Patricia Ann McKillip

『妖女サイベルの呼び声』パトリシア・A・マキリップ/佐藤高子・訳(ハヤカワ文庫)

 堂々たるファンタジー。

 幻獣たちを召喚できる「呼び声」を持つ魔術師サイベル。エルド山の奥深くに棲む彼女の元へ、ある日赤児を連れた騎士コーレンがやってくる。その赤児こそ、サイベルの甥であり、エルドウォルド国の王子に他ならなかった。しかし下界の状況に関心がないサイベルは、ただその赤児のかわいらしさ、たよりなさのみに惹かれ赤児を引き取ってしまう。その時よりサイベルは、下界が織り成す運命の糸車に否応なく巻き込まれることになり――。

 ファンタジーで「名」の重要性を扱った作品は少なくない。自分の本来の「名」を他人に教えることの危険さ、物に「名」を付けることの重要さ。本書『妖女サイベルの呼び声』では、それが「呼び声(コーリング)」という形をとって表されている。様々な獣や人を「名」を呼ぶことによって召喚することができる希代の魔術師サイベル。サイベルに呼び寄せることができないのは、白き翼をもつ伝説の鳥〈ライラレン〉のみ。本書は、サイベルが〈ライラレン〉を呼び寄せるまでの過程を描いた作品であり、その過程でのサイベルの成長を描いた作品であると言えるだろう。
 ただ一人、孤独に人界から遠く離れたエルド山に棲んでいたサイベルのその〈心〉は数多の幻獣たちを呼び寄せることができるほど力強く、人との接触が殆どなかったために脆い。そんなサイベルが下界に降り、人々と交流しながら愛情と憎悪を覚えていく。サイベルの「人」としての成長の物語はまた、孤独な魔術師サイベルとサールの獅子の一人である〈コーレン〉と愛の物語でもある。非常に個性的で魅力的なサイベルを中心に据えて描かれるその世界観は、切なく、つらく、そして美しい。

 それにしても脇を固める幻獣たちが非常に良いのだ。古えの竜〈ギルド〉、夜の貴婦人と呼ばれる猫〈モライア〉、7人の魔法使いを殺したといわれる隼〈ター〉、たった一つを除きすべての謎に答えることのできる、もの言う猪〈サイレン〉。中でも、狂言回しとなる猪〈サイレン〉がいい。バラッドを謡って人を諌める猪だなんてかっこよすぎる。

 これぞまさしくファンタジー、と言えるくらいのトップクラスのファンタジー。オススメ。

(2003年9月4日更新)

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