Edward Gorey
| 『ギャシュリークラムのちびっ子たち』エドワード・ゴーリー/柴田元幸・訳(河出書房新社) |
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えーと。何ていうか、絵本。 図書館から「予約が入ったから延滞している本を返せ」という電話をもらい、いそいそと一番近くの図書館に返しに行った。っていうか、群像と随分前のSFマガジンなんか予約すんなよ、誰だか知らんけど。いや、延滞してたのは私が悪いんだけれどもな。で、返して一安心したついでに何かおもしろそげな本はないかいなと探してみる。とりあえず日本SF新人賞をとった井上剛『マーブル騒動記』(徳間書店)を見つけ、新刊が出るらしいしゲド戦記でも読み直すかと思い、児童文学の棚へ行ってR・K・ル・グ=ウィンの『ゲド戦記』(岩波書店)を借り、まあ特に借りたい本があったわけでもなし小さな図書館だから今日はこんなところかなと思って、ふと『ゲド戦記』があった棚の隣の棚を見たらエドワード・ゴーリーの絵本が置いてあった。そうそう、そういえば、一度読んでみたかったのだ、とついでに借りて家に帰ってきたのだけれども。 これが何ともすごい絵本だったのだ。 表紙には、黒い傘をさし、黒い外套に黒手袋、黒い帽子を被った死神らしき骸骨と、多分26人のギャシュリークラムの子どもたち。裏表紙には多分26個ある墓。何とも不気味な絵本だなあ、と思って読み始めると、AからZまでの数え歌だった。 しかし、これが単なる数え歌じゃない。その頭文字の子どもたちがそれはもうありとあらゆる死に方をしていくのである。Aのエイミーがかいだんからおちるところから始まり、まさかりでぐさりとやられたり、モモでちっそくしたり、ねずみにかみころされたり。最後Zのジラーがジンをふかざけをして死ぬところで終わるのだが、本当にそれだけの絵本なのだ。子どもたちが一体何をしたからこういう恐ろしい運命に遭ったのか、とかそういう説明はまったくなく、とりあえず子どもたちが何とも恐ろしい死に方で死んでゆく。 しかし、これが魅力的なのも確かなのだ。くちずさんでみると何とも言いがたい独特な響きになって、隣のページを見ると何とも言いがたい独特な絵があって。 モノクロの絵には、死んでいる場面から、死んだ後の場面、死ぬ間際の場面までいろいろあるのだけれども、どれもこれも子どもたちの顔には表情がなく生気がない。表情のない子どもたちが淡々と死んでゆく。別に運命として受け入れているわけでもなく、驚きがあるわけでもなく、もう、本当に淡々と死んでゆく。 とまあ、何とも陳腐な感想になってしまうが、この本を読んだ時の何とも表現しがたい感動というか気持ちというか何というかそういうものは何とも言葉にしがたいものがある。是非とも読んでみて頂きたい。 しかしまあ、いつもはこういうこと思わないのだけれども、こういう本を児童書の棚に置いちゃいかんと思う。小さい子は泣き出すぞ、これ。
(2002年10月28日更新)
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