Simon Singh
| 『フェルマーの最終定理』サイモン・シン/青木薫 訳(新潮社) |
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似非理系になりたかったなあ、とよく思う。もちろんフツウの理系になってみたかったというのもあるけれど、聞いているヒトがホントかウソかわからないような嘘知識が言えるような「似非理系」になってみたかったなあと思うのだ。でもしばらくはそれはムリかもしれないなあと思うわけで、それは何故かというと、まだしばらくは文系に興味の重点が置かれ続けるだろうからだ。余裕ができたら理転したいなと思う。 だから興味だけはある。宇宙にも時間にも地球にも恐竜にもゲノムにもコンピュータにも量子にも興味はある。でも知識と――根本的で圧倒的な知識量と、それを蓄えるためのアタマと努力するための持続力というのがまったくもってさっぱり全然足りてない。足りてないのだ。まあだから今はまだ文系のままでいようと思う。じっくりと理系になっていこう。 まあそれで、そのまったくもってさっぱりな理系の中でも何とも近寄りがたいのが数学、数論ってヤツなのだ。 純然たる思考により紡ぎだされる、宇宙に一つだけの証明。数多の数字と幾多の数式とで表される証明式。微積分どころか二次方程式を見るだけでアタマが痛くなるような自分にそんなもん読み解けるわけがないもんなあ。いやはややっぱり数学はムリだよなあ、数論なんて分野は見ても読んでもさっぱりだよなあ――と、思っていたのだけど。 ここで、1冊の本が出てくる。 『暗号解読』という本がそれだ。コレがまたスゴイ本で、理系じゃないこのアタマで読んでみても、もうどんな暗号でも解けちゃうんじゃないかと思えるくらいわかりやすくて、しかもおもしろい本なわけで、その本を書いたサイモン・シンってヒトが『フェルマーの最終定理』なる本を書いているというのだ。フェルマーの最終定理っていうとアレだ。300年くらい数学者がよってたかって証明しようとしていたのにできなかったヤツだ。おお、しかしあのサイモン・シンの本ならきっとわかりやすいに違いないと思い、本書『フェルマーの最終定理』を読んでみた。 ――おお、すげえ! すげえよ、数学者!! フェルマーの最終定理。その問題――その物語の起源は紀元前の昔まで遡る。ピュタゴラスの定理に始まるその物語は、17世紀のフェルマーの覚書により生み出される。 > 「私はこの命題の真に驚くべき証明を持っているが、 > 余白が狭すぎるのでここに書くことはできない」 その言葉から、350年にわたる数学者たちの苦闘が始まる。数多の数論を生み出し巻き込み、何人も何百人も何千人もの数学者たちが取り組んでいったフェルマーの最終定理。しかしそれでも証明は果たされなかった。そして時は流れて1993年6月23日、ケンブリッジ。三回の講義を終えた一人の男が宣言する。 > 「ここで終わりにしたいと思います」 カッコイイ! カッコイイぜ、ワイルズ!! メインの数論に関しても少しだけ書いてはあるけれど、難しいところは読まなくてもダイジョウブなように書いてあるし、他のところもゆっくりわかりやすく書いてくれている、数論史の世界。理系になりたくて理系になれなかったヒトにもわかりやすく、理系のヒトには専門的に書いてしまうサイモン・シンはスゴイ。 数字の世界に魅了されたヒトビトの、稀有で壮大な物語。オススメです。
(2004年11月27日更新)
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| 『暗号解読』サイモン・シン/青木薫 訳(新潮社) |
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世の中、暗号化暗号化とうるさい。いやもう著作権保護だとか個人情報漏洩防止だとか、まあ確かにその辺は情報化社会的に重要なことだし、情報を守るために暗号化暗号化うるさくなるのも頷ける。しかし、公開鍵暗号だのCPRMだの情報の保護技術=暗号化する技術は最近よく耳にするものの、じゃあ公開鍵暗号ってどんな仕組みなの?っつーかそもそも暗号ってどんなものがあるの?っていうと、その辺をちゃんと説明してないマスコミの多さに気づき、自分自身があんまよくわかってないことに気づく。そんじゃま、暗号史についてと暗号の仕組みについてが書かれている本はないかいな、と思ったところ思い当たったのが発刊当時騒がれていた本書『暗号解読』である。 本書では、古代から重要であった「情報」の暗号化とその解読技術の歴史が語られる。敵に情報がバレないようにするための新しい暗号化技術と、一方で敵の暗号を解いて自国に有利になるようにするための解読技術、その二つの技術の発展のいたちごっこの歴史。それまでにはないアイデアで絶対に解けないものを作らないといけない暗号作成者たちと、「絶対に解けないもの」などいうものはないことをその人生を賭けて我々に教えてくれる暗号解読者たち。暗号に携わる人々は、その機密性故に新技術を開発しようとその名前が歴史の表舞台に出てくるのは非常に稀だ。それは陰の歴史であって、羅針盤の発明だとかアメリカ大陸の発見だとかのように表の歴史には残らない。しかし、歴史の裏側にはその時歴史を動かした「情報」が確かにそこにはあって、その情報を隠匿/解読するために暗号作成/解読をした人々が実際にいた、ということをサイモン・シンは教えてくれる。 絶対に解読されない暗号などというものはない。それが本書を読むとわかる。しかし、その時点の技術では解読されない暗号は常に作られていたし、それは何十年も解読されずに情報を守り続けていたのだ。それが紛れもない事実であることも本書は教えてくれる。 暗号史を書き綴ることによって感動をもたらした作者サイモン・シンとそれを翻訳した訳者の青木薫、そして、暗号作成者たちと暗号解読者たちに惜しみない拍手を。 オススメ。
(2004年03月12日更新)
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