60.Q 釈尊は苦行の途中で、悪魔の誘惑にあったことになていますが、この悪魔の誘惑の意味するところは何ですか?

 A 悪魔のことを、もとの意味でマーラ()という。「殺す者」の意味。人の生命を奪い、善事をさまたげる悪魔神。
 魔には四魔(煩悩魔、魔、死魔、天子魔)があり、いずれも仏教修行をさまたげる働をする。そのなかでも天子魔は、欲界の第六他化自在天に住む魔王と、その眷属で、死を超えようとする者。つまり、悟りを得ようとする者を、ありとあらゆる手を使って阻止する。釈尊が苦行のときにあらわれた悪魔とは、まさに、この天子魔(魔王)のことである。
 この悪魔を対治し、降伏させることを降魔という。この降魔は八相の一つにあげられていることはまえに言いましたが、成道するための最後の戦いになる訳です。この悪魔との戦いに勝てばブッダの道が開けるが、戦いに負ければ魔王の軍門にることになる。生死の瀬戸際に立っているんです。それは、やってみなければわからない伸るか反るかの大勝負なのである。
 「魔の軍門に降った人はどうなるのか」、答えは魔王の手先になって働くということです。カルト教団のトップで「導師」とか「グル」などと崇められている人をみれば、すぐに、よくわかる。「修行によって解脱した」と神か仏のような振るまいをしながら人に近づき地獄へ落としたり、平気で配下に人殺しをさせたりするんです。このような人を仏教では悪知識といって、邪悪な教えや誤まった道理を説いて人を悪に導き入れるわけです。世間にはこの手の人は掃いて捨てる程いる。だまされないように、くれぐれもご用心。
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