Edward Carey

『望楼館追想』エドワード・ケアリー/古屋美登里・訳(文藝春秋)

 フリークスたちの物語。

 〈望楼館〉と呼ばれる、古い邸宅を改築したおんぼろの集合住宅を舞台に、〈望楼館〉の住人たちが繰り広げる群像劇。――フランシス・オームは如何にして手袋を付け始め、如何にして手袋を外す決意をしたか。

 フリークス――にはまあ、姿形が異形のヒトたちという意味もあれば、変人程度の意味もあるし、偏執狂という意味でも使われるけれども、本書の登場人物たちはそれら全てが当てはまると言って良いだろう。奇妙で、奇抜で、奇天烈な住人たちが語る彼らの物語は奇異で、奇怪で、奇特だ。しかし、本書を読んでいるとそんな奇妙な彼ら――フリークスに惹かれる自分を見つけてしまう。

 何故自分がフリークスというものに惹かれるのかは正直よくわからない。それは多分自分が全く持っていないものをフリークスがもっているからで、またその一方で、自分のある一面を拡大したものをフリークスがもっているから、なのだと思う。多分。

 そして、本書に出てくるそのフリークスの中で、一番ページが割かれているのは主人公フランシスだ。

 本書の主人公フランシスは常に白い手袋をしている。
 本書の主人公フランシスは蝋人形館で働いていた。
 本書の主人公フランシスは蒐集家である。

 一体、どうしてフランシスは常に白い手袋をしているのか――。手を汚したくないから、ではない。その白い手袋さえも汚したくないのだ。では、一体どうしてフランシスはいつも白い手袋をしているのか――。

 一体、フランシスは蝋人形館でどのような仕事に就いていたのか――。蝋人形館の守衛や受付などで働いているわけではない。〈蝋人形〉として働いていたのである。本書でのキーワードともなる〈外面の不動性〉と〈内面の不動性〉をもつ、半蝋半人のオブジェとして――。

 一体、何をフランシスは蒐集するのか――。使いかけの鉛筆、シャンデリアについていたクリスタル・ガラス、タペストリーの端切れ、年季の入った定規、犬の首輪――。フランシスは、他人の愛情がかけられた、その対象物のみを蒐集する。偏執狂と言えるほどの執念を持ちながら蒐集する。他人のモノをどうやって、そして何故蒐集するのか――。

 陰鬱な主人公の語り口はもちろん暗く、周りにいる〈望楼館〉の奇妙な住人たちの性格もその過去も起こっていく事件もその全てが奇妙で、何とも陰鬱なイメージが全ページを通して描かれている。しかし、そのストーリーには何故か不快感がない。読み進むにつれて、奇妙な住人たちに対して親近感を抱き始め、老朽化しておんぼろの〈望楼館〉に愛着が湧いていく。ヒトを惹き付ける何かを魅力と呼ぶのであれば、本書の登場人物たちは魅力溢れるヒトビトであると言って良いだろう。

 不思議な小説が好きな方々に対して、望楼館の住人たちの物語――その中でも特にフランシス・オームの物語をじっくりと味わってみることをオススメしてみたい。

(2003年8月30日更新)

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