57.Q 釈尊はどのような苦行をしたのですか?
A 釈尊はマカダ国のウルヴェーラ村の「苦行林」という森で、5人の比丘(修行仲間)と共に苦行に励んだ。いろいろな苦行のなかでも止息と断食を熱心に行った。止息の苦行とは息を止めるのである。すると、どうなるかというと耳から呼吸するようになる。さらに耳からの呼吸を止めると、皮膚で呼吸するようになる。この行で死の寸前まで何度もいったという。今一つ、断食の苦行は一般的に知られたものだが、釈尊の断食は半端なものではなかった。おそらく、水さえも口にしない徹底したものだったのだろう。本(ブッダ入門)の写真にある「苦行の釈尊像」を見ればすぐわかる。骨と皮だけになったすさまじいものだ。目玉の穴が髑髏のように落ちくぼんで、胸は骨が浮き出て、腹は背とくっつくように凹み、腕は枯れ木のようにか細い。仲間から「釈尊は死んだのでは?」と言われるこの苦行を六年の長きにわたって行った。
伝説によれば、釈尊は苦行によって真の悟りを開くことができないとの思いに至り、苦行を断念した。森から出た彼はナイランジャナー河で沐浴した。そこへ通りかかった村の娘スジャータが差し出したミルク粥を食べて元気をとりもどし、アシュバッタ樹(のちに菩提樹と呼ばれる)で瞑想に入って悟り、ブッダとなった。と、どの仏教書をひもといてもこのように書かれている。どうも後世の仏教書や学者は、悟りを開く「行」は苦行でなく「瞑想である」「瞑想であってほしい」と言いたいのか。少なくとも死を決して行った釈尊の苦行が、悟りの大きなバネになっていると私は思うのだが。