『幸せの扉』 第6話『真実』


0.
5日後。

私の風邪はすっかり良くなっていた。

学校にも、ちゃんと通っている。


先生は、風邪の時のような、あからさまな優しさは見せなくなった。




でも…あの日からだろうか…?
態度とか…言葉遣い一つ一つに、何か…優しいものを感じるのは……。




1.
「先生〜!急患です!」
バイトの時間。
電話を置いた私は、すぐに先生に報告した。

2日連続急患。
この町では珍しい話しだ。

「あぁ、分かった」
先生がそう言うと、一気にあわただしくなる。


私があまり、何も手伝えないから…。
先生は、せかせかと準備を始めた。


私ただ、必要最低限のものしか扱えない。
タオルとか包帯、注射器の空のやつとかを用意するだけ。


薬品類なんかは、全部先生がする。


いつも、私はそれを横目に、
『悪いなぁ』
とか、
『もう少し手伝えればな…』
と、思ってしまう。




2.
あれから、先生に、記憶の回復を頼もうとするたび、急患なんかがでる。
まるで、誰かが、操作してるみたい。



「運悪いなぁ」
私はぼそっと呟いた。



3.
その日も、時間は軽く10時を過ぎていた。



「お疲れ!ゴメンな。遅くなって…」
先生は、少し疲れた顔でそう言った。


「ううん。いいよ。全然」
私は首を横に振る。


私は、何も役に立ててない。
近頃、余計に痛感する。




「…じゃ、先生。先生も、早く寝なよ?最近、あんまり寝てないみたいだし」
「お前に心配されたら、終わりだな」


「あ〜!なんか、ムカツク!」
私は頬を膨らませて言った。



4.


「神田先生」



苺も帰宅した深夜0時。
神田医院に真夜中の訪問客。

「あ〜…薫ちゃん」
神田は、その客に気付くとそう言った。


「良い?」

「あ〜…今、ちょっと、だめなんだ」

「え〜?最近、全然だよね?もしかして、あの、新人ちゃんと上手くやってるとか?」


神田は下を向いて、少し経って顔を上げると、
「…もう、やめよう。こういう関係」
と、言う。

「え?何言ってるの?神田先生」
女は明らかに戸惑った表情になった。

「このままじゃ、ダメだよ。君も…俺も」
「は?」
「ちゃんと、現実と向かい合え」




「…先生のばかっ!も〜い〜よ!」




バシ!


良い音が病院内に響き渡る。



「ばかっ!!」
薫と呼ばれた女の人は、思いっきりドアを閉めた。




5.
「あ〜、いて〜!思いっきり殴ったな〜アイツ…」
神田は、頬を押さえながら、少し笑うと、椅子に座りなおした。


そして、目の前にあるパソコンに目を向ける。
「新井健一。23歳…か」
神田はそう呟いた。




6.


「先生どうしたの!?」


次の日の夕方。
学校から直接、バイトに来た私は、神田先生の顔を見てそう叫んだ。



頬が赤い。
誰かに殴られたみたい。



「いや〜、ちょっとね」
神田先生は、そう言うと苦笑いをした。

「女の人?」
「あ、あぁ。そうだよ。モテる男はつらいね」


「も〜!いい加減にしたほうがいいよ!?」


「いいの」
先生は吐き捨てる様に言う。


「先生は良くても…やっぱり、さ、女の人の方も…」
「分かったような口聞くね」
「よっ、よくわかんないけど!でも…あんまり良くないんじゃないかって
…思う」


「ふ〜ん…」
先生はそれだけ言うと、私の顔を見た。


「…なによ?」


「いや」

先生の表情は、いつも通りなんだけど…どこか違う。



7.
それから、3日ほど、色々忙しかった。


しかし、急に暇な日が来た。


「今日は、患者さん来ないね〜」
私は、受付の前のカウンタ~にうつぶせになって言った。



「そうだな」
そう言って、先生が近くに立つ。



私は顔を上げて先生を見た。


「先生」

「なんだ?」

「今のうちに、お願いしてもいい?」

「記憶…か?」

「うん」

「いいのか?」


「うん」
私は力強くうなずいた。




8.
『戻してやったほうがいいかもしれない…』
神田はそう考えていた。


「わかった」
神田は、そう言うと、苺を連れて、部屋をカウンセリング専用の部屋に移す。




9.
私は、先生の前の椅子に座った。

心臓は、ドキドキしている。
止まらない。

「目を閉じて」
神田先生は、すっかり医者の顔になってそう言った。



「深呼吸して…そう」


「はい」


それを何度か繰り返す。

自然と、フワ〜っとした感覚になってくる。
先生の声が遠くから聞こえるみたい。


「時計の針を思い描いて」

「時計の針を反対にまわします。その分、時間も戻るよ。わかった?」
私はコクンとうなずいた。





ほとんど無意識に。




10.



カチカチ…。



自分の中に時計があるみたいに、耳に時計の音がつく。
私には、時計が見えていた。



「1日前に戻ります。……何してる?」
それに、先生の声が重なる。



時計が逆回転を始める。
始めはユックリと…。


私は、す〜っと、1日前に戻っていた。



少し汚い校舎。
学校か…。
「学校……にいる」


「うん。じゃあ、もうちょっと、前に行くよ。さあ、2日前、3、4、5」
時計の針は早い勢いで逆回転する。



「1ヶ月前だよ。何してるかな?」




「海の近くにいる。座ってる。少し寒いの」
私は続けた。



「おじいさんがいる。犬を連れて」



「うん。それで?何してるの?」



「健ちゃんを…健ちゃんを探してる…。一体どこに居るのか分からない…。寂しい…」



「じゃぁ、1年前に戻ってみよう。いくよ…」
時計が一周逆回転するたび、私の心臓は、どんどん高鳴っていった。




10.

「1年前です。何してるの?」
神田は、息を飲みこむとそう聞いた。



「…」



苺は、完全に止まる。
何も言わなくなった。


「苺ちゃん?」
神田は、苺の顔を覗きこんだ。



その瞬間、
「嘘!」
と、苺が叫ぶ。

『まずい…』

神田はそう思うと、苺の肩を持った。




「やだっ!違う!!聞きたくない!!!健ちゃんっ!」
苺は尚も叫びつづける。



「苺ちゃん!」
神田は、苺を強く抱きしめた。
すると、苺は、おとなしくなる。



「催眠を解くよ。はい、深呼吸して!…そう。ゆっくり。次の音で気持ちよく目が覚めるから…」



パチっ




神田先生は、指を鳴らした。



11.


「健ちゃんっ!」
苺は、神田先生に抱きついた。



「えっ…!?もしかして…」



「健ちゃん!嘘でしょ!?皆、嘘つくの!嘘だよね?健ちゃん!」






「皆で…『健ちゃんは死んだ』って…嘘つくの!!」






つづく