。
身長は150cm。
顔も童顔。
これは、どうしょうもないのよ…。
「ははっ…そうなんだ」
おじいさんは、誤魔かす様に笑った。
「あの職を探したいんですけど…何か良いところないですか?
バイトでも、良いんですけど…」
「あぁ、そ〜だな〜…学校はちゃんと、行かないとダメだよ。
バイトなら、紹介してあげるから…」
学校…か。
久しぶりな響き。
「この近くに、神田医院ってあるんだよ。そこの受付の子が、最近やめてなぁ。
先生が困ってたからなぁ。そこは、どうだい?…ただ…」
おじいさんが、何か言いかけていたのを聞かず、
「そこ!どこですか!?」
と、聞いた。
「こ、この前の道を右に5軒目だよ」
「ありがとうございましたぁ!」
私は、そう言うと、新居を飛び出した。
「あぁっ!ちょっと…」
おじいさんが、何やら後ろで呼んでいる。
しかし、気にせず、私は走っていた。
3.
3分もしないうちに、『神田医院』前に着いた。
表には、看板で、でかでかと、『神田医院』と書いてある。
その看板には、
『医院長「神田朔矢」
内科・小児科・精神科』
と、書かれていた。
「えっと〜…『カンダ サクヤ』?で、い〜のよね…。
年寄りの割に、名前は、格好良いじゃない」
私は、こんな田舎町の医者は年寄りと決めつけると、神田医院の扉を開けた。
4.
「こんにちは〜」
私は、中に入ってみた。
木造で、木の匂いがする。
うん、結構いいかも。
私がそう思った瞬間、
「んっ…先生ぇっ……あんっ!」
と、中から声が聞こえる。
「!?」
何…?
一体…?
この色っぽい声は…。
「あっ……くぅっ………!んっ……」
中から、声はやまない。
「な、なんなのよ…一体!」
私は、恐る恐る、診察室に近づいた。
声は、この中からしている。
「ふっ…あんっ……はっ……」
荒い息遣い。
ベッドのきしむ音。
耳につく水音。
『いや、まさか…。そんなことは…ないよね?
ここは、病院だし…。何か…治療とか…』
私は、無理矢理考えた、
そして、思い切って、扉のノブに手をかける。
「あっ…もう、イク!」
私は、丁度…その瞬間に診察室の扉を開けていた。
「…えっ!?」
目の前に広がったのは…
裸の…しかも、診察台のベッドの上で、丁度「その時」を、迎えている男女。
女の人は、少し痙攣している。
男のほうは、ふっと、こっちを向いた。
「あ、あ、あ、あの!!?」
私は慌てて、手を振った。
「えっ?何?」
男のほうは、何も気にしていないように、そう言う。
「すっ!すいません!!!」
私は、扉を勢いよく閉め、その場を回避した。
5.
「な、なんなのよ〜〜〜!?」
私は、叫んでいた。
何で…こ、こんなところで〜〜!?
「ここは…一体…」
「いや〜、ゴメンゴメン。何?風邪かな?」
さっきの男が、白衣を着て、診察室から出てくる。
まさか…
医者だったの!?
そして数分後、さっきの、女の人が服を着て出てきた。
その女の人は、そのまま、病院を出て行く。
「じゃあね〜!またね〜」
その男は、去って行く女の後ろ姿に、ヒラヒラと、手を振った。
「あのぉ…」
「何?」
「さっきのって…患者さんなんじゃぁ…」
「そうだよ?」
ソイツは、何が悪いの?という目で、私を見た。
「もしかして…あなたが…ここの医者じゃないですよね…?」
「医者以外に、何に見えるかな?」
そう言って、ソイツは笑う。
「俺は、神田朔矢(さくや)。ここの医師だよ」
神田先生が、そう言った瞬間、私は目の前がくらんだ。
「君は…この辺で見ない子だね」
「…さようならっ!」
私は、それだけ言うと、クルっと、方向を変えた。
「え?」
その瞬間、
「あ〜、いたいた」
と言って、大家のおじいさんが入ってくる。
「あ〜、この子ね、今日、引っ越してきた『月川 苺』さん。17歳だってさ。
丁度ここ、バイトがやめて困ってたろ?この子を、バイトに雇ってやってくれんか?」
おじいさんは、迷惑にもそう言った。
「17!?うそだろ〜!?ど〜みても、中学生くらいだよ」
神田先生は、私を上から下まで見まわした。
「い〜です!!私、こんなところで、バイトしたくありませんっ!他を探します!!」
と、私が怒ると
「ごめんごめん。丁度良かったよ。ヨロシク。苺ちゃん」
神田先生は、そう言って手を差し出す。
「月川さん。他って言っても、たぶん、今はここくらいしかないから…」
おじいさんも、少し困った様に言う。
バイトしなきゃ、家賃も生活費も稼げない。
私は、1つため息をつくと、
「よろしくおねがいします」
と、言った。
もちろん、神田先生が握手しようとしている手は無視する。
神田先生は、困った様に手を引っ込めた。
6.
「高校生だって?じゃあ、夕方からでいいよ」
神田先生は、おじいさんが帰った後、私を面接だと言って、その場に残した。
「はい」
私は、少しぶっきらぼうに答える。
「で、高校は?ここらは、ひとつしかないけど…」
「じゃあ、そこですね」
「手続きとかは?」
「まだです」
「行く気あるの?」
「あんまり…」
私は余にも正直に答えていた。
「まぁ、高校くらいは卒業しておいたほうが良いね」
「はぁ…」
「まぁ、それくらいの手続きなら、俺がしとくよ。高校には、健康診断で、良く行くんだ。
それにしても、最近の高校生は発育良いのにね…」
先生はそう言いながら、私をチラッと見た。
「悪かったですねぇ!全然、育ってなくて!」
「別に悪いなんて言ってないよ。まぁ、小柄な人も居るもんだから」
先生はそう言うと、続ける。
「それより、どうして、こんな辺鄙な町に来たの?しかも、一人で」
「…なんとなくです」
「なんとなく?」
先生は、私の目をじっと見た。
「何ですか?」
私は眉を寄せて聞く。
「俺はね、一応、精神科医でもあるの。外の看板見なかった?」
「み…見ましたけど」
「嘘ついてる人は、すぐ分かっちゃう。便利だよ」
「だから、どうだって言うんですか?」
私は、先生を睨んだ。
何でも分かる…みたいな、顔してる。
それが、私を少しいらだたせた。
「ま、いいけど…」
先生はそう言うと、ため息をついた。
7.
私はその後、いくつか説明を受けていた。
「…で、ここに、これはあるから」
「はい」
「これで、大体全部かな」
「そうですか…」
多い…。
こんなに、覚えられるのか…?
しかも、この街には、そんなに、長く居る予定じゃないし…
「覚えられそう?」
「な…なんとか」
私がそう言うと、先生は笑った。
「無理しなくていいから。ゆっくり覚えていって」
「はい」
その後、何人か患者がやってきた。
おばあさんや、年齢層の高い人達が多い。
その人達に、ちゃんと、笑いかけ、診断している先生を見て、
『そうやってると、ちゃんと、医師に見えるなぁ…』
と、始めて思った私だった。
8.
次の日から、私は学校に行った。
久しぶりの授業。
しかし、何が何やら…
私は全く授業についていけないで居た。
3時間目にして、教室を抜け出す。
「やっぱ、行ってなきゃ変だな〜って、思われると思って行ってみたけど…合わないなぁ…。それより…」
私は、そう言うと、学校の裏庭で、地図を広げた。
「今は…ここよね」
地図で、現在地を指す。
「健ちゃん…」
私はそう呟くと、小さくため息をついた。
9.
「こら!」
急に、背後から声がする。
「ひゃぁ!?」
私は、素っ頓狂な悲鳴をあげた。
「サボっちゃ、だめだろ?」
目の前には、神田先生。
そうか…今日は、健康診断があったか…。
「あぁ…神田先生」
私は、地図をパっと隠した。
「何?ソレ?」
先生が、地図を指差す。
「なんでもないです」
「ずいぶん、大きな地図だね」
「見た?」
「何を?」
「いや…」
私は口篭もった。
見られてない、よね?
10.
「まぁ、授業にはちゃんと出なよ」
先生は、そう言って私の頭を軽く叩いた。
「はい…」
「…と、今日は5時からでいいから」
「何かあるんですか?」
「まぁ、お楽しみ…がね」
「お楽しみ…?」
私は首をかしげる。
「セックスだよ」
先生は、サラっと言った。
「な!?」
「そんなに、赤くならないでよ。セクハラしてるみたいだ」
「この、変態医者っ!」
「酷いなぁ。セックスも、健康を保つ秘訣なんだよ」
「毎日してて、健康も何も…」
「まぁ、いいじゃん。そのうち、苺ちゃんもしてあげるから」
「いらないですっ!!!」
私は大きく否定した。
「まぁまぁ、優しくしてやるって。苺ちゃん、はじめてだろ?」
「違いますっ!」
私が勢いでそう言うと、先生は驚いた表情を見せた。
「へ??そーなんだ…」
「何ですか?」
「見かけによらないもんだ」
先生は、笑ってそう言うと、その場を立ち去る。
「一体何よ?」
私は、先生の後ろ姿を見つめていた。
11.
それから、1週間。
学校と病院…そして、本当の目的のため、私は寝る間もなかった。
「くぁ〜〜」
仕事中に、自然とあくびが出る。
「寝不足そうだね」
先生に、声をかけられた。
やっと、仕事にも慣れてきた。
先生の性格にも。
先生は、毎日の様に、病院の診察室のベッドで不特定多数の患者と、Hしている。
まぁ、後のことはキチっとしてくれてるみたいだし、私には直接害もないので放っておいているのだ。
「なにかあった?」
「ふぇ?いや、何も…」
「昨日さぁ、夜中の2時ごろだったかな?隣街に居なかった?」
「へっ!?ど〜して…」
「やっぱり苺ちゃんか…。苺ちゃんかな?って思ったけど、そんな時間に居るとは思わなかったから、声をかけなかったんだ」
「そ、そうなんですか…」
「何、動揺してるの?」
先生は、見透かした様に言った。
「別に…」
「まぁ、言いたくなったら言いなよ」
先生は、強引には聞こうとせず、そう言った。
私はほっと胸をなでおろしていた。
12.
その日、私はいつのまにか勤務中に寝てしまっていた。
1週間分の睡眠不足。
ウトウト、日の当たる窓際の椅子で眠りこけていた。
「苺ちゃん!こんなところで寝ていると、風邪ひくよ?」
神田先生が、私をゆする。
「う〜ん…」
私は、その時、夢を見ていた。
昔の夢…。
「健ちゃん…」
私はそう言うと、寝ている間に、自然と泣いていた。
「苺ちゃん?」
先生はそんな私を見て、少し慌てた様だ。
――――私は、その時、寝ぼけていたのだろう…。
まさか、このあと…
神田先生と、健ちゃんを間違えるなんて…。
私は、神田先生にゆすられて、目を覚ました。
目の前には、ずっと…会いたかった人の顔がある。
私は、その懐かしさに、また、涙がこぼれた。
「健ちゃん!」
私は、そう言うと、神田先生に抱きつく。
「い、苺ちゃん!?」
「会いたかった…!会いたかったよぅ…。健ちゃん…!」
つづく
