48.Q 釈迦牟礼世尊(釈尊)の生涯について学ぶことは「悟りの実戦」に必要なことですか、また、注意点は?
A 仏教の創始者ですから、釈尊(インド生誕の歴史上の釈迦を以後、<しゃくそん>と呼ぶ)について学ぶことは、ごくあたりまえのことで必要なことと思う。仏教に関する本は、書店や図書館でたやすく手に入る。その気になれば、いくらでも学ぶことは可能だ。ただ仏教書を知識や教養書として学ぶことはやさしいが、「仏道修行」とか「悟るための方法」ということになると、そのような本はなかなか手に入りずらい。だいたいどこから「悟りの法」にアプローチしたらよいのか、入口を探すのがまず難しい。
前にも言いましたが気をつけてほしいことがある。超能力や神秘体験を持って「悟りだ」とか「解脱だ」とか、さも、たやすく悟りの体験ができるような(例えばヨーガ)たぐいの本や指導書が、まだまだ身近にあるということです。仏教の実践において、修行のある時期に、神秘体験を併うことは当然ある訳だし、修行の結果として超能力が身につくことはある。しかし、それらは副産物であって、最初からそのようなものを目標にして、修行をすることは本末転倒である。「光を見た」とか「身体が空に浮いた」など、何も仏教でなくても体験できることなのです。(脳のある部分を刺激すると至極を体感する)
「悟り」・「覚り」とは「真理の発見」であり「生きる意味の発見」である。それは生まれた時から、この身体に宿る多くの煩悩を自由自在にコントロールする術(すべ)、方法を手に入れることである。釈尊の生涯。いわゆる、生誕から出家までの苦悩の日々→出家→禅定の修行→苦行→降魔→成道→梵天の勧請→転法輪(説法)→涅槃(不死)。その一つ一つの歩みは、どれもが仏道を志す者にとってのモデルであり、大いなる励みになる。