鈴かけの並木が文字通り鈴のような茶色の実をつけて、秋の弱い陽射しを受けながら揺れている。
時折吹き抜けていくつむじ風に乗って、飛んできた枯葉がくるくると円を描いて歩道の上に散った。
歩道の真ん中を長身の男が大股で歩いて行く。
男は落ちてきた葉っぱを踏みつけて、歩道の中ごろに敷かれた視覚障害者用点字ブロックの上を、コツコツと靴音を響かせて歩いて行く。
前から来た三人連れの中年オヤジが男を見上げ、慌てて左右に避けた。
濃い色のサングラスをかけてはいるが、別に目が不自由な訳でもなさそうだ。
三十センチ幅の点字ブロックの上をまっすぐに進み、ブロックが示すままに男も直角に右に曲がる。
ピカピカに磨かれた靴のほんの少し先で点字ブロックが途切れ、交差点のゼブラゾーンへと続いている。
男はYシャツの胸ポケットからタバコを抜き出し火をつけ、深く吸い込むと、ゆっくりと煙を吐き出し、前方の信号機を見た。
帽子で顔の半分は隠されているが、高い鼻梁と引き締まった頬に少し肉厚の唇、かっきりとした顎の線などから端正な顔立ちだと分かる。
赤だった歩行者用信号が青に変わり、カッコウの擬音がスピーカーから流れ出す。男はおもむろにゆっくりとした歩調で渡って行った。
渡りきったところでカッコウは鳴き止み、信号が点滅しだす。
そこから始まる点字ブロックに左足をかけ、確認するように歩き出した男は、また直角に左折して数歩行ったところで立ち止まった。
ブロックの上を塞ぐようにして何台かの自転車が止めてある。男はそれを靴裏で思いっきりガンッと蹴飛ばした。
ガチャガチャッと派手な音を立て、隣の自転車を巻き込みながら倒れていく。
「ワッ、なんだ、なんだっ!」
持ち主らしい高校生数人が血相を変えて、ゲームセンターからバラバラッと飛び出してきたが…、男を見ると首をすくめ、おとなしく愛車を起こし止め直している。
男は同じような歩調で駅前のメインストリートを五十メートルほど進み、その間にブロックに乗り上げ違法駐車している邪魔なライトバンに靴型の凹みを入れ、ゆうゆうと裏道へと入って行った。
この町で都会的な雰囲気を味わえるのは、このメインストリート百メートルほどの距離と駅から東側の街の一部分だけで、駅前通りから西へ二本ほど裏道を入れば、そこはまたひと昔前に還ったのかと思うほどに、雰囲気が変わってしまう。
まるで映画のオープンセットみたいな町だ…。
この町を初めて訪れた人達が口にする共通の感想だ。
駅から西側のこの一帯は、ちまちまとした間口の狭い小さな店が軒を並べ、バーやスナック、パブ、ソープにファッションヘルス、プールバーや遊戯場、それから映画館にヌード劇場。さまざまな店やビルが狭い路地を挟んで建ち並んでいる。
竹囲いの店先を灯篭や門かぶりの松で粋に演出した料亭風の店や旅館もあり、小路の突き当たりには、『検番』と書かれた古ぼけた木の看板が掛かっている。
この町には、芸技として登録している芸者の取次ぎや、報酬の計算を取り扱う事務所である検番が、いまだに幅を利かせているのである。
近年は手軽なコンパニオンがもてはやされているなかで、古風なお座敷接待もけっこう需要があるらしい。
この町一帯は、戦前から性風俗を生業として栄えてきた歓楽街なのである。
赤線、青線の廃止後も形や名称を変えながら、営々とセックスを職業として成り立ってきた町…、有野町。通称『アリの町』
夜ともなれば派手なネオンで彩られるこの一帯も、今は黄色い陽射しの中でうす汚れた素顔を晒している。
人通りの少ない狭い道を俺が歩いて行くと、店先に水を打っている小料理屋の主人や、銭湯へ行く途中らしい若い男、頭にカーラーを巻きつけたままの眠そうな顔の女などが、あわてて動きをを止める。
「おはようございます」
それぞれが丁寧に頭を下げている。
午後の陽射しもだいぶ西に傾いて、光も弱まりつつあるこの時間帯に、『おはようございます』の世界なのである。
鷹揚に頷き返した男は、そのまま歩調を変えることもなく、ゆっくりと南の方へと歩いて行った。
男は、昔からこのアリの町を含め駅から西側一帯を取り仕切り、テキ屋の総元締めをはじめ興行権を一手に握っている、十河組の若頭、十河省吾だ。
間もなく三十才になろうとしている。
実権は病気療養中の十河組組長、十河源三が握っているが、現在実質的に組を仕切っているのは、一人息子である省吾なのだ。
十河興行、十河金融、十河商事など、組織を株式会社に改めて久しい。
銀のクルス(1)