Erich Kastner

『一杯の珈琲から』エーリヒ・ケストナー/小松太郎・訳(創元推理文庫)

 時は第一次世界大戦。ドイツに住むゲオルグは友人のカールに誘われて、オーストリアで行なわれる祝祭に行くことにする。しかし、為替管理法によって、海外に持ち出せるお金は10マルクだけ。しかも申請に時間がかかる。これは困ったとゲオルグは、国境近くのドイツの宿をとり、オーストリアへは無一文でその宿から通うことにする。珈琲いっぱい飲むのにもカールのお金を借りることに。ドイツでは金持ち、一歩国境を跨いだオーストリアでは無一文、という生活を楽しむゲオルグだったが、ある日喫茶店で珈琲を飲んでいたらカールが来ない。頼りのカールが来ないことには無一文だから払う金がない。ああ困ったどうしよう。そんなゲオルグを救ってくれたのは、コンスタンツェという若く美しい女性だった。ゲオルグは一目で恋に落ちる――。

 非常にストレートな恋愛小説です。ゲオルグとコンスタンツェを中心にホントに「イイヒト」って感じのキャラクターばかり出てきて、ベタベタだねって感じの恋物語が進められます。その中にはヒトの悪意だとか嫌味だとかはまったくなく、心の底から温かく、陽気になれるストーリーが綴られていきます。
 それにしてもすごいのはもうホントにいいヒトしか出てこず、ゆったりまったりと話が進むのに、話がまったく薄くなっていないところ。かなりの力がないとできないのではないでしょうか。軽妙で、優美で、瀟洒で、上品で、洒落ていて、温かくて。200ページにも満たない作品に、これだけの温かさを包んでみせたケストナーに拍手。wunderbar!!

 いいもの読んだなと思える作品ってのはなかなか読めないのですが、本書はそんな中での稀少な1冊。オススメです。ということで、もうちょっとケストナーを読んでみることにします。ケストナーを紹介してくださった冷中さんに感謝感謝。ありがとうございました。

(2003年11月10日更新)
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『雪の中の三人男』エーリヒ・ケストナー/小松太郎・訳(創元推理文庫)

 ハズレじゃないヤツを読みたい時は読むといいよ、と友人に言われて読んでみたケストナー。やっぱりハズレじゃなかったよケストナー作品感想第二弾。どどん。「雪の中の三人男」。

 懸賞で「高級ホテル十日間滞在の旅」に当たった百万長者と失業青年。金持ちの生活に飽き足りた百万長者は貧乏人のふりをして、そして失業青年は一応恥ずかしくない格好をと一張羅でホテルへ向かう。ところが、「貧乏人のふりをした大金持ちがやってくる」という噂が流れたホテルでは失業青年をその大金持ちだと勘違いして――。どどどん。

 まあ、その後は想像通りのどたばた騒ぎな喜劇が繰り広げられるわけで。お約束と言えばお約束だけれども、でもお約束ってのは書ききるのが難しいものじゃないのかなと最近思ったり思わなかったりするのだけれども、どうだろう。いや、どうだろうって聞かれても困るだろうけれども。
 まあそれはさておき、お約束なものを書ききるのも難しいけれど、ユーモア小説ってのもやっぱり難しいものだと最近思うわけで、ユーモア小説の難しさってのは、笑いを求めようとして下品になったり野卑な部分が出てきてしまったり、風刺が強すぎて笑えないものになってしまったり難しいものになってしまったりするところだったりするんじゃないかと思うのだけれど、その点ケストナーはわかりやすいし、下品さはないし、愛嬌はあるし、あたたかい。

 何はともあれ、ユーモア小説に対して多くの言葉はいらないと思う。小難しいことは考えずに一気に読んでああおもしろかったと思えばそれでいい。ハズレがない作品を読みたい時は、本書を含むケストナーのユーモア三部作を読んでみて欲しい。きっと、あたたかい気持ちになれるはずなんじゃないかと思ったり思わなかったり思うそぶりをしてみたりするのだけれども、どうだろう。いやだから、どうだろうって言われても困るだろうけど。
 オススメです。

(2003年12月15日更新)
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『消え失せた密画』エーリヒ・ケストナー/小松太郎・訳(創元推理文庫)

 ユーモアミステリ。

 30年間こつこつ地道にやってきた肉屋が突然イヤになってコペンハーゲンへ家出していた肉屋の親方キュルツが、ひょんなことから美術品収集家の秘書をしているオキャンな娘、イレーネ嬢に会います。世間ではちょうど骨董品の盗難事件が世間を騒がしており、高価な密画をドイツに持って帰らないといけないイレーネは親方に協力をあおぎ、優しい親方はよしきたと請け負います。でも、その二人の背後には盗賊団と何とも怪しげな青年の姿がちらほらと見え隠れ――。

 型どおりのお話にユーモアとサスペンスとを振り掛けて、最後に話をまとめていっちょあがり、とケストナーは読者の前に物語を出してくれます。それは別に高級レストランでしゃっちょこばって食べるような豪勢な料理でもなければ、あやしげな食堂でおそるおそる食べるようなゲテモノ料理でもなく、町の定食屋さんでたまに食べたくなるような何気ないけれど隠れた名店の味ってこんな感じなのかなって思えるような料理をケストナーは出してくれます。フツウといえばフツウだけれど、独特な風味が効いていてやっぱこの店は他と違うねいやあこれ美味いねおやっさん、と常連になりたくなるような味。

 スパイスに使うミステリ風味も極端なものじゃなく、悪党役として出てくる盗賊団もそもそもボスが血なまぐさいのが嫌いなヒトなのでまったくイヤな感じはせず、後味もすっきり。
 キュルツ親方を筆頭に登場人物の誰しもが型どおりのコメディタッチのドラマのごとく、善人は根っからの善人で、悪党はちょっと抜けてる悪党で、警察はちょっと間抜けな警察で。特に親方の喋り言葉は、現代でこんな喋り方するヒトはいないんじゃなかろかって感じの古めかしい感じの、田舎の大将って感じの喋り方なんだけど、もうこれがぴったり。30年以上前の翻訳だけどまだまだ新訳は出して欲しくない。小松太郎さんに拍手。

 うんうんそうそうユーモアミステリってこんなんだよねと思えるような作品。オススメです。

(2004年01月18日更新)

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