66.Q 釈尊が菩提樹の下で覚った後に、初めて説いたのが四諦といわれていますが、それはどうしてですか、また四諦とは何ですか?
A 「人生の苦しみ」から自由になることが、出家の目標であったからです。その「苦」を克服する方法、つまり理論と実践が四諦の教えに凝縮されている。そして、その苦から脱して「自由自在」になることは、万人に共通する願いであると覚ったからです。
四諦は詳しくは四聖諦。四つの聖(アーリヤ)なる(サッテイヤ)。諦は現代語の諦め、、思いきる、断念するという意味ではなく、ここでの諦めは「明らかにすること」、「真理・真実」を意味する。サンクスリッド語のサッテイヤは「それがそれとしてあること」「あるがまま」を原義とする。それほどのような意味かというと、人生に苦しみ悩んだり、煩悩のとりこになったり、縛られたり、あるいは度重なる不幸に打ち拉がれたりする現実は、すべて、あるがままで「真実」であるということです。さらに、そのような「人生の苦」から長い時をかけないで、「一瞬」にして自由になる方法があることも、また「真実」であるということです。
次に四諦の四つとは、
一、苦聖諦(苦)。この世を生きることは苦である。このことは真実である。
二、苦集聖諦(集諦)。苦が生じてくる原因である執着を滅すれば、苦はなくなる。このことは真実である。
四、苦滅道聖諦(道諦)。このような苦を滅する境地を得るには、正しい修行によらなければならない。このことは真実である。
以上のように、四諦の教えが、すべての「苦」を真正面からあるがままに見つめた「実践論」であることに注目して、次のページを見てもらいたい。