28.Q 仏教では「無記」(むき)といって、形而上的問いに答えないそうですが、どうしてですか?
A 「運命があるかないか」「霊魂はあるかないか」と議論してみても、修行や悟りにはあまり役立たないからでしょう。
釈尊は次の十四の質問について、無言を以って答えられたという。世界は(時間的に)常であるか無常であるか、常かつ無常であるか、常でも無常でもないか、世界は(空間的に)有限であるか無限であるか、有限かつ無限であるか、有限でも無限でもないか、如来(人)は死後存在するか存在しないか、存在しかつ存在しないか、存在しもせず存在しないでもないか、霊魂と身体は同じであるか異なるか。
哲学が形而上学的に真理の探求をするのに対して、仏教は形而上学的真理の探求は固定的・絶対的な思考や判断を生じるのでこれを排除した。そして真理は理(縁起法・空)と行(実践)によって得られることを明らかにした。このことは大乗仏教を理論的に体系化した竜樹<150〜250年頃>(梵)ナーガールジュナが「空」というものの見方を確立するのに、空を定義しようとせずに「空」を証明していくという論法にもあらわれている。