46.Q 如来とか如来の十号とは何ですか?(1)
A 如来とは、tathaagata タータアーガタ 多陀阿伽陀と音訳。如来または如去と意訳。如とは真理の意。如来とは「如実に来れるもの」「如実に去りゆくもの」「真如法界来って真如を語り、如実の教化活動をし、如実に去りゆくもの」。仏陀の同義語。釈尊は如来を、輪廻から解脱した理想的な真人として第三人称として使い、第1人称として自分を如来と呼ぶことはなかったらしい。如来とは無上の無上、無上上の意味があるからだろうか。その如来に十の別名。十の徳がある。それを如来の十号と呼ぶ。号とは呼び名、名称の意。
(1)応供(おうぐ) アラハン 阿羅漢と音訳。「供養に応ぜられる人」「供養を受ける資格のある人」の意。一切の煩悩を断じて人格的にすぐれた人。徳のある人。無上の福田ともいう。(人々に幸福の収穫を得させるすぐれた田という意味)。
(2)正偏知(しょうへんち) サンヤクサンブッダ 三藐三仏陀と音訳。正等覚者と意訳。正しく覚った者。阿耨多羅(無上)を加えて、声聞や辟支仏の菩提と区別する。
(3)明行足(みょうぎょうそく) ヴィドャー・チャラナ・サンパンナ 明(智慧)と行(体験)を具足した者の意。詳しくは、宿命通(自分や他人の過去世のあり方を知る能力)、天眼通(自分や他人の未来世のあり方を知る能力)、漏尽通(煩悩をとり去って迷いなきに至る能力)の三明を具える。
(4)善逝(ぜんぜい) スガタ 善く逝ける者の意。迷いの世界をよく越えて、再び迷いに還らない者。
(5)世間解(せけんげ) ローカ・ヴィッド 世間(迷いの衆生)の人々の気持ちや性格や機根をすべて知解し、適切な説法をして、救済化導をする者。