Mr.研修医

 最終話

 手術当日、朝から療治は焦っていた。あの日、療子が「考えておく」と言ってからなんの音沙汰もないのだ。

 そんな療治のもとに電話がきたのは、手術の一時間前だった。

 プルルルル、、、プルルルル、、ガチャ!

「はい、もしもし。佐藤ですが。」

「わたし、療子。とりあえず病院にきて。詳しい内容は話すわ。」

 淡々とした療子の口調に対して、療治はかなり焦った感じで話しをしていた。

「わ、、わかった。すぐ行く。」

 そう言って受話器を置き、療治はすぐさま駆け付けた。

 病院についた療治は、とりあえず高原さんの病室にむかった。

 慌てて部屋の戸を開けようとしたが、中から話声が聞こえたので、療治は立ち聞きをしてしまった。

 部屋のなかでは、療子と高原さんが話し合っていた。

「先生。今日の手術には、療治も助手として手伝うのですか?」

 遠くをぼんやりと眺めるようにして、高原さんはつぶやいた。

「え、ええ。彼の技術は前の手術のときに実証されています。

 それがなにか?」

「療治は、、、一度挫折した外科に再びチャレンジしています。できるなら、外科として復帰してほしい。」

「療治くんにはそれだけの才能があります。」

 療子はにっこり笑いながら話したが、高原さんは納得しなかった。

「技術や才能はあっても、、あの子は傷つきやすい子です。もし、わたしの手術に失敗したら、あの子は二度と復帰できない。

 そう思うんです。 新人がいきなり、ガン治療なんてプレッシャーが大きすぎます。

 もっと簡単な、生死がかかってない手術から経験を積んでほしいんです。」

 高原さんは、まだぼんやりと外を眺めていた。

「、、、わかりました。療治くんにはわたしから話しておきます。、、、あと30分したら手術ですので、準備のため失礼します。」

 療子はそう言って部屋をでた。戸を閉めると、そこには療治が立っていた。

 戸の影に隠れていて、部屋の中からは見えなかったようだ。二人はとりあえず手術室の方へ歩き出した。

「療治、、、今の聞いてたの?」

 深刻な雰囲気のなか、療子が話しだした。しばらく療治は黙っていた。

「、、、ああ。聞いた。」

「そう。わたし、どうしたらいいのかしら。あなたの気持ちも、高原さんの気持ちも痛いほどわかる。」

「姉さんの気持ちを大切にしてあげてくれ。ただひとつお願いがある。手術に立ち会わせてほしい。隅っこで見てるからさ。」

「それなら、、、、いいわよ。」



 そう会話を交わして二人は手術着を着だした。

 そしてついに手術が始まった。療治の前には、麻酔により眠っている高原さんがいた。

 あたりは静まりかえってはいるが、唯一心電図の音だけが響いた。

「それでは、ただいまから胃癌摘出手術を始めます。よろしくお願いします」

 療子はそう言って手術を始めた。

 開始から1時間隅で見ていた療治はまわりの雰囲気が変わったことに気付いた。

 がん細胞を摘出する場面になったのだ。慎重に、慎重に、手術はつづけられた。

 そんなときに事件は起こるものだ。局部から不意に血が飛び出したのだ。助手の一人は焦った。

 焦りはミスを生み、事態はどんどん悪くなった。

「先生!止血を!」

 看護婦が叫ぶ。

「わかっています!でも先に縫合をしないと。」

 療子と助手は、急いで縫合をするが、どうも助手の様子がおかしかった。

「どうしたの!」

 相手を心配して、というより、何やってんだ!という感じだった。助手は、療子が話しかけたことに対して、さらに怯えていた。

「じ、、、じつはさっき間違って、」

 そのさきは言わなかったが、療子はだいたい理解した。

「もういいわ。それより早く縫合の手伝いをしなさい。」

 療子は一刻を争うなか、無駄な話しはやめるべきだと判断した。

「、、じ、自分にはこの先やりきる自信がないです。」

 助手は小さな声でつぶやいた。まわりの人達もみんな静まり返っていた。

「出て行きなさい。あなたがいても邪魔なだけ!はやくかわりの先生連れてきなさい。」

 療子は怒鳴った。助手はそれを聞いて出ていった。

 しかし、問題は助手のかわりにつづきをだれがやるかだった。

 いま手術室にいるのは、看護婦数名と療子と新米の医者とそして療治だけだった。

「宮田君。かわりの先生がくるまで続きをやってくれる?」

 療子は新米の医者に続きをやらせた。新米はすこし戸惑ったが了解して、手術は再開された。

 だが、やはり新米なだけに手際は悪かった。手術はかなりのスローペースになった。そのことに、療治は業を煮やしていた。

「、、、なにやってんだよ。そこは、こうやるんだ。」

 療治はついに手術に割り込んだ。新米の子を手で払いのけて手術をはじめた。

「ちょ、ちょっと療治!」

 療子は止めようとしたが、すぐにやめた。療治の技術が凄かったのだ。

 みるみるうちに、さっきのトラブルを修繕していく様は、まるでブラックジャックのようだった。

 しばらくして、かわりの先生が駆け付けたが、療子はもう大丈夫です。と言って断った。

 こうして手術は再開され、がん細胞の摘出つづけた。

「転移してないのか、それとも、、、」

 療治がそうつぶやいたとき、みんなは驚愕した。

「そ、そんな、、、転移してる、、、。これじゃあ、いくら切り取っても、、、意味がない、、、」

 手が止まり、ぼーぜんと立ち尽くす療治。その目からは一筋の涙が流れ落ちた。

「療治、、、仕方ないことよ、さあ、はやく手術を終えるためにも、涙をふいて、、、」

 療子もかける言葉がないようだった、、、。その後、療治は涙をこらえながら手術をつづけ、手術は終わった。


 翌日、高原さんは目を覚ました。隣には、療治が寝ている。どうやら、一晩中看病していたようだった。

「、、あ、目覚ましたんだ、、、気分は、、、どう?」

 療治はすこし戸惑い気味だった。

「うん。かなりいいわ。それで手術はどうだったの?やっぱり、転移してた?」

 すこし、笑いながら高原さんは話した。なぜ笑えるのか?そのときの療治にはわかはなかったが、後に分かることになる。

「大成功だった。きれいさっぱりなくなった!安心してくれ。」

 療治は精一杯明るく振る舞っていた。

「そっか。」

 あきれるくらい明るく言う高原さんの姿に、療治も手遅れだったことを、忘れたかのように話し合った、、、



 二ヶ月後。毎日のようにお見舞いに行った療治は、覚悟はしていたことだったが、現実になって目の前にあらわれたことに驚愕した。

「ね、、姉さん!しっかりしてくれ!姉さん!」

 目の前でさ、高原さんが血を吐いて、ベッドから落ちていた。すぐさまナースコールを鳴らし、処置を始めた。

「り、、療治?だ、大丈夫よ。ちょっと貧血で倒れただけだから」

 高原さんはそう言って起き上がろうとした。しかし、体が言うことを聞かないようだった。

「何言ってんだよ。血を吐いてるじゃないか!いいからおとなしく寝てくれよ。」

 療治はそっと高原さんをベッドに寝かした。

「血?わたし血を吐いてたんだ、、、意識がもうろうとしててよく覚えてないわ、、、」

 そう言って高原さんは寝ながらまた血を吐いた。

「ごふっ!」

 白いシーツは真っ赤に染まり、みるみる高原さんの顔色が悪くなった。

 そのときやっと救急医療セットを持った、療子と看護婦がやってきて、すぐさま処置が行われた。

 しかし、もう手遅れだった。高原さんの容態はよくならず、そのまま亡くなった、、、死に際に、彼女は療治に語りかけていた。

「あなたは、立派な医者になってね。わたしの死を気にして、また外科の道をあきらめるようなことはしてほしくないの。」

 高原さんは苦しい体を無理して、療治の目をみつめながらはなしかけていた。

 だんだんと手の温度が下がっていても、まぶたがすごく重くなって目を閉じかけていても、、、

 最後まで、、、

 最後まで、、、

「姉さん?姉さん!、、、誓うよ!立派な外科医になることを、だから、だから目を覚ましてくれよ。姉さん!」

 療治の声は裏返っており、頬には何筋も涙が流れていた、、、

 二日後、高原さんの葬式の日、療治はそこで療子と会った。

 二人はしばらく雑談をしていたが、その中にひとつも笑い声が聞こえなかった。

 しばらくして二人は話すこともなくなった。その時、療子は思いきって聞いてみた。

「、、、これからどうするの?外科医を?」

 深刻な顔付きの療子をよそに、療治は簡単に答えた

「なあ、ブラックジャックって知ってるか?」

「え?ブラックジャック?マンガの?そりゃ知ってるわよ。天才外科医でしょ?」

「そう。あの人物は、天才外科医として有名だけど、俺は違うとおもうんだ。

 たしかにかれは外科医として天才だよ。でも俺に言わせれば医者の天才なんだ。」

「??なにが違うの?」

「つまりさ、外科医以外にも凄いと思うんだ。感染病とか、下手したら動物を治すこともできる。

 俺は、専門外だから、って言って患者を見捨てることのないように、全てを極めようと思うんだ。」

「そんなの、無理よ。たしかに大学病院である程度全部の基礎は学んだわ。

 でも、細かいところはその分野を徹底的に学ばなければならないわよ。」

「おれは必ず成し遂げて見せるさ。その時まで、待っててくれないか?」

 そう聞いた療子は顔が赤くなった。

「え?そ、それって、、、」

 かなり動揺している。療治は返事を聞く前に去っていった。療子はそんな療治に唖然として、その場を動けなかった。

 こうして、彼は医者を極めるという途方もないことに挑戦することになった。いつの日か、治せない病気がなくなるその日まで、、、