坂村健


『ユビキタス・コンピュータ革命』坂村健(角川oneテーマ21)

 情報化社会。何と情報化社会が到来しているのだ。よくよく考えてみると「情報化社会」ってのはすごい言葉だなと思うわけで、何だか語感をそのまま捉えちゃうとサイバーパンクっぽい感じがしてきちゃうけどまあそんなわけはないわけなのだけれど、まあ何はともあれ何とまあ驚きなことに情報化社会が到来しちゃっているのである。

 そんな現在の情報化社会の根幹をなすのはインターネットだ。多分。きっと。まあひとまずそうだと仮定しながら話を進めちゃうと、過ぎ去りし20世紀の最後の20年で情報化社会を促進させたのはパソコンであって、最後の10年で加速させちゃったのがインターネットであると言っても過言ではないだろう。――では次は? この後の10年、20年ではこの情報化社会はどうなっちゃうんだろう。

 インターネットの普及率がぐんぐん上がっている昨今、じゃあこのままインターネットが普及しきっちゃったら「情報化社会」はどうなっちゃうんだろうか。うーむ、情報化社会の先ってのはどんなものが来るんかなあ。うーむ何が来るんじゃろなあと思いながらイロイロ見ていたとき、「ユビキタス・コンピュータ」なる単語を知ったのだった。

 「ユビキタス・コンピュータ」を日本語訳すると「どこでもコンピュータ」。我々の生活のどこにでもコンピュータが遍在する社会を「ユビキタス社会」と呼ぶ。超小型化、低価格化、低消費電力化した、その小さな小さなコンピュータは、服にも靴にも家電製品にも食品のパッケージにも、もう生活のありとあらゆるモノの中に組み込まれることになる。そして、それらのモノの中のコンピュータはさまざまな通信手段で結ばれるのだ。ネットワークで結ばれてその状況を把握した我々の身の回りの何億個というコンピュータたちは、自動的に最適調整をしてくれるようになる。目指すは快適な生活、快適な社会。

 著者の坂村健は、そんな夢のような社会を作るはずの「ユビキタス・コンピュータ」を、1984年から研究している日本のユビキタス・コンピュータの第一人者だ。自分が物心つく頃にはこんなことが考えられていたのか、とちょっとビックリしてしまう。20年間、ユビキタス・コンピュータに携わっていただけあって、その思惟は広範にわたる。地球規模のネットワークにするための技術とその一方で起こりうる犯罪防止のためのセキュリティ。例えばスーパーのキャベツが誰が何処で作って賞味期限が何時なのかという情報を容易に知りうるような方法を模索する一方で、文字通りの「自動」車を作るためにそのための技術革新や道路整備などを考え都市レベル国家レベルでのデザイン設計を行なう。その根幹にあるのは技術だが、その技術を発想/駆使するには想像力が必要だ。「どこでもコンピュータ」だなんて発想は今だからこそ当たり前な気がしてしまうものの、やっぱりよくよく考えるとその想像力には驚かされてしまう。そして、ユビキタス社会が想像しきれない自分の貧相な想像力が残念で仕方ない。いったい、坂村健はどんな社会を思い描いているのだろう。ユビキタス社会に思いを馳せる――。

 ――ユビキタス・コンピュータが普及した「ユビキタス社会」はもはや情報化社会ではなくなるだろう。近代において工業化社会が先に進んだとき、「工業」は社会の基幹産業のひとつとして根付いておりその「社会」に「工業化」をつける必要がなくなったように、ユビキタス社会が到来した時、それは「情報化」を冠する必要がないくらい「情報」が我々の生活に根付いたものになっているはずだ。情報化社会、そしてユビキタス社会の次には何がくるのだろう。もうそれを見据えなければいけない時代に突入しているようだ。次世代社会の、その後の話はもう始まっているはずだ。

 ユビキタス・コンピュータについてよく書かれた良書。オススメです。

(2004年03月17日更新)

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