殺意



 その時、深雪の携帯が鳴った。
「あ、彼からだ」
 自慢気に1度こちらを見てから、深雪はトイレの方へ歩いていった。
 恵子はその後ろ姿をしばらく見送った後、深雪のカバンからあるものを抜き取り、 隠し持っていたものと入れ替えた。
 同じものだから、気付かれるはずがない。
――これであんたは死ぬのよ。無様に苦しみ、もがきながら……。
 恵子の顔には、不気味な微笑が浮かんでいた。

「ただいまぁ」  誰もいないのに、つい言ってしまう。
 深雪さえいなければ……。そう。深雪さえいなければ、またやり直せるのだ。
 恵子は靴を脱ぐと、真っ直ぐ洗面所へ歩き出した。
 扉が開かれ、鏡が迎えてくれた。
 自分自身と向き合いながら、恵子は独り呟いた。
「……良かったのよ。これで」
 カバンから、深雪の口紅を取り出し、自らの唇につけた。
 ……今ごろは、デート中のはずだ。深雪が化粧を直しに、トイレに行く。 その時が、深雪の人生の終わりを意味する。  恵子はそんなことを考えながら、唇を舐めた。



 亜由美がオフィスに入ると、何やら同期の女子達が集まって、話している。
「どうしたの?」
 と声をかけると、一番おしゃべりの美和が
「恵子が深雪と、無理心中したらしいのよ!!」
 と早口にまくしたてた。
「……へぇ」
 亜由美は一瞬驚いたが、とりあえず適当に返答した。
「それでね、今刑事さんが来て、北村君が事情聴取受けてるのよ!!」
 北村は、深雪の彼氏で、恵子の元彼でもある。
――……成る程ね。
 亜由美はこの奇妙な偶然を、理解した。
――深雪、人の彼氏取ったりしてるから、こういうことになるのよ。
 それにしても、と亜由美は思った。
 自分と同じことを考える人がいるとは。しかも、一緒の時期に。
「……北村君、可哀相に」
 そう応えながら、亜由美はわき上がってくる笑いを、必死で堪えた。


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