秋山瑞人
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『E.G.コンバット』秋山瑞人(電撃文庫)
『E.G.コンバット 2nd』秋山瑞人(電撃文庫) 『E.G.コンバット 3rd』秋山瑞人(電撃文庫) |
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――奴らは女を狙って殺す。西暦二〇二九年七月九日。突如飛来した謎の宇宙生命体により一瞬にして全人類の4割を失った日。【プラネリアム】と呼ばれるそれは48時間目に地球からありとあらゆる灯は消し、文明を崩壊させた。未曾有の混乱の中、火星移民の準備基地として月には既にかなりの人的・機械的資源をがあり、そこで編成された救世軍の手によってようやく反撃体制が整った地球は女性を月に強制疎開させた。今現在、地球には男性が、月には女性のみがいる。そんな地球上の救世軍に勤務する極々少数の女性兵士の中でも、彼女――ルノア・キササゲは半ば伝説であった。北米総司令部最年少大尉。生成晶撃破数歴代7位。反応速度の女神。ルノア・キササゲ、21歳。彼女はライバルの奸計によって月の訓練学校の教官として更迭されてしまう。これがこの物語の発端である――。 『イリヤの空、UFOの夏』でハマってしまった秋山瑞人のデビュー作。ミリタリーSFである。表紙絵と粗筋とで引いてしまう可能性は高いが、そこを何とか乗り越えて是非。 軍事関係の描写と用語の使い方が凄い。正直なところ、私にはさっぱりだけれども、多分詳しい人にはうはうはなのではないか、と。というか、そういう専門用語が並んでいても、全く門外漢の私が楽しめる、というのが凄い。 ネットワーク侵入者を追跡する場面の描写が凄い。架空のネットワークシステムではあるが、実際のネットワークに詳しくなければ、多分ここまで書けないだろう。【GARP】という人工知能兵器と謎の侵入者のハッキング争いは、非常にスピーディで、胸が躍る。 そう、この人工知能兵器【GARP】が格好よいのだ。総じて、秋山瑞人は人外の知的生命体、「人を模しているもの」の描写が物凄く巧い。本書『E.G.コンバット』の【GARP】、『鉄コミュニケイション』のロボットたたち、『猫の地球儀』の幽や焔、楽、などの猫たち。【人間に非ざるもの】でありながらも、人間として振舞おうとしているものたち、の描写がこれほど巧みな作家は中々見つからないだろう。人間に非ざるものであり、人間として振舞おうとするために、非常に人間臭くなる。いや、本当に【GARP】はむっちゃ格好良いス、まさに漢。 そして、秋山瑞人は「生命」を描くのに優れている作家でもある。軽すぎず、かといって重く扱いすぎることもない。淡々と生命とはどのようなものか、を描き出す筆力には感嘆する他ない。 その上、月をぶち抜く「自由落下坑」という舞台設定、飽きさせないストーリー展開、独特な文章。泣けます。泣かせます。是非是非是非。 「電線に、電気を通すと、そこには意識が生じるんです。」
(2002年8月1日更新)
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『イリヤの空、UFOの夏 その1』秋山瑞人(電撃文庫)
『イリヤの空、UFOの夏 その2』秋山瑞人(電撃文庫) 『イリヤの空、UFOの夏 その3』秋山瑞人(電撃文庫) |
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極論ではあるが、極端はおもしろい。小説なども極端なものは往々にして面白い。小林恭二の『ゼウスガーデン衰亡史』はテーマパークが国家規模になってしまうという極端な設定、荒唐無稽な架空未来史であるから、おもしろいし、『ドラゴンボール』の孫悟空は極端に強いから、おもしろい。話のレベルがちょっと違うか。 いや、「おもしろい」理由は他にも色々と挙げられるのだろうが、何故おもしろいのか、という1つの理由に極端だから、という理由が入るのではないだろうか。で、その極端さというのはつまりは「フィクション」の極端さ加減、になると思うのだけれども、当然だがいくら極論とは言えど「フィクション」が本当に極端になってしまうと例えば描かれている言語もフィクションになって内容もまったくのフィクションつまりこの世に存在するようなものはまったく出てこない作品というものがあったならばそれはそれで非常に読んでみたくはあるがそんな極端なフィクションは誰にも理解できなくなってしまうわけで、そのある程度極端な「フィクション」というものに対する読み手の認識が「リアル」といものに対する認識との間をいったりきたりするしていく過程、もしくはその結果、その「フィクション」(の認識)と「リアル」(の認識)の狭間に迷い込んでしまうのが「おもしろい」のではないかな、と思う。で、極端(なフィクション)は「おもしろい」という結論に達して、「フィクション」を目指す小説は「おもしろ」ければ良いし、「リアル」を目指す小説でも小説それ自体が既に「フィクション」であるからして、小説は「おもしろ」ければそれで良い、と思う。「極端」は直線上の端にあるものではなく、輪っか状になっているある一点が「極端」と「極端ではない」の境目になっているのではないかな、と。いや、今回はそういう話ではないのだ。そういう話はまた別の機会に。 『イリヤの空 UFOの夏』の話なのである。非常にベタベタであり、なおかつ私はベタベタな作品が好きなわけである。粗筋はこんな感じ。 「6月24日は全世界的にUFOの日」新聞部部長水前寺邦博の発言から浅羽直之の「UFOの夏」は始まった。当然のように夏休みはUFOが出るという裏山での張り込みに消費され、その最後の夜、浅羽はせめてもの想い出に学校のプールに忍び込む。深夜のプールには先客がおり、手首に金属の球体を埋め込んだその少女は「伊里谷可奈」と名乗った――。おかしくて切なくて、どこか懐かしい。ちょっと"変"な現代を舞台に鬼才・秋山瑞人が描くボーイ・ミーツ・ガールストーリー、登場。 と、楽したいがために、表紙裏に載っていた粗筋を無断借用して無断で改竄してみた。 大森望曰く、「現在のSFを知りたかったら、秋山瑞人、上遠野浩平、古橋秀之を読め」。三人とも電撃文庫出身の作家である。所謂ライトノベルを読んでいる人ならば、上遠野浩平といえば、「ブギーポップ」シリーズの作者と言われれば納得すると思う。古橋秀之は『ブラックロッド』で電撃ゲーム小説大賞を受賞した作家である。その『ブラックロッド』はこんな内容。 異形の街。念仏を唸りながら歩く少年僧侶(ボーズキッズ)。重格闘用に成型(シェイプ)された力士(スモウレスラー)。霊走路(ケーブル)から漏れ出す霊気をすする地縛霊――。 その雑踏が、威圧感をまとった1人の男に押し分けられる。巨大な黒い杖をもつ黒い男――公安局・魔導特捜官(ブラックロッド)。精神拘束(ゲアス)によりいかなる欲求も持たない彼は、法が定める義務と責任によってのみ行動する。今、彼が追うのは隻眼の男"ゼン・ランドー"。3つの都市を奈落堕ち(フォールダウン)させた凶悪犯(テロリスト)である……。 まあ、何となくわかると思うのだが、きっとこういうのをカルトというのじゃなかろうか、という内容なのである。で、坊さんが戦ったり、大仏がでてきたり。で、凄い。どのような作品でもそうである通り、読まないとちょっとこの凄さはわからないと思うけれども。きっと最初の数ページが読めるかどうか、でこの作家が合うかどうかはっきりわかると思う。そんな作家。って、別に古橋秀之の紹介じゃないのだった。秋山瑞人だ。 そんなこんなで、秋山瑞人だ。『E.G.コンバット』『鉄コミュニケイション』とノベライズ作品で好評を取り、初のオリジナル小説「猫の地球儀」は星雲賞日本長編部門の候補作となった。 『猫の地球儀』は表紙と内容のギャップに驚かされる。まあ、ぶっちゃけた話、世界チャンピオンな猫とコペルニクスな猫が出てきて、てんやわんやとする話。あー。作者が書いた粗筋を読んだ方がわかりやすいか。 ――天才はぶちんとキレて、路地裏でピーター・アーツを襲ってボッコボコにしてしまうのです。そして天才はこう叫ぶのでした。 「ワシはガリレオ・ガリレイじゃあ! 憶えとけ!!」 さあ、ピーター・アーツの明日はどっちだ―― そんな話。わかりにくいか。まあ、ピーター・アーツな猫とガリレオ・ガリレイな猫が出てきて、てんやわんやするお話なわけです。ぶっちゃけすぎてどうしようもないが、しかし、とてもせつない話である。早く「天使戦争」の話書いてくれんもんかなあ……。 で、そんな秋山瑞人が書いた新作が『イリヤの空 UFOの夏』。なんでここに辿りつくのにこんなにかかったんだろ。 巷では「エヴァンゲリオン」だとか「ガンパレードマーチ」だとか「最終兵器彼女」だとか色々言われているが、結構その通りで、個々のパーツはとてもある種ありふれたものである。というか、『電撃hp vol.13』に乗っているインタビューでも作者本人が「UFO綾●」と言っているしな。で、この作品、秋山瑞人独特の非常にコミカルな筆致で書かれていて、笑いっぱなしなのだが、しかしどこか哀愁が漂っている。そして、所謂「ボーイ・ミーツ・ガール」がメインとして書かれている作品ではあるが、各所に散りばめられた伏線が一体どのように結びついていくのか、が非常に楽しみである。この伏線が結構くせもので、思わずにやりとさせてくれるわりには、実際この世界がどういったものなのか、とかはさっぱりわからない。上記の粗筋には出ていないが、この世界、どうやら「北」と交戦中らしいのだが、「北」とは「誰」なのか、何故戦争しているのか、等々詳しいことは本筋には殆ど出てこず、わからないのだ。多分、「その3」「その4」で出てくるのだろう。続きが非常に待ち遠しい。 そんなこんなで何でこんなに長いか、というとそれはもう、ムチャクチャ読んでいる最中身悶えしまくった作品であって、そりゃあもう恥ずかしいからなのだ。なんだか読んでいる間、これだけ読者がこっ恥ずかしくなる作品も珍しい。多分、このサイトを読んでいる人的には、主人公浅羽よりも、浅羽と伊里野を覗き見する(表現が悪いが、多分正しい)榎本に感情移入できるんじゃないか、と思う。映画館に行った浅羽と伊里野を見ていた榎本の台詞はこんな感じだし。 「――いけ浅羽いけっ。せめてそこでちゅーだっ、えぐり込むようにちゅーだっ」 ……そんな作品。読んどけ。 『電撃hp』でかなり前から連載されていたのだが、長い間まとまらず、待ちに待たされ、二ヶ月連続刊行された理由はきちんとある。2冊立て続けに一気に読むことをオススメする。というか、読め。読んどけ。身悶えしたいヤツは読んどけ。そして、『イリヤの空、UFOの夏 その2』の「十八時四十七分三十二秒・後編」のラストで身悶えしとけ。 上記の文章を書いて随分経ってから『イリヤの空 UFOの夏 その3』が発売。これまた身悶えしとけ。「その1」「その2」がセットで多分「その3」「その4」がセットになっている構成だと思われるので感想は「その4」が出てから追加する。するけれども。取り敢えず「その3」まで買って読んで身悶えしとけ。浅羽格好良過ぎから。
(2002年8月1日更新)
(2002年9月15日追記分を更新) |
| 「おれはミサイル」秋山瑞人(『SFマガジン 550号』『SFマガジン 553号』所収) |
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老朽化した自律型の全翼機【愚鳥(ドードー)】搭載のAIである「私」は、どことも知れぬ【大空(たいくう)】で何百年にも渡って戦い続けてきている。彼らの間では既に地上は伝説と化していた。あるとき、自分の内側から謎の声をきいたドードーはその正体を探る。「私」が目撃したのは、レーダーホーミングミサイル11発と、IRホーミングミサイル4発が、各々の誘導哲学について議論している様子だった――。 秋山瑞人にしてはお上品な作品。と言うと失礼だろうか。非常にバランスがよく、それだけに物足りない感じも少しするが、小綺麗にまとまっている。まあでも、何と言っても設定が好きである。 それにしても秋山瑞人は短編でもやっぱり秋山瑞人なわけで、本作品にもちらほらと秋山瑞人が見え隠れしているわけである。例えば、【愚鳥】がミサイルたちを最初に目撃した場面とか。 > 『認識せよ! 貴様の名前は!?』 > 『IRMアイスハウンド IFF09270-04でありますっ!!』 > 『声が小さいっ!!』 > 『IRMアイスハウンド IFF09270-04!!』 > 『声が小さいっ!!』 > 『IRMアイスハウンド IFF09270-04!!』 > 『貴様の誘導哲学を言ってみろっ!!』 > 『IRパッシブでありますっ!!』 > 『その方式を最初に提唱したのは誰か!?』 > 『古の哲人、サイドワインダーでありますっ!!』 > 『彼の誘導哲学の核心とは何か!?』 > 『オフ・ボアサイト攻撃におけるサイドワインダーの三段論法! > すなわち「索敵(サーチ)」、「認識(ロック)」、「誘導(ホーミング)」でありますっ!!』 > 『声が小さいっ!!』 > 『サーチ、ロック、ホーミング!』 > 『声が小さいっ!!』 > 『サーチ、ロック、ホーミング!』 まあ、こんな愛らしくもむさくるしいミサイルたちはあくまでもミサイルなのであって、敵機を撃墜すること=如何にして格好よく死ぬことができるか、を第一義として生きていくのに対し、何百年も戦い続けている【愚鳥】は自己の生存を図ることを最優先指令として忠実に守りつつけているため、お互いの思想は相容れないものがある。それでもやはり何ていうか、英雄は英雄を知るっていうかまあそんなに格好良いものではなくて、漢は漢を知る、くらいな感じで、漢たちの熱き友情とか漢たちの死に様を語っていくわけなのだ。ページ数の都合のためか、書き込みが少ない気もするものの、読んでいて楽しい。是非とも短編をがしがし発表していってほしい。 まあ、ただ短編も欲しいけれども、もう数年もファンを待たせている『E.G.コンバット』といつも読者の予想の斜め上をいく『イリヤの空、UFOの夏』を先に完結させてください、秋山さん。 それにしても秋山瑞人は知性をもつ人間外のものを書くのがうまいなあ。
(2003年2月13日更新)
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