豊田有恒
| 『モンゴルの残光』豊田有恒(ハルキ文庫) |
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歴史改変小説。 どこかに面白い歴史改変SFはないかいな、とネットで探してみたところ、どうしても名高い名作ってのは海外ばかりで『高い城の男』や『ディファレンス・エンジン』、『パヴァーヌ』などの名ばかり挙がっている。国内SFでないのか、と思っていたら本書の名前が挙がっていたので読んでみた。 成吉思汗紀元838年、元帝国の大都カラバリクから物語は始まる。世界は征服者たる黄色人種と被征服者の白色人種とに二分された世界では、支那全土に築かれた強大な帝国下で、白人は〈大鼻人〉と侮蔑されるような奴隷と化していた。白人シグルト・ラルセンは、圧政に喘ぐ人々が作り出した抵抗組織【黒耶蘇】に身を置く。横暴に対し【黒耶蘇】はついに立ち上がり、黄人による征服を防ぐべく、シグルトは時航機【刻駕】を駆って14世紀の元へと旅立った――。 本書の世界がこれまたイカしているのだ。私たちの歴史では忽必烈(フビライ)の即位により元は栄光と衰退を同時に辿ることになるのだが、本書ではフビライの死後、鉄木耳(テムル)の跡を継いだ海山(ハイシャン)と愛育黎抜刀達(アイユルハリバトラ)の兄弟が元帝国の威信を拡大してゆき、「三度目」の日本侵略を果たした元は倭国を足掛かりに太平洋を越えアメリカに趣き、インカ帝国を滅亡させる。亜細亜の各地を制定していった元は、欧州も支配下におき、それに対して英国は鎖国する。しかし、その後、元の支配に叛旗を立て、北美合省国は独立し、二度の大戦を経て朝鮮は二つに分断される――。 すごい。 何それ、って感じですごい。 しかし、本書においてすごいのはその設定だけではない。 そう、その設定もさることながら、本書で作者が書きたかったものはきっと元朝中興の祖となるハイシャンとアイユルハリバトラ、そしてシグルドの三人だろう。漢三人の死に様をじっくりと味わって読むべし。 為政者としての、また一人の男としての苦悩がハイシャンとアイユルハリバトラを通して描かれ、大いなる歴史の奔流の翻弄される一人の人間としての葛藤が、シグルトを通して読者にも感じさせる。特にシグルトが格好良い。冒頭だと何だかだらしない男だったのに。 改変歴史小説として読むことも素直に歴史小説として読むこともでき、お得感たっぷり。 現代社会に対する痛烈な風刺を描いた作品と読み取ることもできうるし、本書のあとがきによる作者の言葉を読む限りそういう考えがあったようだ。また、成吉思汗(ジンギスカン)紀元だとか和親敦(ワシントン)だとか正直それはどうかと思う感じのところもいくつか見られるがそんなんは些事なので、もうそういうことは考えずにただただ楽しむことができるエンターテインメント。 歴史改変蒙古小説では確実に一位になれる作品。
(2002年3月1日更新)
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