銀のクルス(10)
その声に山高組の親子が振り返り、十河を見るとギョッとした顔で固まった。
「おや、こいつは失敬。どうやら同じような造りだから部屋を間違えてしまったようだ」
十河は足元をふらつかせながら、居並ぶ面々を見渡した。
「ほう、建設会社のお歴々が一堂に会して、なにか面白そうな相談でも?」
知っている顔、知らない顔。それぞれが驚き、あるいは困惑した顔をしている。
「よう、十河…の」
社長である山本高太郎が動揺を見せまいとして、歪んだ笑顔を作った。
「これはこれは、山高組のドン。相変わらずお元気そうでなによりです」
「ああ、日頃の摂生のおかげでな。ところで親父さん入院しているそうだが、病気の具合はどうかね」
高太郎の顔に勝ち誇った表情が見える。
「肝臓のご機嫌が相変わらずでね。それにくらべてドンは、頭のテッペンまでいい血色で結構なことだ…」
隣りで息子の高一郎が、ポーカーフェイスの食えない顔で俺をじっと見ていたが、
「十河さん、酔って部屋をお間違えのようですが、そろそろご自分のお部屋の方へお帰りください」
そう言ってキザな仕草でタバコに火をつけた。
「へえ、誰かと思えば山高の御曹司じゃないですか。俺はてっきり出張ホストがまぎれているんだと思ってましたよ」
十河の言葉に、ポーカーフェイスが赤みを帯びた。
「そういう君は、なかなかどうして、すっかりやくざ稼業が身についたようですね」
取り澄ました二枚目が、見下したように顎をあげた。
「ああ、俺はやくざですよ。あんた達みたいに、外面と内面をうまく使い分けできるほど器用じゃないんでね」
ニヤリと笑うと高一郎のヤツが目を逸らした。
「だいぶ酔ってますね。…ここじゃ他の人達に迷惑だ。場所をかえようじゃないですか」
高一郎が立ちあがった。
「ああ、望むところだ」
こいつとタイマンなら五分でケリがつくだろう。飛び道具さえ持ってなかったらだが。
「失礼いたします」
入り口から市村の声がした。
「若っ、こんな所で何してるんですかっ。もうトイレへ行ったきりなかなか帰ってこないから心配してたんですよ」
袂からハンカチを取り出して額を拭った。
「さあ、帰りましょう。…皆様どうもお騒がせいたしました」
市村がふかぶかと頭を下げた。
「あんたはたしか…、組長の片腕の市村さんだったな。若様のお守りぐらいキッチリと頼みますよ」
山高の社長が高圧的な態度で市村に言った。
「申しわけございません。若は少々方向音痴気味でありまして…、酔っていますと特にね。ホテルなんかでもよく行方不明になってしまうんですよ。どうもお騒がせいたしました」
市村は真面目くさった顔でウソをついて、社長に向けてもう一度頭を下げ、フイとすくいあげるように顔を見た。
「ところで山高の社長さん。今夜は大勢お集りで…、いったい何の会合なんですか?」
とぼけた質問をされ、社長はグッと詰まってしまった。
そのとき、入り口の方からアキラの声がした。
「若頭ぁ、市村さん、なんでここにいるんすかぁ」
上等なタダ酒を飲めるチャンスとばかりに、ひたすら酒を飲んでいたらしいアキラが、酔っぱらった赤い顔を覗かせた。
「部屋で待ってろって、言っただろっ」
市村が小声で叱責する。
「そんなこと言ったって、あんな部屋に一人っきりで放っとかれたら、俺、すっごく心細くって落ちつきませんよ…」
そう言いながらアキラのやつ、部屋の奥の方に座っている、かわいい芸妓にじっと見惚れている。
さっき舞いを披露していた若い芸妓だ。
「きれいだー。俺、初めて見た。舞妓さんみてえ」
たしかに十代の彼女はまだ半玉だから、京都の舞妓のような髪型と衣装をしている。
「お前には高嶺の花だ。口惜しかったら少しくらい悪いことしたっていいから、世の中うまく利用して金儲けするこった。この人達みたいにな」
そう言ってやると、そんなぁ、無理っすよ。と情けない声を出した。
「どうもご一同さん、お邪魔しました。山高さん、失礼しますよ。とにかく、おたく達がなんの相談のために集まっているかは存じませんが、アリの町をどうこうしようなんて相談じゃなきゃ、十河組としてもなんら干渉はいたしませんから…」
そう言って、まだアホ面しているアキラの襟首を掴んで、部屋を後にした。
取りあえず今夜のところは、お前達が陰でコソコソ画策しているのを俺は知っているんだぞ、と脅しておくだけでいい。
シンと静まってしまった部屋の中にいる弥生さんと、市村が視線を交わした。
「さあさ、ゲン直しにパッと陽気にいきましょう」
弥生さんの明るい声がひびき、賑やかな三味と太鼓の音が聞こえてきた。