Amin Maalouf
| 『アラブから見た十字軍』アミン・マアルーフ/牟田口義郎 新川雅子・訳(ちくま学芸文庫) |
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> 暴夜(アラビア)とルビをふるとき、少し昂揚する。 ――というのは私の言葉ではなくて、古川日出男が『アラビアの夜の種族』のあとがきで述べているものだ。しかし、「暴夜」に「アラビア」とルビをふるとき、昂揚してしまうのは何も古川だけではないはずだ。……まあ、そんなルビふる機会はめったにないけれど。 でもやっぱ、小さい頃に『アラビアンナイト』を読んでその冒険譚に胸躍らせて、これまでに読んだことも聞いたこともないような奇譚に恐る恐るページを捲り、妖艶な女性たちに胸をときめかせた経験がある身としては、いまだに「アラビア」と聞くと何とも不思議な高揚感がある。 そんなわけで、『アラビアの夜の種族』のお蔭で自分の中にアラブ再ブームが到来し、ついでに世間でもアラブがブームになっているしということで、ちょっとアラブに関するものを読んでみようと思ったわけだ。 本書の内容はタイトルそのまま。これまでは西洋側の視点から語られることが多かった中世最大の文明衝突のひとつである「十字軍」をアラブ側の視点から捉えた十字軍史。である。 アラブから見れば西洋人の宗教的な理由なんか全然知らず、なんか野蛮人が大規模で攻めてきちまったって感じで当初は何がなんだかわからず、予想外の大規模な野蛮人たちに苦戦する。しかも十字軍が攻めてきた頃のアラブ地域ってのがもう政治情勢がぐちゃぐちゃで、西からきた野蛮人どもの狙いがわかっても迎え撃てる体勢に全然なれずあれよあれよという間にエルサレムは落とされてしまう。このまま野蛮人たちに負けっぱなしているわけにはいかんと登場するのが、サラディンの名で慣れ親しまれている英雄〈サラーフ・ウッディーン〉。サラディンらが登場し戦況は一転、アラブが巻き返しを図り――。 それにしてもこういう本は専門書っぽくて兎角読みづらいものが多かったりするものの、本書は一般的な読み物であるため、その類に比すると読みやすい。まあ、私が生粋の日本人であるためアラブ系の人名を覚えるのに慣れてなくて最初はちょっとまごついたっていうか中盤でも多少人名がごっちゃになったりもした点ではすごく読みやすいとは言いづらいものの、まあそこはそれ。 それにしても読みやすいのもそのはず、訳者あとがきによれば原著者は本書を「史談」と読んでいるそうで、まあ本書を読んでみた結論としてたぶんその語に含まれる意味合いとしては「歴史の講談」とか「歴史読み物」的な意味があるのだと思う。読みやすいわけである。 読みやすい歴史読み物であるってのも良いところだが、もういっちょ本書が良い点は、ものの見方がアラブ側に偏っていないところ。アラブ側からの十字軍史ということで、もちろん引用する史料は同時代に生きた年代記作成者たちによるものだ。もちろん、それらの史料にはアラブ贔屓的な側面がある。それでもあまり偏った史料を用いていないのか、はたまた著者の引用の仕方がうまいのか、アラブにも西洋にも偏らない冷静な視点が貫徹されている。本書が出版されたのは西洋――フランスであるが、著者はレバノン生まれのアラブ人。アラブ世界も西洋世界も見ることができた著者であったからこそ両者の長所短所を知りえた上で書き上げられた作品なのだと思う。 はらはらわくわくした史談が終わると、終章にて原著者からの冷静な分析が入る。アラブと西洋との文明の衝突。そしてその「文明の衝突」が一体アラブと西洋、それぞれに何をもたらしたのか。ラストの一文は非常に印象に残る。 読みやすい歴史読み物であり優れた文明批評でもある一冊。アラブに興味がある方にオススメ。
(2003年12月10日更新)
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