Christopher Priest

『逆転世界』クリストファー・プリースト/安田均・訳(創元SF文庫)

 まあ待ておちつけ。

 ちょっと読み終わって興奮していると言うよりも読んでいる最中興奮しっ放しでそうなんだよこれがSFなんだよこういうのが読みたかったんだよ!と叫びたくなってしまったのだったいやまあちょっと落ち着け少し落ち着けも少し落ち着け深呼吸だ深呼吸。

 ふー。

 > ついに六百五十マイルの歳になった。


 の一文で始まる本書において、作者クリストファー・プリーストはその歪な世界を描いてゆくための労力を惜しまない。とことん書き込まれてゆくその描写に読者は吸い込まれてゆくだろう。何と言っても素晴らしいのが、全長1500フィート、7層から成る移動要塞都市【地球市】。【最適線】を目指して年に36,5マイルずつレール上を進んでゆく。創元SF文庫版の表紙には加藤直之画伯による【地球市】が描かれているが、私が想像したのゴーメンガーストばりのものごっつ歪なものを思い浮かべながら読んでいたのだけど、ただ思い返してみれば表紙の絵はけっこう忠実に書いているのかも。で、この移動要塞都市を動かしてゆくのが厳しく統制された軌道敷設、未来測量、架橋などのギルドと、各ギルドから選出された航行士による合議体【航行委員会】。……ギルドという組織は何故こんなに燃えるんだろう、しかし。んでまあ、このギルドによって厳格に運営されている移動要塞都市が舞台となって話は進んでゆくのだ。語り手は都市内部で生まれ育ったヘルワード。650マイルの歳になりギルド見習員として都市の外へ出ることを許された彼が見たものは、いびつに歪んだ月と太陽が浮かぶ歪な世界だった。一体この世界は――と話が進んでゆくわけである。

 全四章で構成されている本書で、ページを捲る指の速度が止まることはない。たまにわかんなくなって前のページに戻るけど。ヘルワードの視点から徐々に明らかにされてゆくこの世界は、ほぼ予測できるものではなく読み進めていった先この世界の形がわかった時、唖然とする。っていうか、唖然とした。
 何それ。
 なんでそういう世界を考え付けんのしかもなんでそれを描写できるのこの人誰この人プリーストかちょっとあんたプリーストあんただあんたあんたちょっと頭おかしいんじゃない何それ、くらいの勢いで唖然とした。いやまあ多分そういうのが得意な人は頭の中でわかるんだろうけど、苦手な私は手元にあったメモ帳にちょっと書いてみてからわかったんだけど。いや、しかしそうくるとは……ううむやるなプリースト。

 本書の凄さはまさしくその世界そのものであるし、仰天せずに済む人がいるならばその人とはなるべく友だちになりたくないのだけれども、ラストまでいった時に作品に漂う哀愁も本書の見所の一つなのだと思う。「あの」状況に置かれた時の人間の心理というものはわかるはずもないが、主人公ヘルワードを通して世界を見てきた我々読者にとって、ラストで水の中に飛び込んで泳ぎ始めるヘルワードの気持ちは推し量ることだけはできる。そして、それだけに胸が締め付けられる。そのあたりは訳者安田均の解説に詳しいから解説を読まれたし。

 実は書き始めた時は、本書の核となる部分もネタばれしちゃったほうが良いかなと思っていたのだけれども、やはりこのネタは是非ともご自身で確かめてほしい。サンリオSFから復刊された本書も発行年が1995年ということもあっていつ絶版になってもおかしくない。新刊書店にある内に買っておくのが吉。新刊書店にある……多分。多分ある。きっとあるから、750円でこの感覚を味わえるのならば確実に買い。とりあえずプリーストの作品は全部制覇するぞー、おー。――他の作品は手に入るのかな。

(2003年3月30日更新)
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『奇術師』クリストファー・プリースト/古沢嘉通 訳(ハヤカワ文庫)

 たまには長い物語に対して敬意を抱き、短い感想を書くことにしよう。

 > すでに、偽りを書くことなく、わたしは惑わしを開始している。
 > 惑わしこそ、わが人生だ。
 > 嘘はまさに最初の言葉のなかにさえ、含まれている。


 プリーストが今回魅せてくれる奇術は、奇術のネタとしては斬新なものではないし、ありふれたものだ。しかし、奇術とはそのネタとしてのオリジナリティだけではなく、魅せ方が重要なのだ、ということを本書は全体を通して示してくれる。

 書かれているSF的なネタだけに関して言えば短編で表現することもできただろう。しかし、この語り=騙りの巧さこそがプリーストのプリーストたる所以なのだろう。二人の奇術師の確執を追いつつ、織り込まれていく伏線、ラスト前での急激に加速度を増していくリーダビリティの高い物語、そして訪れるカタストロフ。奇想と論理と物語の融合という点において、最近読んだ作品の中でも群を抜いている作品。

 物語性の高い作品が好きな方にオススメ。たぶん。

(2004年5月16日更新)

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