G. Garcia Marquez


『百年の孤独』ガルシア・マルケス/鼓直 訳(新潮社)

 ついに『百年の孤独』を読んだのだ。何と言うかたぶんこれは『百年の孤独』を読んだヒトにはわかってもらえるけれどそれ以外のヒトにはわかりづらいかもしれない感慨なのかもしれなくて、でもやっぱり「ついに『百年の孤独』を読んだのだ」としか言いようがない感慨がそこにはあるんだよなあと思う。

 その物語の舞台はマコンドという町であり街であり都市であり土地である。森林を切り開き開拓しマコンドという町を打ち建てたホセ・アルカディオ・ブエンディアとその妻ウルスラ。そして彼らを始祖とするブエンディア一族から輩出される奇怪にして珍奇、奇妙にして怪奇なヒトビト。全ての〈奇〉を冠してもまだその奇妙さを言い表すことができない奇奇怪怪なるその一族。ブエンディア一族の系譜に連なるヒトビトによる奇想天外な挿話が連なり連なり拡散し収縮し終結する。その〈百年の孤独〉がここで語られ、語られた瞬間に消滅する。

 結局。〈百年の孤独〉とは誰のための言葉だったのだろう。百年間六世代に渡り奇人変人を輩出し続けた〈ブエンディア一族〉の孤独なのか。生誕し興隆し衰亡していった〈マコンド〉の孤独なのか。はたまたそれは〈百年〉の孤独なのか。

 〈百年の孤独〉この、セカイで最も格好良いタイトルを前にしたらどのようなレビューも霞んでしまう。読み終えて思う。ホントにいったい、この物語の前にいったいどのような言葉を差し出せば良いのだろう。物語の力の前にはどのような言葉も無力であることを悟り、その物語を紡ぎだす言葉の強烈さを思い知らされる。思い知らされ言葉を失う。誰にこの興奮を伝えれば良いのかわからぬまま、言葉を失う。こんな。これほどまでの。何と言えば良いのか、でも。だって、こんな――。

(2004年12月9日更新)

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