55.Q 出家とは何ですか。出家しないと成仏はできないのですか?

 A 出家とは、サンスクリッド語(インドの原語)でプラブラージャカ「出ていく」。パリヴラージャカ「ぐるぐる歩き回る」。ビクニッシュ「分け前にあずかる」。サンニャースイン「一切を放棄する」。ヤティ「苦行者」。などの意味がある。非バラモン系の出家はシュラマナ「とことん努め励むこと」の意で沙門(しゃもん)と音訳。
 家を出て、一切を捨てて、修行に励むこと、またはその人のことを出家という。僧侶の通称として用いることもある。「なぜ出家するのか」ということですが、一言でいうなら、世俗(世間)の善悪の価値観に身をおいていたのでは目的は成就できないのではないか、という思いがあるからではないでしょうか。前に六道輪廻の迷いの世界を捨てることが成仏の近道といいましたが、修行する場、環境を整えるという意味で出家は有効な主段だと思う。
 そこで出家しないと成仏はできないのか、ということですが、小乗教や小乗教が広まっている国々、いわゆる南伝仏教(スリランカやタイ)では、出家ということが成仏の必須条件のようです。そのような国々での在家の人々の信仰は「成仏は無理」というのが大方の常識らしい。それゆえに徳を積んだ出家者に縁を持つことによってその福徳(幸福と財産)にあずかろうということなのです。
 大乗仏教はもともとの出発が在家ですから、出家という「形」をとることなく「成仏」は可能なのです。ただ、形式にこだわる必要はないが、精神として、「一切を捨てる」という「出家者の心」は堅持することは肝要だ。小乗における出家が成仏の必須条件であれば、大乗における成仏の必須条件は「誓願」である。誓願とは強い志(人類愛)をもって退路を断つこと。背水の陣を持っての意志。いうまでもなく四弘誓願のことです。図式化すると出家=誓願→完全な成仏となる。大乗の在家者(日本の仏教信徒)におけるこの誓願なき信仰は、口には成仏をとなえるのだが、先の小乗信仰と同じで、世俗の欲望や自己の欲望の達成が主な実践目標となるので、どこまでいっても成仏はできないということになるのです。
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