Barrrington J. Bayley


『スター・ウィルス』バリントン・J・ベイリー/大森望・訳(創元SF文庫)

 もったいないもったいない。

 いわゆる「SF」と呼ばれるような作品を「SF」と意識して読んだのは、多分バリントン・J・ベイリーの『時間衝突』だったと思う。それまで、海外SFには全く手を出しておらず、一度何かしらを読んでみようと思い、なんかいいのないッスかとWandererさんと川嶋さんとに聞いたところ、ベイリーの『時間衝突』の粗筋とともにこれなんかはどうだろと他の数冊の本と一緒に薦められて、おおそりゃいいと思って読んでみたのだった。確か。

 そんなこんなで、海外SFとのファーストインパクトになってしまったのが、ベイリーSFであったわけなのだけれども、それ以来私にとってSFと聞けばベイリーSFが真っ先に思い浮かぶようになっているわけであったりする。

 それでは一体ベイリーSFとはどういう作品なのだ、と言われるとちょっと困ってしまうのだけれども、一般に「ワイドスクリーンバロック」などという大仰な呼ばれ方をしているバリントン・J・ベイリーの作品は、もっとくだけた言い方をするとバカSFなのだと思う。荒唐無稽でぶっとんでいて何じゃそりゃって言う展開になったり何じゃそりゃっていう小道具が出てきたりするのだけれども、でもストーリーとか展開とか世界観とかはぶっとんでいるにもかかわらず何だか納得させられてしまう独特な理論を構築していたりとそういうところは結構科学的でそういう意味ではガチガチのサイエンスフィクションでもあるだろうけれども、またその一方では人生哲学や服哲学などの哲学的な一面も見せその意味では思索SFと言っても過言ではない。まあ、一言で言い表すならば科学と哲学を融合させているバカSF、なのだと思う。
 ちなみに「ワイドスクリーンバロック」を私なりに意訳してしまうと「壮大なホラ話」だと思うのだけれども、しかしこう意訳するとベイリーSFはSFとしてけっこう王道だったりするのかもしれないとちょっと思えてきた。

 ということで、バリントン・J・ベイリーの作品群は私のSF観を作り上げてしまった大きな原因の一つなのだけれども、『時間帝国の崩壊』を除いて(これがなかなか見つからない)、手に入る範囲でまだ読まずに残っていたのがベイリーの処女長編である本書『スター・ウィルス』だったのだ。で、ついにこれも読んでしまった。

 処女長編だけあって荒削りな面もあるけれども、しかしまごうことなきベイリーSFである。いやまあ、ベイリーの作品で荒削りではない作品は何かと聞かれるとちょっと困るんだけれども。なんか荒削りがどうこう言うところを突き抜けたような作品が多くて。

 まごうことなきベイリーSFであるわかりやすい証明としては、やはり魅力溢れる登場人物たちだろう。アナーキーな主人公と脇を固める登場人物たちはどいつもこいつもシニカルで、なおかつラリっているとしか思えないようなのからイカれちゃっているような奴までいろとりどりのキチガイたち。ひとまずベイリーSFにはまともな人間(とロボット)は出てこないと断言して良いだろう。我らが愛すべきキチガイたちは何とも魅力的であることもここに書いておこう。

 ただ、本書が他のベイリーSFと違うのが筋のわかりやすさだ。何とベイリーSFなのに普通の粗筋が一文で書けてしまうのだ(ベイリーSFを読んだことがない人にはわからないと思うけれども、これはかなりすごいことなのだ)。ということで、粗筋を一文で済ませてみる。

宇宙海賊である主人公が、銀河を人類と二分する異種族の宝物を奪い繰り広げられるスペースチェイサー。

 ……いやあ、つまらなさそうだ。全然読む気が起きない。なんかどこにでもありそうでどっかで読んだことがありそうな粗筋だしなあ。とまあ、ものすごく大雑把な粗筋を書くとどこにでもあるスペオペにしか聞こえないのだが、そこは我らがベイリーのことだから、それだけでは終わらない。その異種族の宝物、【レンズ】が一体何の役に立つのか、を主人公ロドロンが解明していく過程では、ベイリー哲学とでも呼べる哲学が語られているし、科学的にも――とこちらはネタばれに直結するので書けないのだがベイリー的な宇宙理論を書いており、科学と哲学を融合させている。ラストで明かされる【レンズ】の正体は――まあこれが本書のネタなので書くことはできないけれども、驚かれることは間違いない。
 次から次へと出てくる小ネタもわんさかあって、ページを捲る手を止めることができないのは保証する。電車の中で読み終えられるかなと思ったら駅に着いちゃって、しかしもう少しで読み終わるのにここでやめるなんて生殺しだし帰り道歩きながらなんて読めないわけで寒風吹きすさぶホームでむりやり読み終えてしまった。

 処女長編ということもあり、ベイリーにしては珍しく錯綜しないので、実はベイリー初心者の方にもオススメかもしれない。やっぱベイリーは良い。オススメ。初めて海外SFを読まれる方は是非、ベイリーを!

(2003年3月14日更新)
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『時間衝突』バリントン・J・ベイリー/大森望 訳(創元SF文庫)

 SF。異星人の襲撃により、文明の遺産が悉く失われた遥か未来の地球。異星人が残した遺跡を調査していた考古学者ヘシュケのもとに、驚くべき資料がもたらされた。300年前に撮られた一枚の写真。そこには現在よりもはるかに古びた遺跡の姿が写っていた。これはなんらかの詐術か。それとも、遺跡が徐々に新しくなっているというのか? タイムマシンで300年前の過去へと旅立った彼らが見たものとは? 
 
 時間SFの怪作である。というか、ぶっちゃけた話、バカSF。ここまでの粗筋も時間SFとしてはそう陳腐なものではないはずであるが、ここからがまた凄い。いや、ここまでの粗筋は100ページほど使われるのであるが、プロローグにしか過ぎず、この後はもうしっちゃかめっちゃかである。なんでそこでこんなものが出てくるのか、と思って読んでいくと、なるほどこう繋がるのか、と納得させられる。
 ここまででもナニではあるのだが、この作品に関してはこれ以上、あまり何も知らずに読まれた方が良い。良く言うと「豪腕」なこの作者に振り回されて頂きたい。

 時間SFといえば、「どうやってタイムトラベルができるのか」や「時間とは何か」「タイムパラドックスは起こりうるのか」が問題となるが、この作品の「時間とは何か」は……読んで頂きたい。正直、私にはいまいち理解できなかった。いや、凄いことはわかったのだけれども。まあ、これはもう凄いから是非。凄くバカ。

(2001年12月3日更新)
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『禅<ゼン・ガン>銃』バリントン・J・ベイリー/酒井昭伸・訳(ハヤカワ文庫)

 人にはバカSFが読みたくなる時というものがある。もう頭を全然使わずにただただ「なんじゃこりゃあ」と思いながら本を読みたい時、というものがある。きっとある。あるはずだ。こらそこ、SF読まないとかいうな。

 ということで、もうバカSFと言えば確実に出てくるというか出てこざるをえないというのがバリントン・J・ベイリーである。もうただひたすらお馬鹿。しかも説得力があるお馬鹿。頭が良いお馬鹿ってのが一番手に負えない気がする。

 粗筋というか世界観の説明をしようかと思ったものの、一体何処からどのように手をつければいいのかさっぱり皆目まるっきり見当がつかない。ちょっとだけ努力してみるか。

 非常に頽廃した銀河帝国を舞台に、知性を植え付けられた動物とかキメラとかが出てきて、〈小姓〉という名前の史上最強の戦士が出てきて、どのようなものか一切が謎の伝説の武器〈禅銃〉が出てきて、気体生物が出てきて、移動要塞都市が出てきて――。
 あー、だめだ。説明が全くできない。というよりも説明することをおもいっきり放棄したくなる気分になる。あー、もう。これだからベイリーは。

 しかも、出てくる疑似科学がこれまたそれっぽいのだ。全くと言っていいほど科学的知識がない私みたいな読者にとっては、もう鵜呑みにしかねない〈後退理論〉なんてものを持ち出されると思わずふむふむと納得しそうになってしまう。あー、またベイリーに騙されたー。

 そしてその疑似科学を使ったストーリーがこれまた凄い。もう最初からテンション上げっぱなし。その異常なテンションが下がることは一切なく、ずっと高いままで息をつく暇もないままラストまでいってしまう。250ページを一気に読みきってしまうのは間違いない。

 読み終えたら一気に疲れること間違いなし。疲れたいやつはベイリーを読め! 
 ……あー、疲れた。

(2002年11月24日更新)

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