Daniel keyes
| 『アルジャーノンに花束を』ダニエル・キイス/小尾芙佐・訳(ダニエル・キイス文庫) |
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吉野朔美が「本の雑誌」で「吉野朔美劇場」というエッセイを連載しているのだけれども、これほど紹介された本が読みたくなる読書・漫画エッセイもないと思えるくらい面白かったりする。で、「吉野朔美劇場」というのは本の紹介をしてくれたりする漫画エッセイで、基本的には本に纏わる日常的な話が描かれているのだけれども、それがまた、うんうんあるあると頷きたくなるようなものばかりなのだ。きっと、読書が好きな人ならば頷ける話が一つや二つはあるはず。ああー、うんうんそういうことあるある。 で、そん中の一編に「やっぱりアルジャーノンには花束を?」ってのがある。吉野さんが高校時代の頃にアルジャーノンが出たのだけれどもまた今度また今度と先延ばしにしてしまっている内に年月は経ち同作者のビリー・ミリガンは読んだけれどもやっぱりアルジャーノンはまだ読んでいない、という話。 ――うんうんそういうのってあるある、あるよねーと頷いてしまったのだが、考えたら自分自身がアルジャーノンを読んでいなかったりしていたのである。いやもう、大まかなストーリーがどうでタイトルに出てるアルジャーノンてのは主人公じゃなくて最後はどうなっちゃうのかは大体知っていたし、アルジャーノンのパロディなんかも何やらいろいろ読んだしどんな感じのパロディなのかもわかったつもりで読んでいたのだけれども、肝心のオリジナルはまだ読んだ事がなかったのだ。ビリー・ミリガンは正続合わせて中学時代に借りて読んだし、アルジャーノンも文庫落ちしたら読もう、古本屋に出たら読もう、古本屋100円になったら読もう、で延ばし延ばししてしまっていたのである――あれ? 吉野さんと一緒なんじゃないか? それでまあ、最近父親が古本屋で買ってきたらしく、父親の本棚にさしてあったのを見つけ、暇だし(註1)一念発起して読んでみたのだけれども。 きっと私と同じでまだ読んでいない人の中には、大体粗筋知っちゃったしという人も少なくないに違いないし、その気持ちはよくわかるのだけれども、そこらへんはわかった上で、読んでほしいと言いたい。確かにあの粗筋で哀しいお話なのだろうなあと想像はつくとは思うのだけれども。やはり聞くと読むのとでは大違いだった。 いやもう、この本の感想には余計な言葉は全然いらなくて、ただもう、一言「感動した」だけで十分だと思う。名作は名作なんだなあ、と。 註1:締め切りまでに終わりそうもないゼミ論書いている真っ最中です。
(2003年1月28日更新)
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