Sony Labou Tansi
| 『一つ半の生命』ソニー・ラブ=タンシ/樋口裕一・訳(新評論) |
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ぼくは本書をオススメしない。 > シャイダナが十五歳の頃のことだった。時代はというと。 > 時代なんかくたばっちまった。時代も、空も、物も、何か > ら何までだ。地球がまだ丸く、海がまだ海だった時代とで > も言っておくか。そして、まだ森が……。いや、鉄筋コン > クリートが脳みその中にはびこるこの頃では、森なんかも > のの数にも入らない。都市……。だが、都市のことなんか > 知ったこっちゃない。 本書はある国の変遷を辿る物語だ。それは神話であり、黙示録であり、SF的近未来の物語だ。あるアフリカの新興国を舞台にした、暴虐の限りを尽くす指導者とその政敵とが繰り広げる世にもグロテスクな戦いと、その後の様々な暴君たちが行なう不条理な命令と絶望的な行動。そして、魑魅魍魎が跳梁跋扈するこの国に待ち受けているもの――。 印象的なシーンから本書は始まる。その国の指導者である〈摂理の指導者〉が、政敵〈マルシアル〉を惨殺する。喉を突き刺し、両目をえぐり、内臓を切り裂き、家族たちにその肉を食べさせる。しかし、〈摂理の指導者〉が何度殺そうとも〈マルシアル〉はその度に甦る。マルシアルの娘〈シャイダナ〉と〈摂理の指導者〉が交わろうとすると、その眼前に姿を現す。その度に〈摂理の指導者〉は〈マルシアル〉を殺し、〈マルシアル〉は姿を消す。そして次の晩にまた姿を現し再度殺されて姿を消す。〈マルシアル〉は痕を残す。その後、〈マルシアルの黒〉と呼ばれる痕を。姿を現す度に痕を残す。壁に、床に、テーブルに、椅子に、ベッドのシーツに、そして〈摂理の指導者〉の片頬に。 本書では、何の伏線もなく事件が起こり、何の前触れもなく事件は終わり、何の脈絡もなく人々は行動していく。起きる事件はどれもこれも、グロテスクで、不条理で、ナンセンスだ。しかしそのインパクトは十分にして十全。これほど強烈な寓話は読んだことがない。絶望の不条理と、不条理さによる絶望。 人類の愚かさというものを謳った作品というものは多々あるが、本書はその最右翼と言っても良いかもしれない。起きる事件そのものがグロテスクで、不条理で、ナンセンスなのではない。事件を引き起こす人々こそが、グロテスクで、不条理で、ナンセンスなのだ。そしてそれを、ソニー・ラブ=タンシはスキャンダラスに、エキセントリックに、アヴァンギャルドに我々の目の前に突きつけてくる。そして多分自らにも突きつけてみたのだと思う。作者、ソニー・ラブ=タンシは本書の前書きでこんなことを言っている。 > 本当に地球はもう丸くないのだ。二度と丸くはならないのだ。 本書が面白いだとか本書から何かを学んだとかそういうことは一切言わない。ただインパクトを、強烈なインパクトを受けただけだ。 ぼくは本書をオススメしない。
(2003年8月31日更新)
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