川島誠

『800』川島誠(角川文庫)

 官能的青春小説の傑作。

 何故か取ってある雑誌、ってのが結構家に置いてあったりする。私は日ごろそうそう雑誌を買うタイプではないというよりも殆ど雑誌は買わないのだが、たまに買う雑誌は特に捨てる機会もないので、本棚に置いてある。それは例えば、お気にいりの漫画が載っていた漫画雑誌だったり小説誌だったり阪神大震災が起きた時の雑誌だったり科学雑誌だったり『噂の真相』だったり、まあそういうのが少しずつ、ある。その中に日本出版販売株式会社が作った『増刊 新刊展望 Do Book』ってのがある。最近では『Do Magajine』がよく書店に置かれているのを見るけれども、私が持っているのは1994年11月に発行されたもの――2002年の今から数えると8年前の雑誌である。何故こんなものが取ってあるかというと「出版社がすすめる23人の新進作家たち」って企画の中に当時好きだった井上祐美子という作家が入っていたからだ。ちなみに、『セラフィムの夜』を書いたばかりの花村萬月だとか、『日輪の遺産』が話題作だった頃の浅田次郎だとかが載っていたりする。その当時はネットにも繋いでおらず(まあその時期に繋いでいた人はかなり先進的な人だけだと思うけど)、これと言って自分に合うガイド本や『本の雑誌』やら『活字倶楽部』やら『ダ・ヴィンチ』やらの情報誌も知らなかったので、その『Do Book』の増刊号一冊のみを非常に参考にしていた。今までに宮城谷昌光や東直己や村山由佳を読んだのはこの雑誌(というか、PR誌か)のせいだったりする。私としては他のどんなに素晴らしいガイド本よりも役に立った一冊だったりする。

 その中で最後の方に載っていたのが実は川島誠なのだ。マガジンハウスから『夏のこどもたち』『800』『もういちど走り出そう』の三作を出していたのだが、当時は中国ものにかぶれていたから、青春小説なんて、と見向きもしなかった。

 で、その後ミステリを読み始めたり、ファンタジーっぽいのを読んでみたり、SFっぽいのを読んでみたり、中途半端にまあ適当に色々齧ってみていたおり、ネット書評で川島誠の名前を見かけた。この名前は何処かで見たことがある。一体何処だったか――と思い出そう思い出そうとしていたのだが、まあそう簡単に思い出すはずもなく、そのままそんなことは忘れていたのだけれども、数日後本棚の整理をしていたらふと『Do Book』が。おおここにあったのか。

 ところで、読んだ本の中で面白かったものに関して、たまに感想を書いているわけなのだけれども、そんな中にも感想が書き難い小説ってのがあって、どうしてもそういう作品の感想は前置きが長くなってしまうのは勘弁してもらいたい。秋山瑞人の『イリヤの空、UFOの夏』なんかもその一つだったのだけれども、別に面白くないわけではないのだ。どちらかといえば、その逆で、面白かったから何を書いたら良いのかわからないのだ。何というか読み終わった後、身悶えしたくなるような作品って感想が書きづらかったりする。

 ――なぜ八〇〇メートルを始めたのかって訊かれたなら、雨上がりの日の芝生の匂いのせいだって答えるぜ。


 本書は陸上の800mを走るTwo Laps Runnnerたちの話だ。本書の主人公中沢と広瀬は、まっすぐに、ただひたすら800mを走る。そこには晴れ渡った青空と雨の匂いのする芝生と躍動する肉体と飛び散る汗以外は何もない。
 対照的な二人の主人公が交互に自分の物語を語っていく。それは気になる女の子のことだったり、障害のことだったり、自分の家のことだったり、それら全てだったりする。しかし、800mの上ではそんなものは全然関係ない。ただ黙々と、ただがむしゃらに走るだけだ。

 本書に出てくる800mの様子がこれまた秀逸で、私は陸上のことは全然知らないけれども、走りながらの駆け引きや、走っている間の苦しさや楽しさや。読んでいるだけで、こちらもワクワクドキドキしてしまう。青空と芝生のコントラストが映えるトラック。雨の匂いが薫る芝生をぐるりと取り囲むコース。がむしゃらに走る中沢。機械的に黙々と走り続ける広瀬。なんだか中沢と広瀬がすごく羨ましくなる。

 機械的な広瀬と、直情的な中沢。対照的な二人を出して、交互に語らせる構成は巧い。だれることなく、逆にテンポ良く進むその物語は、途中で辛いこともあるし、楽しいこともある。様々な事柄が絡まり合いついには収束していくラストの二人の800m対決で、物語はさらに加速する。あたかも800mにおけるラストスパートかのように。

 読み終えたらすぐに走りだしたくなる一冊。オススメ。

(2002年8月6日更新)

離れ茶房<書斎>へ
『セカンド・ショット』川島誠(角川文庫)

 ――電話がなっている。君からだ。


 今朝読んだ朝刊に10代向けの児童文学(いわゆるヤングアダルト)と大人向けの文学のボーダーレス、といった趣旨の記事があった。『麦ふみクーツェ』のいしいしんじや『カラフル』の森絵都などの名前が挙げられていたが、是非ともそこの川島誠の名前を入れてみたい。

 川島誠は巧い。先に文庫化された『800』(角川文庫)は、陸上の800mに打ち込む高校生二人の視点で交互に描かれていったストレートな青春小説だった。少年から青年へと移り変わる彼らの青春を描いた作品だった。ストレートにスポーツにかけるクールな情熱を描き、性に関するストレートな心情が描かれていた。
 その川島誠の巧さは多分に余分な贅肉をこそぎ落とすからこそあるのではないか、と思う。川島誠の作品にはスポーツ選手の引き締められた体のような、そういう印象がある。しかし、その一方で、余分なものを持たないその作品は、その分だけ少年のあやうさを、まっすぐに伝えてくる。余分なものがない残酷さと純粋なやさしさとを併せ持った少年たちの。

 一番そのあやうさが感じられたのが「ぼく、歯医者になんかならないよ」だ。ナイフの上をなぞるその指にもう少し力を加えたらどうなるのか。大概の人にとっては想像で終わる「それ」は、不意にその背中を押されて実行に移してしまうこともありうる。普段から、その怖さはある。しかし、もしも、ちょっと力を加えてしてしまったら――。取り返すことができないことをわかりつつ、やってしまうその暗い悦び。川島誠のエグさが凝縮された作品だと思う。

 そんな少年のエグさを書く一方でまた、川島誠は「悲しみの池 歓びの波」なんて作品も書き上げてしまうのだ。

 ――明日は温泉たまごをつくるんだから。


 何気ない一文なのだけれども、本書のラストのこの一文を読むと何ともいえない気持ちになった。久々に読んだ短編集の中でも抜群だった。私としては、これは文句なく傑作。これ読むだけでも本書買ったのは十分と思わせるくらい。何というか、気持ちいい。さわやかでもすがすがしくもないけど気持ちいい作品。

 最後にはやはり、本書を読んだ身としては「電話がなっている」を紹介せざるをえない。しかし、13ページの短編なので、粗筋を書くのも憚られるし、感想を書くのも憚られる。ひとまず本書を未読の方は書店でこの短編だけ立ち読みしてみてから買うかどうか決めて頂きたい。

 ――電話がなっている。君からだ。


 久しぶりに読んだ傑作短編集。オススメ。

(2003年3月1日更新)

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