川端裕人
| 『夏のロケット』川端裕人(文藝春秋) |
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ロケット小説。 本書の粗筋はいたって単純である。 ロケットを飛ばす話。 「宇宙」やら「ロケット」やらにちょっと興味を持ったことがある人は是非読んでみて頂きたい。 設計の専門家である「教授」、製作の一流技術者「剛士」、大商社の第一線の営業マンである「北見」、旬のミュージック・アーティスト「氷川」。そして、科学部の新聞記者である主人公「高野」。高校時代、非合法のロケット部に属していた5人が再び集まってロケット作りを始める。様々な妨害が入りつつも、着々とロケットを飛ばすことを目指していく5人。果たして、ロケットをあげることはできるのか――。 のめりこむように一気に読んでしまった。物語の冒頭は「蒲田で爆発事故。ミサイル弾製造か?」というところから始まる。「テロリストがミサイルを製作しているのではないか」と、主人公高野が追う内に、また一方で高校時代の友人たちが何かしているらしいことを高野は嗅ぎつける。 実際、ミサイルとロケットとは表裏一体である。ドイツの科学者フォン・ブラウンも資金繰りなどの問題から、ナチスの新兵器開発に協して、V-2号というミサイルを開発する。実際、イギリスに対してミサイルは飛ばされ、非常に多大な数の死者負傷者が出た。が、また一方で、フォン・ブラウンはその後、月ロケットも開発することになる。ミサイルとロケット、二つの歴史は同じ道を表から、そして裏から歩んでいるものであり、隠してはいけない暗い過去がある。本書ではそのことについても多く触れられている。 が、実際はロケットが飛ぶまでの話を楽しめばよいわけだ。多分。いや、いけないのかもしれないけれども、ロケット飛ばす話を読んでいると胸が躍る。 あ、でも胸が躍るだけでなく、ロケットを飛ばすことの大変さとかもよくわかる。 ラストに関しては好き嫌いが分かれると思われるけれども、私は好き。こういう終わり方は非常に好き。果たして、皆さんは――? あ、後。単行本版の表紙に関しては色的にちょっとどうだろう、と思ったのだけれども、文庫版の表紙は中々です。微妙にネタばれしているけれども、読まないとわからんしな、あれ。 本書に触発されて描かれた、あさりよしとお『なつのロケット』(白泉社ジェッツコミックス)は小学生がロケットを打ち上げる、という話。実際に小学生でも作れるらしい。凄えッス。 ちなみに昨今は結構宇宙漫画(なんじゃそりゃ)の秀作が出ていてどれもこれも面白いです。太田垣康男『MOONLIGHT MILE』(小学館ビッグコミックス)や幸村誠『プラネテス』(講談社モーニングKC)あたりはぴかいち。是非。 ロケット初心者(どんな初心者だ)にはあさりよしとお『まんがサイエンスII ロケットの作り方おしえます』(学習研究社ノーラコミックス)が一押し。正直、私としては、これを超えるロケットに関するフィクションはない感じ。ロケットの歴史と、ロケットがどうして飛ぶのか、がこれほどわかりやすく、なおかつ楽しみながらわかるフィクションは結構ないです。「五年の科学」、「六年の科学」を馬鹿にするなかれ。 ま、「ロケット」という言葉を聞くとちょっとでも反応してしまう人は是非。
(2002年8月1日更新)
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| 『リスクテイカー』川端裕人(文春文庫) |
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> さあ、マネーを稼ごう。 > 他の連中が百回生きたって、稼げないような額を。 川端裕人の長編小説の中で一番衝撃を受けたのが本書『リスクテイカー』だった。「マネーって何だろう」なんてことをぜんぜん考えたことがなかった20歳の自分に本書は衝撃を与え、しかしその衝撃を与えられた時には読み終えてしまっていた。ヒットエンドラン。 川端裕人のすごいところは、そのスリリングな命題「マネーって何だろう」ってのを、スリリングな経済小説としても成り立たせてしまうところだ。ヘンな学者センセイに「マネーの起源とはそもそも〜〜」みたいなところから始められてしまうと寝てしまうだろうけど、アジア通貨危機・ロシア危機、ユーロ誕生と我々が生きる時代に起きた実際に起きた経済問題を舞台に、最先端の経済物理学を携えた三人の若者が数億、数十億、数百億のマネーを手にして、世界を相手にする、だなんてスリリングなストーリーを読まされちゃ寝るわけにはいかないじゃないか。そして、この巨額のマネーを手に彼らと一緒に歩む道の先、マネーゲームのその先に見えるものがこれまスリリングだ。彼らが見つけたもの。道の先に見えるマネーの本質。それこそが本書でもっともスリリングだ。だってそうだろ。もしこんな本を日本全国会社勤めでお疲れのおとっつぁんから塾帰りで忙しいおじょうちゃんまで1億3000万人みんな読んだら、もうこんな経済社会なんて成り立たないじゃないか。 本書を通して川端裕人は「マネーって何だろ」って疑問を読者に投げ付け、マネーの時代に生きる我々を「時代」と向き合わせる。そして、「マネーって何だろ」という問いと答え(というか、たぶん問いと答えはイコールだ)に直面する読者は悩み、悩み、悩みぬいた結果、それを考えないようにせざるをえない。だってこんな時代に生きるヒトビトは、そんなこと考えてたら日々の生活が成り立たないのだから。もうちょっと生活に余裕が出てきたら(それが何百年後かはわからないけれど)、「マネーって何だろ」ていう問いに向かい合えるようになるかもしれない。 だから、とりあえず私はまだまだ「マネーって何だろ」っていう問いとは直面しないつもりだ。ただ、これからもたまに思い返そうと思う。それはたぶん、この時代に生きている者として必要なコトなんじゃないかなとまあ少しは思うからで、そういうことを問い返さないと、時代の波に飲み込まれてしまうんじゃないかとすこし思うからだ。時代の波をかっこよく乗りこなせない自分には、見苦しくもがいてかっこ悪くあがいて、せめて時代に飲み込まれないようにしたいと思うからだ。でもまあそればっか考えたら生活できないから、これから働き始める私にとって「マネーって何だろ」っていう問いはとりあえず棚の上に乗っけておこうと思う。たまには棚から下ろして考えてみようと思うけれど、今はまだ棚の上に。 さあ、マネーを稼ごう。
(2004年01月28日更新)
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| 『The S.O.U.P (ザ・スープ)』川端裕人(角川書店) |
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情報小説にして、ハッカー小説。 ある日、ネットワークに大規模な経路障害が発生した。クラックされたウェブサイトには、「経路障害を起こしたのは我々であるという」犯行声明が。EGGというネットワークテロ組織は、実体も構成人数も把握されていない。全世界で大ヒットしたオンラインRPG「S.O.U.P」の開発者として知られ、その技術力から魔法使い(ウィザード)とも呼ばれる天才肌プログラマーの周防は、EGGを追うことになる――。 現在、インターネットの劇的な普及から、サイバースペースとリアルスペースの差をどこに求めるのか、という疑問がわきあがっている。 本書では、インターネットの成立背景を通し、ハッカー文化の精神性、サイバースペースとリアルスペースの差、に関しての疑問がぶつけられる。 本書のメインとなるのはネットワークゲーム『The S.O.U.P.』の世界。その世界観が『指輪物語』と『ゲド戦記』とでできているところが魅力の一つだ。仮想世界で繰り広げられる物語世界。アナログとデジタル。 インターネットと人工知能・人工生命を絡めたアイデアの小説は、最早珍しいものではない。そういう意味において、本書『THE S.O.U.P.』は珍しい作品とは言えない。しかし、本書は珍しい。 多分、今までそういうアイデアはどちらかと言えば、SF方面から見て書かれたものからだったためだろう。本書はどちらかと言えば、SFよりも風俗小説、としての一面が大きく、インターネットが置かれている位置もかなり違う。 また、技術的な違和感がない。私は、コンピュータには全く詳しくないので実際はどうかはわからないが、多分、ほぼ現存の技術力でできることしか書かれていないのだと思う。かと言って、技術的な側面を描くだけでなく、ストーリーもしっかりとしたものになっている非常にバランスの取れたものとなっている。 ただ、正直な話、やはり川端裕人の作品は非常にノンフィクション的な感じがしてしまうのも確かだ。それが良い悪い、ではなく、そう感じられてしまう。インタビュー記事などを読む限りだと、作者はさほど自覚的ではないようだが。情報の詰め方とか。説明の仕方とか。 中々考えさせられる一作。インターネット、ネットゲームに興味がある方は是非。
(2002年8月1日更新)
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| 『竜とわれらの時代』川端裕人(徳間書店) |
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堂々たる恐竜小説。 実は本書を読む前にロバート・J・ソウヤーの『さよならダイノサウルス』を読んでしまい、そこで恐竜に対する思いはちょっとだけ書いてしまったのを、今にして後悔している。あれは書くならば本書の感想でこそ書くべきものだった気がする。ま、いっか。 川端裕人は強欲だ。本書において、川端裕人は〈テトリティタン〉という架空の竜脚類の恐竜を出現させる。この未知の恐竜発掘が本書の主流であるのだが、またその一方で、原子力発電所についての調査が進められていく。他方ではイスラム原理主義テロ組織「ファトワ」と、それに対するキリスト教福音主義組織も出てくる。アメリカ主義についての問題も出てくれば、日本の共同体組織に関しての論点も出てくる。もうこれでもかこれでもかと川端裕人は現在の社会における問題点をこの小説に詰め込んでいる。しかし、その大量の情報量をぶちこんでいるにも関わらず、物語に破綻はない。読み辛さもない。川端裕人の小説は「ノンフィクション的」と呼ばれることがあるが、これほどの褒め言葉はないだろう。下手な新書を一、二冊読むよりも、本書を読んだ方が恐竜発掘だけでなく恐竜全般について詳しくなれることは間違いない。しかも、この情報量の多さにもかかわらず、ストーリーテリングも見事なもので、読み辛さはない。もっと大衆に受け入れられて良い作家だと思う。 まあ、今回はちょっと詰め込みすぎな感じがしなくもないのだけれども。 本書において、特に主人公というものはなく強いてあげれば〈テトリティタン〉が物語の中心にどっしりと構えている。〈テトリティタン〉を巡る多種多様な人々の視点がぐるぐると代わりながら話は薦められていくが、それは全く読みづらいものではなく、逆に読者に事件の全体像を見せるのに極めて役立っているものだ。うまい。 もっとも味があるのが〈文ばあ〉の存在だろう。事件が起きて他の登場人物たちがあたふたと駆けずり回っている間、〈竜神〉さまの堂守をする〈文ばあ〉は「ありがたいにゃあ」と言って場を和ませる。ある程度の科学的説明が続き、読者の頭がパンク状態になると〈文ばあ〉が登場しては、「もったいないことでありますにゃあ」などと言って頭を少しやわらげてくれる。きっと〈文ばあ〉は全てお見通しなのだろう。すべてを〈竜神〉さまから聞いて知っているに違いない。 川端裕人渾身の恐竜発掘小説『竜とわれらの時代』。行間からひしひしと作者の恐竜への愛が感じられる一作である。恐竜好きはまず読むべし。
(2002年11月10日更新)
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