北野勇作
| 『クラゲの海に浮かぶ舟』北野勇作(徳間デュアル文庫) |
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夢の話である。多分。 本書は書評を書いてしまうと、ネタバレになってしまう類の小説であるのだが、その前に、私自身はこの本に関しては、書評は書けない。しっかり理解できていないからである。まったくお恥ずかしい話である。感想もロクに書けない。まあ、これまで書いていた感想はロクなものであったのか、と言われると頭を掻くしかないのだが。 全体をノスタルジーが覆っている感のある作品である。そして、浮遊感漂う作品である。そんな感じ。 作品内での主人公のやる気のなさがとても良い。この作品の世界はとても寂しく、やるせなく、せつないものだ。しかし、それにもかかわらず(いや、そのため、か)、主人公がどこまでいってもやる気がないため、そのような感じはあまり感じない。しかし、この主人公がやる気があまりないように見える描写は、主人公の先天的なものもあるのだろうが、後天的な部分も多分関係しよう。そのあたりは読んでからご自分で判断して頂きたい。読了後にはやるせない気持ちが残る。 > 科学者になりたかった。 > 科学者になって、怪獣を創りたかったのだ。 > > どんなものでも創れるシステム。 > なんでも売っているデパート。 > ヒトに夢を見せてくれる機械。 > ぼくたちは、そんなものを作ろうとした。 > そして確かに、それはできた。 > そんな夢を見た。 > 夢は壊れてしまったのに、そのことに気づかないふりをして、まだ見ている。 何が何だかわからない感想だとは思うが、何が何だかわからない作品なのだ、これが。何が何だかわからないものが好きな方は読まれると良いかもしれない。 --------------------------------------------------------------- しかし。 これは夢の話ではない。多分。 ここ数日間、他の本は殆ど読まず、クラゲにかかりきりになっていたのだが、どうやら本書は凄いらしい。絶賛してもいい。絶賛しようか。では、絶賛しよう。凄いぞ、本書は。 本を読む時、初読時は、ぱらぱらっとしか読まないので、前の記事の時点では本書の凄さは全然わかっていなかったと思われる。上記の感想もそんな時に書いたので、何というかかんというか。 > 科学者になりたかった。 > 科学者になって、怪獣を創りたかったのだ。 > > どんなものでも創れるシステム。 > なんでも売っているデパート。 > ヒトに夢を見せてくれる機械。 > ぼくたちは、そんなものを作ろうとした。 > そして確かに、それはできた。 > そんな夢を見た。 > 夢は壊れてしまったのに、そのことに気づかないふりをして、 > まだ見ている。 というところは、本書『クラゲの海に浮かぶ舟』からの抜粋であり、粗筋でもある。これが粗筋であることを頭に入れつつ読むとある程度わかりやすいかもしれない。 初読時にすっきりとわかってしまう人もいるのかもしれないが、私には全然だった。後数度読まないとまだ話の筋も追えていない状況である。せめてもう少し能動的な読書しないといかんなあ、と反省。 > 何が何だかわからない感想だとは思うが、何が何 > だかわからない作品なのだ、これが。何が何だかわ > からないものが好きな方は読まれると良いかもしれ > ない。 実はこれは嘘である。嘘というと何ではあるのだが、決して「何が何だかわからない作品」ではない。どちらかといえば、謎は全て解かれる作品である。いや、謎は始めからない、と言ってもいいかもしれない。ただ、読者の前に開示されるのは物語の断片だけである。あるサイトで「ピースの足りないジクソーパズル」と評しているのを見かけたのだが、まさしくその通りである。そういう本なのだ、本書は。 (私が好きな)ジャンル分け、というものをすると、多分本書はハードSFであり、ファンタジーである。専門用語が殆ど出てこないハードSF。いや、ソフトSF。「クラゲ」だものなあ。 北野勇作を万人にオススメはできないが、読んで損はない。しかし、ひとまず私は絶賛しておこう。凄いぞ、本書は。本書より凄い作品が多数あることは推測ができるが、本書が凄いことには違いない。
(2002年8月1日更新)
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| 『かめくん』北野勇作(徳間デュアル文庫) |
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かめくんは推論する。 1992年、『昔、火星があった場所』(新潮社)にて日本ファンタジーノベル大賞を受賞し、受賞後第一作『クラゲの海に浮かぶ舟』(新潮社)は筒井康隆の絶賛を浴びていた北野勇作であったが、その後はショートショートや短編などのみで、長編の活躍はなかった。その後、ほぼ一部でのみ話題となっていた北野勇作が、2001年徳間デュアル文庫から『かめくん』を出す。長編に関しては9年の沈黙を破ったものであり、その後絶版となっていた『昔、火星のあった場所』『クラゲの海に浮かぶ舟』と次々と徳間デュアル文庫から復刊された。本書『かめくん』は日本SF大賞を受賞し、『SFが読みたい! 2002年版』(早川書房)でも2002年国内第一位となる。その後、『どーなつ』(早川書房)を出し、今現在最も勢いに乗っている作家の一人となっている。 『かめくん』は一言でいうと、表紙や口絵の絵どおりの作品だ。なんでもない商店街、なんでもない町の片隅で生活するかめくんの物語。しかし、そのなんでもない町の遥か上空には木星があるのだ。木星では戦争が起こっているらしい。しかし、町の人々もかめくんも、何事もないかのように生活をしている。そんなお話。 正直なところ、北野勇作は良くも悪くも『クラゲの海に浮かぶ舟』から『かめくん』へと変わっていない。ほぼ変わっていない。しかし、良くも悪くも変わった。『かめくん』は多分読めるのだろう。ただの『かめくん』として。わけのわからない作品が、わけがわからなくても読めるようにしている部分がある。どちらが良い悪いではなく、そういう作品になっている。 「ピースの足りないジグソーパズル」である北野勇作の作品の中でも、『クラゲの海に浮かぶ舟』は多分、足りている。しかし、『かめくん』は圧倒的に足りていない。出来上がる絵に対して、ピースが全く足りていない。右下の一区画だけはちょっと見えるけど、全体像はさっぱりわからない。私の読解力不足かもしれないけれど。 そして、その足りないピースで作った作品が『ザリガニマン』なのだ。多分。姉妹作として出された『ザリガニマン』では『かめくん』では語られなかった「木星戦争」の背景が描かれている。何故、「木星戦争」が起きたのか。その原因が語られている。 そして、『ザリガニマン』では、北野勇作の作風が少しだけ、ほんの少しだけ変わっている。いや、実際は全く変わっていないのだが、ある種の余分な部分をこそぎ落として出来た作品なのだ。他の作品には出されている余分なものが『ザリガニマン』からは出てこない。滲み出ているものの、意識的に出されていない。 ただ、私は余分なものの方が好きだ。 かめくんはアパートに住み、 かめくんは倉庫で働き、 かめくんは戦い、 そして、 かめくんは推論する。 レプリカメと呼ばれるかめくん。「木星戦争」に投入するために開発されたカメ型ヒューマノイド・レプリカメ。かめくんはカメ型だから甲羅を背負っている。かめくんのその甲羅には、哀しみが入っているのではないだろうか。かめくんは哀しみを背負っているのではないだろうか。 そう私は推論する。
(2002年8月1日更新)
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| 『ザリガニマン』北野勇作(徳間デュアル文庫)【工事中】 |
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「ザリガニマン、トーノヒトシは改造人間である。 彼を改造した会社は、 ザリガニマンは、ザリガニの自由の為にカメと戦うのだ! 」 ……。 その内、感想を書きます。 |
| 『どーなつ』北野勇作(ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)【工事中】 |
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溝の中の人。 いつの日か感想を書きたい。 |
| 『イカ星人』北野勇作(徳間デュアル文庫) |
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きっと、本作は最後の一行が書きたいがために書かれたに違いないいやきっとそうだそうに違いない。 売れないSF作家「K」が、近所のコンビニで手にした謎の求人チラシ。「簡単な流れ作業で高収入 単純で今日から出来ます稼げます」今にして思えば、それこそがKにとておイカ星人との戦いの始まりだったのだ! イカ星人の秘密工場でつくられるさまざまなイカ製品がもたらす、さまざまな悲劇・喜劇・不条理劇。噛めば噛むほどスルメみたいな北のワンダー・ワールドの最新作。 本書の裏表紙にある粗筋から無断引用。ちなみに、多分少し嘘が混じっています。が、本当にそれは嘘なのかどうか、が指摘できないのが難しいところ。どこが、を言ってしまうと微妙にネタばれになるのだけれども、その前に、如何せん「ネタ」は一体どこなのか、が指摘できなかったりするのだ。 ……もう一度読み直します。 会った人会った人と、北野勇作の今後の作品の方向性はどうなるのか、という話をしたりするのだけれども、本作を読んで、北野勇作の方向性はこれ以外殆どありえないのではないか、と思ってしまったのだ。いや、このような作品だけしか書けないのではなく、今はこれしか書くことができないのではないか。そして、きっといつか、全く予想しない方向から、とんでもない作品を書き上げてくれるのではないか、という期待を持ちながら、新作が出て買って読んで、毎度毎度何やらのらりくらりと避けられている印象を受けてしまうのだ。そして、また新作が出たら買って、読んで、韜晦されるのだろう。きっと。 いやまあ、韜晦されているというか、多分自分の読解力が足りてないだけなんですけどね。 しかしまあ、北野勇作のホラーは怖い。と、思う。多分むちゃくちゃ怖い。と、思う。何故かというと、今現在、長編ではホラーを書いていない(と思うのだけれども)。『かめくん』『ザリガニマン』、そして本書『イカ星人』、と、怖い部分はものすごい怖い。こういう表現は私は大嫌いである。怖いから。正直なところ、北野勇作がまともにホラー書いたら、読みたくない。 まあ、読んでしまうのだろうけれども。 あとがきで、作者が「自分のなかに埋まっていたなんだかわからない塊を出来るだけそのまま掘り出すこと、そして掘り出したそれを手に取れる場所に置くこと。それ以外のことは、なにも考えていない。」と書いている通り、きっと作品はその作者の中にあった「何か」でそれを取り出して書いているのだろうけれども、なんだかやはりこの作者はわからない。 まあ、 なんだかんだ言いながら、北野勇作が好きなのだ。
(2002年9月1日更新)
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| 『ハグルマ』北野勇作(角川ホラー文庫) |
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だから嫌だったのだ。 北野勇作がホラー文庫から新刊を出すと知った時、北野勇作のホラーは読みたくないなと思ったのだ。まず、何と言っても徳間から出た『ザリガニマン』からして嫌だった。ザリイでえすガニイでえす二匹あわせてザリガニイでえすなんて言っている間はまだ良かったのだが釣ったザリガニを引き裂いてまたザリガニを釣る場面だとかトーノヒトシがザリガニマンになってしまうあの場面だとかザリガニイが戦うというか食われる場面だとかが、もうそれはもうたまらなく嫌だった。もちろん文体は北野勇作特有のどこかとぼけたような感じの文体なのだけれども、その描写は些か――たまらなく気持ち悪い。逆にそういう文体だからこそ気持ち悪い。『ザリガニマン』を読み終えて作品全体を振り返ってみても読んでいる間の、あの何とも言えない――まあ、強いて言えば、一般的な用語を使ってしまえば、いわゆる不快感に包まれたのは一体何だったんだろう、と思いながらも読み終えたのだった。 だから、北野勇作がホラー文庫から新刊を出す時、北野勇作のホラーは読みたくないなと思ったのだ。本書『ハグルマ』を読んでほらやっぱり前から自分が言っていた通りだったじゃないかと誰かにとても言いたくなった。いや、いつも通りの北野勇作の作品ではあるのだ。自殺した同僚が会社に秘密で作っていたゲームをやる羽目になった主人公は、その、今までにないほどリアルなゲームの制作を引き継ぐことになったのだが、いつしかゲームと現実の境界線があやふやになってゆき――。と、粗筋を読んだらもう北野勇作読者の皆さんならば、やっぱりまたそういう作品なのかと思われるに違いないような、いつも通りの北野勇作の作品。 しかし、いつもと違う点が一つある。物語がものすごくわかりやすい。粗筋そのまんまのストーリー。でもしかし、いつもはストーリーを錯綜させまくって読者を混乱させる北野勇作が、本書ではそれをしなかったということは逆に言えば他の部分に焦点を当てて書いているということで、今回はどこが焦点かと言うと。多分、それは > じくじくじくと傷口が膿んでいくような、嫌な嫌な嫌あな感じ。 なのだと思う。ただ、如何せん、この > じくじくじくと傷口が膿んでいくような、嫌な嫌な嫌あな感じ。 というのがもう本当にたまらなく嫌なのだ。だから北野勇作のホラーなんか読みたくなかったのだ。よくあるような、ものすごい描写による痛みというか思わず首筋や手首を押さえてしまうな嫌な描写とかではなく、吐き気がするようなグロい描写があったりするわけでもなくて、この「嫌な嫌な嫌あな感じ」がするのは読む前からわかっていたのだ。だから読まなければ良かったのに。いやもう、だから本書の感想も実は書きたくないのだ、読み返さないといけなくなるから。 しかし『ザリガニマン』でもなんだか気持ち悪い描写があっても本書を読んんでしまったように、きっとまた次も北野勇作が本を出したらまた買ってしまうのだろう、きっと。 >既読の方へ。 こんなんだそうです。
(2003年3月10日更新)
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