Connie Willis

『航路』コニー・ウィリス/大森望・訳(ソニーマガジンズ)

 もしもまだ本書『航路』を読んでいない方はこれ以下の感想は読まないことをオススメします。本ページだけでなく、『航路』の感想、書評、粗筋等々の先入観を持ってしまうものは全く持たずに読むことを推奨します。いや、ホントに。
 まあ確実に『航路』は読まない、という方は全然構いませんが。

 ――ということで『航路』である。

 あまりの厚さと臨死体験の話というので敬遠していたのだけれども、結局手に取ったら一気に読んでしまった。折角の休日が丸々一日見事に潰れてしまった。いやはやまったく。

 本書は臨死体験に関する小説であるのだけれども、臨死体験を全然知らない読者でも、スリラーというかサスペンスというかそれっぽい作品がさほど好きでない読者でも、多分読めてしまう小説であることは少しだけ保証する。というか、私自身がそうだったし。陳腐な言い方になるが、今のところ、21世紀最大の医学ミステリである。そういえば、多分広義のミステリ。多分。というか、私が読んだ医療小説の中では随一。

 恐るべきリーダビリティであり、多分途中で読むのをやめるのは困難だと思う。どこでやめればよいのかわからないのだ。三部構成になっているが、第一部完のところで本を置くことはほぼ不可能に近い。というか、第一部が完結したところで、読むのをやめた人はすごすぎ。ってか、その人はもうヒトじゃない。信じらんない。第二部完ではあまりの驚きに逆に本を一旦置いてしまうかもしれないが、読むのを中断することは不可能だ。本書を前にした人はひたすらページを捲り続ける他ない。

 もちろん、訳者である大森望の力もあるとは思うのだけれども、恐るべきはコニー・ウィリスだろう。ここまでリーダビリティが高い本は滅多にない。そして、小説が好きな人ならば誰にでも薦められる本も中々ない。本書はれらの稀有な作品の1つと言えるだろう。

 ただ。
 ただ、如何せん問題は私が好きなのはリーダビリティが高い本ではないところだ。もちろん、ある程度なければ小説として問題があるとは思うのだけれども、アイデア勝負的な、設定が奇抜な作品が好みであることは隠せない。なんてったって、本書は現代もので普通の病院が舞台なのだ。こうもう少し。何かあるだろう。エリザベス女王が暗殺されて技術革新が遅れたイギリスとかドイツ軍が占領したアメリカとか国家規模まで拡大するテーマパークとか日本から独立したN県とか坂を上ると古本屋とかそういう方がっていうか我ながら無茶を言っているのがよくわかる。

 そして、本書『航路』が評判となるのは当然のことだとは思うのだけれども、それほどまでに良い作品かどうかは疑問が残る。悪く言えば、出来が良過ぎる。

 一般性が高く、リーダビリティも高く、キャラクターもストーリーテリングも言うことがない。しかし、何か物足りない。読んだ時に残る感じが。ああ感動の大作だった満足満足、で終わってしまうのだ。それの何がいけないか、と言われると何もいけないところはないのだけれども。

 ストーリーテリングはもう言うことがない。ジョアンナとライトの共同研究が始まるあたりからは次はどうなるのか、一体そこは何処なのか、とページを捲る手が止まらないが、第二部が始まってからはページを捲るのがもどかしく感じるくらいだ。

 キャラクターに関しては、本書においては欠かせないファクターである。第二部のラストにもっていくには、そして58章のラストにもっていくためにはこの登場人物たちが必要であったし、この登場人物たちでなければこの感動はものにできなかっただろう。
 人の生命に対して、臨死体験に関して正義感を持っているジョアンナと研究一辺倒であるライトの二人の主人公。誰から見ても嫌なマンドレイクと近寄りたくない人物であるダヴェンポートの悪役二人。主人公の身を案じる典型的な女友達であるヴィエル。災害マニアであるお転婆な少女メイジー。どの人物も何処かの物語で見たことがあるような人物。魅力的ではあるけれども、さほど個性的ではない。個性的という言い方が悪ければ特異な人物たちではない。

 風景描写もかなりしっかりしていて、病院内のライトの研究室もヴィエナの職場(想像したくなかったけど)も、ちょっとネタばれになってしまうから書けないけれども臨死体験の世界も、何処もかなりはっきりとイメージしながら読むことができた。

 全体的に、非常によく出来た映画を見た感じがした。まあ、それを一般性が高い、というのだろうけれども。

 ただ、そこいらだけを抜粋すると微妙にフェアじゃないので、もう少し付け加えておくと。小説技術というものは私にはよくわからないものなのだけれども、このボリュームの中に多層的な伏線が張り巡らされてそれがラストへ進むにつれ収斂していくのには驚かされた。というか、読んでいる最中は殆ど気にせず、読み終わってから気付いたのだけれども。読んでいる最中は夢中になるはず。ただ読みやすいだけの小説ではないです。

 そんなこんなで本書『航路』はリーダビリティが著しく高く、翻訳嫌い、サスペンス嫌い、臨死体験嫌い、等々小説好きならどんな人でも結構楽しめる逸品である。あ、いや臨死体験嫌いな人はちょっとキツいかもしれないけど。時間と金がある方にはオススメ。

(2002年10月1日更新)

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