佐野眞一


『だれが「本」を殺すのか』佐野眞一(プレジデント社)

 『オリエント急行殺人事件』みたい後味。ちょっと違うか。

 第一章から八章までの章立ては、書店、流通、版元、地方出版、編集者、図書館、書評、電子出版。佐野眞一のアンテナに引っかかった様々な業界人たちへのインタビューを通して、「本」に関わる問題点を浮き彫りにしていく。

 インタビューを通して、作者の考えが少しずつ読者に対しても明瞭になっていくものの、最後まで特に作者自身の考えを全面に押し出すわけではなく、あくまでも問題提起をしていくことに終始している。「読者」に対して問題意識を持たせるようにするのが、佐野眞一の狙いだったのは明らかだし、その狙いは成功している。そしてもう一つの狙いであっただろう、作者自身つまり佐野眞一が自分自身の本に纏わる業界への問題意識を明らかにする、ことに関しても多分成功しているのだろう。そのためかどうかはわからないが、その後、後日譚としての『だれが「本」を殺すのか part2延長戦』を同じくプレジデント社から上梓している。

 特筆すべきなのは、「本」が纏わる業界を串刺しにして俯瞰することが本書の特徴であるにもかかわらず、その「本」の最上流の発信源である著者と、最下流に位置し受信する読者に関する項がないことであろう。本書を通して読んでいくと、流通の問題点、版元の問題点、新古書店が作り出す問題点、等々あまり読者が知らなかった「本」に関わる裏事情が見えてくるし、それぞれが「本」を殺す者のように思えてくる。しかし、最後まで読み通すと、この殺人事件の犯人は他ならぬ自分自身=読者なのではないか、と思えてくる。これは既に佐野眞一の術中にはまっているのか、ただたんに自分でハマっただけなのか。

 あまりにも問題点が多すぎるため、一体何処を改善すれば良いのか一読しただけではわからないし、それがそんなに簡単に解ける問題であるならば今現在の出版不況という状況はなかったこともわかる。それはわかるのだがしかし、本書を読むと実際自分自身は一体何をすれば良いのか、何ができるのか、何かすることはないのか、と焦燥感にかられるのは必至だ。問題意識を持ったことは本書を読んだ収穫の一つだったし、良いことだとは思うものの、この遣り切れない焦燥感を一体どうすればよいのか。非常に困る。

 リーダビリティが非常に高く内容も充実しており、文句のつけようがないノンフィクションである。本好き、読書好きは読むべし。「必読」というのはこういう時に使う言葉なのだろう。必読。

(2002年11月30日更新)
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『私の体験的ノンフィクション術』佐野眞一(集英社新書)

 熱くて、力強い。

 佐野眞一は、本人の言によると「ずっと怪人、妖怪の類ばかり追ってきた」人物である。確かに、佐野が今までに追ってきた人物は一筋縄どころか二筋でも三筋縄でもいけない人物――怪人と目される人ばかりである。『旅する巨人』の民俗学者宮本常一、『巨怪伝』に出てくる読売新聞の正力松太郎や、『カリスマ』で書かれたダイエーの中内功。怪人のような人物たちに関するノンフィクションを書いてきた、という。寡聞にして、この三者とも私は詳しくは知らない。かろうじて、先日のダイエーの経営再生の時に中内が降板したために、中内の名前だけは知っている程度である。しかし、本書を読み、その姿を垣間見た。いや本当に見えたのはほんの、ほんの少しだけなのだが。

 しかし私から言わせれば、佐野眞一こそ怪人に見える。これほど力強いノンフィクションは読んだことがない。『だれが「本」を殺すのか』を読み、これほどまでに力で捩じ伏せられるような感覚を味わうのは本当に久方ぶりだと思った。佐野眞一から紡がれる言葉はあまりにも力強く、読者は無力さを味わわされる。この生き方は真似できるものではないし、このまっすぐな考え方にはただただ圧倒されるばかりである。

 そんな、佐野眞一にとってのノンフィクションの書き方が書かれたのが本書『私の体験的ノンフィクション術』である。実地を歩き、仮説を立て、取材をし、推理をし、執筆するまでの過程が、作者の主な作品を書いた経緯を並べながら書かれている。

 本書のタイトルはこのタイトルでならない理由がある。本書『私の体験的ノンフィクション術』は単なる「ノンフィクションの書き方」ではないのだ。あくまでも、『「私=佐野眞一」の体験的ノンフィクション術』なのである。
 このノンフィクションの書き方は誰にでも出来るものではなく、ノンフィクションの怪人ならばこそ、出来るものなのではないだろうか。最近読んだ永江朗の『インタビュー術!』は少々趣向が異なるものの、永江朗流のインタビューの仕方、インタビューの読み方、が書かれている。ただし、こちらではインタビューの際にはノートとシャーペンを持ち歩き録音機器も使った方が良いだとか、インタビュースタイルの場合によるわけ方だとか、インタビューのプロならではの、これからインタビューをする人向け、インタビューを読む人向けに書かれた一冊になっている。この一冊読んで備えれば自分にもインタビューが出来るのではないか、と思わせられるような本だった。しかし、一方、佐野の『私の体験的ノンフィクション術』はタイトルに「私の」が入っている通り、普遍的な方法論ではないのではないか、正直なところ思った。確かに、このノンフィクションの方法論は成功すればうまくいくだろう。ただし、失敗すれば目も当てられないものになるのも確かである。作者と同じ程度の気合、佐野が言うところの「クールヘッド、ウォームハート」が保てるような人物でなければ実践できないのではないだろうか。

 ということで、永江朗の『インタビュー術!』はインタビューの仕方と、インタビューの読み方がよくわかる良著なので、興味があったら手に取るのが吉。

 さて。佐野のノンフィクションの書き方が書かれている一方で、本書は副産物的にもう一つの側面を見せている。すなわち、佐野眞一による佐野眞一のブックガイドである。本書を読んでいると出てくる佐野の著書『巨怪伝』『カリスマ』『凡宰伝』『昭和虚人伝』らはちょっと読むだけでもどれもこれもが魅力的であり、すぐさま読みたくなってくる。私が一番興味をもったのは、名前は知っているもののその実体はよく知らない故・小渕恵三首相を追った『凡宰伝』だ。176ページからの数ページにわたる本書に出てくる小渕首相のワンエピソードを読めばきっと小渕恵三は一体何を考えていたのか、が気になるはずだ。

 本書は最良の佐野眞一ブックガイドであることは保証する。オススメ。

(2003年1月20日更新)

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