36.Q 因縁によって起こる心の量はどのようなものですか?

 A 天台大師(中国天台宗の祖)の摩訶止観に「それ心は弧(ひと)り生ぜず、必ず縁に託して起こる。意根はこれ因、法塵はこれ縁、所起の心はこれ所生の法なり。」塵(じん)とは<四図>の境と同じ意味です。法とは因縁・能所の関係での「法」であって、実体をともなったものではない。「この根塵・能所は三相に遷動す。窃(ひそ)かに起こり窃かに謝し、新々に生滅し念々に住せず、せんしゃくなること電耀のごとく、・・・」三相とは「生じ」「変化し」「滅し」のことで、生じたものが起こったと思う間に滅する。こうして一瞬一瞬新しく生滅して、一瞬たりともとどまることがない。それはまるで、いなずまが光るようなものだ、というのです。
 五蘊の色・受・想・行・識や六境・六根・六識は<四図>の表で見ると時間の間があるかのようですが、実際の心の動きは一瞬なわけで、この一瞬にさまざまな判断・分別をしている。その量は「無限」と言ってもよい。
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