聖王女軍の補給部隊は川沿いのノイスの町にいた。軍の本隊があるダノンの町に到着するまでは川を越えなくてはならない。本隊は補給が整わない事には進軍できないのだ。補給部隊は急いでいた。
「もうすぐだね、ケルビム様」
「そうだな」
部隊の先頭を馬に乗っている男とロングスピアを持った少女が進んでいた。男の名前はケルビム。聖王女軍の騎士団長である。少女の名前はカナ。空を写したような蒼い髪、瞳が印象的である。
「ケルビム様、渡河の準備が整いました」
伝達がケルビムに伝える。
「そうか、カナ、ちょっと休んで来なさい」
「え、でも」
「船の数が足りないのですから、結構往復しなくてはいけない。あなたはいても役に立たないから」
「どーせボクはただの兵士ですよぅ」
「護衛兵としては有能なんですが」
「ぶぅー。じゃあ最後の船が出るときは知らせてね」
「わかりましたから。どうせ3日くらいかかるのです」
「戦争するのもたいへんだね」
そう言ってすたすたとカナは歩いていった。
昼間からカナはノイスの町の酒場にいた。
「わかってたけど、3日も暇になっちゃった。確かにボクにできる事はあんまりないし、この辺は安全だし、ケルビム様がいるからたいていの事は大丈夫だと思うけど。ううー」
この調子でずっと愚痴っているのである。
「それにしてもはやってないね、この店」
「昼間っからこんなところに来るあんたがいかんのだよ。確かに飯も売っているが酒場なんだから。それに最近はこの辺にも盗賊団が出るしねぇ」
カナががたっと立ち上がる。
「盗賊団!?部隊が・・・危なくはないか。盗賊団にやられるような人たちじゃないし。盗賊団も襲ったりはしないでしょ」
座る。
「どんな盗賊団なわけ?」
「首領が女らしいって事くらいしかしらんなぁ。よく団員たちは飲みに来るが」
「何で退治しないの?」
「衛兵は頼りにならんし、王女様も戦争で忙しいから当てにはならんし。せっかく軍隊がいるのに何もしてくれん」
「あははー」
カナは乾いた笑いをあげる。当然の事であるがカナはその軍隊の一員である。
「一応ミア姉に伝えとく」
「まあ頼りにしてるよ」
「おっちゃん、目が全然ボクを信用してない・・・」
その時酒場にどたどたと数人の男が上がりこんできた。
「お〜い親父、酒だ酒、酒をよこせ」
「早くしろ、ぶぁか」
「早くしねぇといてまうぞ、こらぁ」
品の悪い連中である。勝手にテーブルをふたつ占拠してしまった。
「おっちゃん、こいつら?」
「まあそうだな。こいつらのせいで赤字なんだよ」
「おい、カウンターでごちゃごちゃ言ってないで早くしろ」
「つまみも忘れるなよ」
「よく見たらそこのちまいのは女か、ほれこっち来て付き合え」
「ボクちまくないもん!」
「あぁん?」
6人に睨みつけられ思わずカナは引いてしまう。そこに店主が話し掛けた。
「嬢ちゃん店の中で暴れんでくれよ」
「おっちゃんまでボクを子ども扱いするー」
自覚がないからケルビムにも役に立たないといわれるのである。
(でもまあここで問題を起こすわけにはいかないし)
「おっちゃん、品物ちょうだい。運ぶから」
「ん」
「はやくしろ〜」
「はいただいまぁ」
カナはウェイトレスをやっているつもりらしい。軽いとはいえ鉄鎧を着ていてはぜんぜん他人には分からないが。
「がっはっは」
6人の男が大声で喋っているから、当然内容はカナにも聞こえる。
「それにしても最近は仕事がやりやすいなあ」
「当然ですぜ、兄貴。ミアの馬鹿とガイナスのあほが戦争しているんですぜ」
「まったくですぜ、ディックの兄貴に聞いたんですが10年くらい前は仕事もすんげぇやりにくかったそうですぜ」
「それ俺も聞かされたっす。戦争に入ってサンドラさんがリーダーになってうはうはになったとか」
そこに皿を持ったカナが近づく。
(そいつが兄貴で・・・こいつ今ミア姉の事を馬鹿にしたよね。でまあこいつらとは別にサンドラって言うリーダーとディックって言う古株がいると)
カナはわざと滑った振りをしてミアを馬鹿にした男に皿を投げつけた。ちなみに乗っていたのはトマトとチーズのパスタである。投げつけられた下っ端Aが立ち上がって怒る。
「てんめぇ何しやがる」
「ごめんなさい、滑っちゃって」
「なんだとぅ」
下っ端Aがカナに殴りかかる。カナは冷静に受け止めた、鉄製の小手をつけた右手で。
がいぃ〜ん
「いってぇ〜」
「まあ鉄製の小手を殴ったらそれは痛いでしょ」
「おのれ、弟がやられたぞ」
兄貴を含め残りの5人が立ち上がった。
(ひょっとしてピンチ?槍はカウンターのところだし)
「嬢ちゃん、きっちし落とし前はつけてもらおうか」
「兄貴かっこいい」
「馬鹿じゃないあんたら。ボクが何したっていうんだよ」
「めんどくせぇ、やっちまえ」
(ここで暴れちゃ駄目なんだよね)
あっという間にカナは取り押さえられて縛り上げられてしまった。
「口ほどでもねぇな」
「今どこから縄を出したの?」
「盗賊たるもの縄くらい持ち歩くのが常識だろ」
「へぇ〜。で、ボクをどうするの」
「親分のところに連れて行く。その後は・・・ぐしし」
兄貴は妙な妄想をして変な笑い声を上げる。
(いやだなぁ)
「とりあえず親分のところに連れて行くがな。さて、行くぞ。確かこいつが持ってた槍があるだろ。一応持っていけ。親父、邪魔したな」
不安そうな店主を残して一行は出て行った。
川沿いを上流方向に一時間ほどいった所は台地には石灰石が広がっていた。
「ひょっとしてここの地下の鍾乳洞にアジトが?」
「驚いたろう。その通りだ。で、入り口はここだ」
そう言って足元の穴を指す。梯子がかけてある。
「どうやって僕は降りるの?」
「ふむ」
いきなり兄貴はカナを穴に蹴飛ばした。下にいる下っ端たちが受け止める。
「兄貴〜この女重いです」
「鉄の鎧を着ているからな」
「いきなりなにすんのよ?」
「うまくいったんだから気にしない」
そういいながら兄貴も降りてきた。
「さっさと歩け、狭いんだから」
一行は水に足を浸しながら進んでいった。
広いところに出る。そこには20人弱の人間がいる。
「親分、ボッツ一行帰りやしたぜ」
岩に腰掛けた女首領が返事をする。
「ああ、それは?」
それというのはもちろんカナの事である。
「生意気でマイケルに怪我をさせましたんで落とし前をつけようと思いまして」
「まったく、好きにしな」
カナが口を開く。
「このおばさん誰?」
「おばさん?」
サンドラの額に青筋が出てくる。
「こら、サンドラ親分はおばさんって言われるのが一番嫌いなんだぞ」
「うるさいよ、ボッツ。きついお仕置きをしてやりな」
しかしカナの減らず口は止まらない。
「図星なんだ〜、お、ば、さ、ん」
「ぺちゃぱいのがきが・・・自分の立場をわかってるんだろうね?」
「ああ、この縄?こんな物はね」
そう言って少し目を瞑る。
「せーの」
ぷつん。
間抜けな音を立てて縄が切れた。カナは自由になる。
「魔法を使えば簡単に切れちゃうんだな」
すぐに自分の槍を持っている相手につっこむ。相手が動揺している間に槍を奪ってしまう。
「さてと、町の人に迷惑をかけるような連中はボクが退治してあげる」
いきなり手近な下っ端を槍の石突で殴り昏倒させる。しかし言葉とは裏腹に背を向けて暗い所に向かって走り出す。手下たちは明かりを持って追い始めた。ボッツが指示を出す。
「追え!どうせ明かりも持ってないし穴のつながり方も知らないんだ」
カナはある程度まで来ると振り向いた。水の深さは歩いているところは浅いのだが、脇のほうは深くなっている。
(1本道だったから追ってきてる・・・ね。しかも挟み撃ちにされるのか。少し待つか)
少しの間は水の流れから確認している時間である。
どぼん
水音がした。誰かが足を滑らせたのだろうか。
「まてこらぁ」
(きたきた)
「観念したみたいだな」
結構な人数が前後から追ってきていた。なぜか先頭のボッツがずぶぬれである。
「まぬけ」
「やかましい、これ以上やるなら容赦しねぇぞ」
「まあ、観念するつもりもないし、あんたらはここで再起不能になるし」
「なんだと?」
その疑問には応えず、カナは呪文を唱え始めた。
「水よ、我が意に応え我が敵を食らい尽くせ、水流」
水が爆発的に膨張する。狭いところを膨大な量の水が流れていく。それに巻き込まれた下っ端たちはひとたまりもない。
「まあ気絶しててもこの流れは川につながってるから大丈夫でしょ、さてと」
そう言って気絶している男たちを放って置いて、サンドラのところへ歩き出した。
カナはもといた広間に戻った。サンドラと対峙する。
「やってくれるじゃない」
「次はあんたの番だよ」
「ところがそうはいかないよ」
サンドラが懐から何かを叩きつけた。煙が充満する。
「覚えときな、今度会うときは容赦しないからね」
煙が晴れるとカナのほかには誰もいなかった。
「ちぇ、逃がした。帰るか」
すたすたと歩き出す。
「まあノイスの町に被害が出る事はもうないでしょ。あーあ。結局また暇になるのよね」