56.Q 釈尊は29歳に出家してから、どのような修行をしていたのですか?
A 出家してから7日目に、当時インド最大の国であったマカダ国の首都、ラージャカハ(王舎城)に入った。マカダは経済的にも文化的にも豊かな国だったので、多教の沙門が集まって修行をしていた。彼らの修行法は主に禅定(瞑想)と苦行であった。
そこで釈尊は、まず、アーラーラ・カーラーマ仙のもとで修行をすることにする。その仙が最高の教えであるとしていたのは「無所有処定」という境地。無処有は「何もない」。この世におよそ存在するものは何もない、何らこだわるところがない。という瞑想によって得た心の状態をいう。釈尊はこの境地をすみやかに体得した。そして、「この境地は私の求めていたものではない」と思い、仙のもとを離れるのである。
つぎに釈尊は、ウッダカ・ラーマプッタ仙のもとで修行することにする。その仙の教えは「非想非非想処定」という境地。非想「何かを心の中に想っているのでもなく」、非想非非想処定「また何かを想っていないのでもない」という心の状態。あるのでもなく、さりとて、ないということもない、という、ちょっと禅問答のような、捉えどころのないところもあるが、後の仏教の「四無色定」という瞑想の極地へと受け継がれる。
ともあれ、釈尊はこの境地もすぐに体得してしまう。「この境地も私が求めていた解脱とはちがう」「私が真に求めているものは、もっと確かな手応えがあるものだ」と思い、ウッダカ・ラーマプッタのもとを離れる。そして、瞑想による修行法は一時やめることにして、当時、一般的な修行法である「苦行」に挑戦する。瞑想による手応えが今一つなかった釈尊にとって、残された方法は「苦行しかない」との覚悟を決めるものであった。