5.Q 仏教では喜びや楽しみの心が「苦」であると言いますが、なぜですか?
A 人の心は苦しみや悲しみや死の恐怖には蓋(ふた)をして、喜びや楽しみの心にいつも満たされていたいと思っている。
しかし、生は死の始まり、幸は不幸の始まり、健康は病気の始まり、愛は苦しみの始まり、会うは別れの始まりなのです。
「愛した時から 苦しみが始まる 愛された時から 別れが待っている」 唱和30年代にヒットした歌謡曲の一節。恋をした経験のある人なら、この詩の意味がわかると思う。相手を愛する気持ちが、強くなればなるほど苦しみも強くなる。「執著(しゅうじゃく)」はすべてにおいて「苦」の因です。
ある人は本能的な低度な快楽は苦かもしれないが、理性的な高度な快楽は苦ではなく善であり、幸福であるという。しかし、どんなに理性的でも、天界や三界の域を出られないということは、六道輪廻の迷いを離れられないから、執著が生じ、苦が生じる。