Alexandre Dumas


『モンテ・クリスト伯 全七巻』アレクサンドル・デュマ/山内 義雄(岩波文庫)

 > 待て、しかして希望せよ!


 一応は感想を書き綴っているサイトを持っている身で、こんなものを読まされたら感想を書かずに済ませることは許されないだろう。古典の中の古典にして、復讐譚の中の復讐譚。古今東西のさまざまな作品がインスパイアされ影響を受けオマージュとしてきた『モンテ・クリスト伯』。前途有望な船乗りエドモン・ダンデスが周囲の人々の悪意と運命の悪戯とにより十四年の間牢獄に入れられ社会的に抹殺されるところから物語は始まる。その後、艱難辛苦の末の脱獄と莫大な財宝の発見とにより、エドモン・ダンデスはモンテ・クリスト伯として蘇り、パリの社交界へ颯爽と乗り込み注目を浴び――そして、復讐の幕は切って落とされる。

 伯爵による復讐は壮大にして緻密な計画に則って執行される。それは一般的な〈復讐〉という言葉から想像されるような陰惨なものではない。優美にして華麗。壮大にして周到なるその計画は標的を狙い定め徐々に徐々にその輪を狭め、標的が逃げられないところまで追い詰めたその最後に、極限まで引き絞られた矢が解き放つ。

 この作品に限って言えば〈ご都合主義〉という言葉は侮蔑的な意味ではなく、作者アレクサンドル・デュマに対する賞賛の言葉となってしまうだろう。モンテ・クリスト伯の計画と同じく、壮大にして綿密、雄大にして緻密なる構想のもとに進んでいくこの物語は、全七巻という大河小説にもかかわらずまったく読者を飽きさせない。次々と出てくる魅力的なキャラクタに引き起こされる奇怪な出来事、それら全ての出来事が伏線となって完成されていく伯爵の復讐。人々の善意と悪意、執念と妄執がもつれ絡まりあって生み出すその長い長い物語を倦ませず飽きさせずラストまで読ませてしまうデュマの手腕――豪腕に対して、〈ご都合主義〉という言葉は賞賛の言葉にしか成りえない。

 時代背景を見事に用いた舞台設定、魅力的なキャラクタ造形、波乱万丈なプロット、ご都合主義に続くご都合主義、血湧き肉踊るクライマックス。これぞまさにエンターテイメント。

 さあ、幕を上げよう。運命の悪戯と人々の悪意から産み出された無実の罪により十四年の長きに渡って牢獄に入れられていたモンテ・クリスト伯によるエンターテイメントの始まりだ。さあ、幕を上げろ、照明はどうした、音楽を鳴り響かせろ。モンテ・クリスト伯による華麗なる復讐の始まりだ。

(2005年2月13日更新)

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