Ben Okri

『見えざる神々の島』ベン・オクリ/金原瑞人・訳(青山出版社)

 神秘文学――なのかな。

 生まれつき、人に「みえない」ことに青年が主人公。しかし、船で働いたりするところからすると、まったく「みえない」ということはないらしい。それでは一体その青年はどうして「みえない」のか。青年はたどり着いた島で、みえない声に導かれるままに、「可視」と「不可視」について考える旅に出る。

 清冽な印象を受けるこの作品は、ナイジェリア生まれの作家にして詩人であるベン・オクリによるもの。言葉の使い方が非常に独特で、詩人であるのだと言われるとなるほどと納得してしまう。

 「可視」「不可視」の線引きとは一体どこにあるのかという問いは、青年にとって「人生とは何なのか」を考えるのに繋がっていき、青年とその旅先で出会う案内人たちの会話は禅問答のように不可解かつ難解で、一ページめくるたびに考えながら読まなければいけない。

 ――と、ここまで書いてきたものの、この作品の説明は何とも難しい。これに類似する作品にさえ出逢ったこともないから、○○のようなという例えも使えない。澄み切った清流のような印象を受ける作品であるとしか言いようが無い。

 うーむ。

 マジカル・リアリズムという言葉がある。らしい。マジック・リアリズムとも魔術的リアリズムとも呼ばれる単語なのであるが、実は私もまだ正確な意味は把握していないので、詳しいヒトに聞いてみたいのだけれども、どうやらラテンアメリカ文学発祥の文章技法を指すらしい。
 南米のあたりの、あの熱帯地域特有のむわっとくる暑さの中で、呪術的な部族が奉じる神や精霊、悪霊たちなどのような、魔術的で神秘的で幻想的なモノと、現実的なモノとが融合されている世界を作りだすことによって、幻想に対してリアリティが付され、リアリティに対して幻想味が混ざっていく、ことなのかなと思っている。幻想的な世界でありながら、まぎれもないリアルさをもったリアリティのある世界。
 まあ、「世界を作り出す」と言うよりは、その作家の中に既にそういう世界が構築されていて、その世界観の上に小説が作り上げられているのだろうから、異なる文化から見た、<ある一つの文化>から生まれた小説をジャンル分けしたもの、なのだろうか。何やら不思議なジャンルな気がする。
 どうやら『百年の孤独』とかを読めばわかるらしい。
 間違った解釈だったらどなたか教えてください。

 で。
 まあ、マジカル・リアリズムはそういう意味だという前提にして話をすすめると、本書『見えざる神々の島』はマジカル・リアリズムでは決してない。この話にリアリティというものはまったくない。マジカルな話なのである。
 ナイジェリアで〈アビク〉または〈オバンジェ〉と呼ばれる霊的存在たちがいる。本書に出てくる案内人たちもそのようなさまざまな霊的存在をモチーフにしたものだろうと思われるし、ラストでは〈師〉により神秘的世界観が語られるが、それは非常にスピリチュアルな世界観だ。
 マジカルでスピリチュアル。

 本書『見えざる神々の島』の透明さに対して、同じくナイジェリア出身の作家であるエイモス・チュツオーラの『やし酒飲み』は非常に泥臭い。でも、その対照的とも言える作品の根底に流れるものは多分同じものなのだろう――そう思えた。

 「神秘文学」というジャンルを聞いて何となくイメージするモノはこういうのなんだけど、じゃあどういうのだと言われると説明しづらい。
 でも、ある種の典型さをもった作品だったような気もするし、こんな作品他に読んだことないし。
 ううむ、何とも不思議な作品だった。
(2003年8月26日更新)

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